迷宮攻略の下準備
「この辺じゃあヘルトバインが一番調子いいんじゃねえのか?」
パーティーとしての実力を確認したいと話していた私達の会話に割り込んできた節介焼きの男は、顎髭を撫でながらそう言った。ヘルトバインは王都から馬車で半日西に進んだ天然の洞窟であり、蓄積した魔素がその洞窟を迷宮化させたものらしい。最近発生したばかりの迷宮で、最下層への攻略はまだどの冒険者も成功させていないという。彼の言葉をシルヴィアは目を輝かせながら聞き入り、レインは自らの地図に話の要点を書き込んでいる。
「で、だ。ものは相談なんだが……お前さんたち、オレ達と一緒に攻略してみないか?」
彼のパーティーも元々は四人組だったそうだが、前衛の母が病に倒れ、看病のためにその彼が里帰りしている間攻略を休止しているそうだ。銀板冒険者四人組ーー『白銀の拳』と名乗る彼らは、抜けた前衛の穴を埋めるべく冒険者をスカウトしているとのことだった。アリアに声を掛けたのもその一環らしい。
「なるほど……確かに、初めて行く場所に先導がいるのは有難いな」
「だろ? お互いにとって悪い話じゃないはずだ」
自分たちと組むことの利点を強調する髭面の目を、アリアは眼帯を外してじっと見つめる。彼女の魔眼で彼の言葉に嘘がないかを見定めているのだ。
「……わかったわ、ケネス。取り分は五分五分でいいかしら?」
眼帯を付け直しながらアリアがそう言うと、ケネスと呼ばれた髭面は少し驚いた表情をしながら報酬の取り分を了解した。
「なんだ、俺の名前、覚えてるじゃねぇか……。ヘルトバインまでは俺達の幌馬車で行くんだが、まぁアンタらなら乗せられるだろう。ちょっと狭いと思うがよろしく頼むわ」
「了解だ」
私が短くそう答えると、ケネスは立ち上がり右手に拳を作って差し出した。私も彼を真似て拳を作ると、彼は拳を軽く合わせて「じゃあ、明後日の朝一で」と言い残して立ち去っていった。
「くぅ〜! 迷宮か! ワクワクしてきたぞ!」
シルヴィアは満面の笑みを浮かべながら身体を震わせて新たな冒険への期待を顕にする。レインは攻略に必要な物資を検討しているのか、指を折りながら何やら数えているようだ。
「ケネスが辿り着いたヘルトバインの洞窟はおよそ3階層分。そこで野営をして引き返してますわ」
「……アイツの記憶か?」
私の問いにアリアはこくんと頷く。どうやら先程魔眼で彼の記憶を読んでいたようだ。
「洞窟内部は緩やかに下降しつつ、蟻の巣のように入り組んでますわ。ケネス達はそこで大蝙蝠や大蜘蛛を討伐していたようです」
「……広さは?」
「ホールのような空間もありはしますが、概ね天井は低く、幅は大人3人分程度。坑道のように天井が補強されている様子はありません」
そうか……と溜息を吐きながらアリアの報告を聞く。眉を寄せる私に、レインは不思議そうに尋ねる。
「大蝙蝠とか大蜘蛛なんて、ラーベ殿なら軽く倒せるんじゃ? 丘亀だってあっという間に倒してたし……」
「そうだぞ! それに、我らがいれば怖いもの無しの百人力だろう!」
シルヴィアもそう言い私の不安を払拭しようと頼もしい言葉を発する。私の不安を代弁したのは、腕を組み私と同じく険しい表情を浮かべるアリアだ。
「ラーベ様も私も、狭い所が苦手なのよ」
「なはは、意外だな! まるで子供みたいではないか!」
シルヴィアが笑いながらそう言うと、アリアも笑顔を作ってみせる。しかし、その作り笑いをみたシルヴィアは異様な圧力を感じて押し黙ってしまった。
「怖い、怖くないの話じゃないのよ。戦い方の問題。私もラーベ様も、近接戦闘は苦手なの」
「でもアリアは飛龍を、その……殴り倒したんじゃ?」
アリアの言葉に疑問を呈するレインに、彼女は専門用語を排してわかりやすいように説明する。
「広い空間なら幾らでも戦いようがあるのだけれど……洞窟みたいな所じゃ全力を出せないのよ」
「基本的に俺達の戦法は上空からの長射程打撃だからな。相手からの攻撃が届かない所から魔弾で対処するんだ」
「臆病者の戦い方ではないか!」
そう言うシルヴィアに、アリアは憤慨するでもなく淡々と答える。
「えぇ、そうよ。私達は臆病者なの。だから今まで生き残れた。いいこと? 戦場で早死にするのは、いつだって『勇敢ぶってる愚か者』なのよ?」
諭すようなアリアの言葉に、シルヴィアもレインもただ黙って頷くだけだった。
◇
「じゃあ……先導がケネス達3人。俺達は、前方警戒をシルヴィア、前衛をレイン、補助を俺が、後方警戒をアリアで行こうか」
野生の勘が鋭く気配察知に優れているシルヴィアに斥候役、大剣による高い攻撃力を持つレインを前衛に配置する。洞窟内では最小限の攻撃しか出来ない私とアリアは挟撃に備えて後方に配置することにした。ケネスのパーティーを含めると7人組の大所帯となるが、彼らもそれなりの経験があるようなので狭い洞窟内で身動きが取れなくなることはないだろう。
攻略が進んでおらずヘルトバインの全容が判明していないため、洞窟内の地図を作成しながら進むことになる。攻略のされていない迷宮の地図は高値でギルドが買い取ってくれるそうなので、私が地図の作成と戦利品の管理を行う。概ねの方針を決定した私達はギルドを後にして探索の準備を進める。と言っても各人の装備は現状で使用できる最高の物であるので、新たに買い込んだのは迷宮内で野営するための道具と数日分の食料だ。
≪……メンゲレ博士、聞こえますか?≫
市場で必要物資を調達しながら、私は辺境伯領へと戻っていったメンゲレ博士に個人通信を試みる。転移術士の移動魔法は効率が悪いため、辺境伯領へは道中1泊する必要がある。通信範囲内に留まっているであろう博士に数度通信を試みると、暫くして応答が返ってきた。
≪どうした、ユル坊?≫
『ユル坊』とは、メンゲレ博士が私を呼ぶ時の渾名のようなものだ。私はきゃあきゃあと市場ではしゃぐ三人を横目に見つつ通信を続ける。
≪迷宮について、お聞きたいことがあるのですが≫
≪迷宮、か……。何が知りたい?≫
≪こちらの迷宮は魔素が滞留して発生するとのことですが、西側でそのような事象はありましたか?≫
先程ケネスが説明した迷宮の発生原因について博士と意見交換する。私とアリアと博士が生活していた大陸西部には、迷宮と呼ばれるような物は存在しなかった。急峻な山脈により東西に二分されたこの大陸には、文化的にも技術的にも大きな差異がある。その際たるものが魔王伝説であり、我々が攻略しようとしている迷宮だ。しばしの沈黙の後、博士が回答する。
≪そもそも、アラスト山脈が何故生まれたか知っているかい?≫
≪地殻変動で造山されたんですよね? 幼年学校の授業でそう習った記憶が≫
≪では、人魔大戦については?≫
博士の質問に暫く考え込む。人魔大戦ーー今から500年前、潜在魔力が高い『魔族』と呼ばれた人種と人族と呼ばれた我々の大陸の覇権を巡って争ったとされる戦争。その結末は確か……
≪地震、雷、火事、大嵐で有耶無耶のまま終わった。そういう『御伽噺』ですよね≫
≪……もしその『御伽噺』が史実だったとしたら?≫
博士の言葉に思わず笑い声を上げてしまう。500年程前の天変地異でそれまでの記録は消失してしまっている。その出来事を後世に伝える神話として生まれたのが、この『人魔大戦』だったはずだ。しかし、博士は冷静な声色のまま通信を続け、その言葉に私も表情を引き締めた。
≪あるんだよ、こちらにもその伝承が。我々が知るよりも、もっと詳細な形でーー≫
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