草刈り一家の今後について
「草刈り一家として、辺境伯領に留まろうと思う」
私がそう告げるとランド所長は険しい表情を柔らかいものに変えて私を見る。王都ギルド長は貼り付けた笑顔のままであったが、片方の眉を上げて私に問う。
「辺境で活動することに利点など無いと思いますが……理由をお聞かせ願えますか?」
慇懃な物言いであるがその声色は冷たい。貼り付けた笑顔が妙に不気味だ。
「ランドさんが言った通りですよ。あそこには面倒見なきゃならない『舎弟』が何人かいるんでね」
「それでしたらその舎弟さんも王都にーー」
彼の言葉を遮るようにアリアが机を蹴り上げてから足を組む。机に並べられたカップが音を立てて揺れ、その中身を幾分か溢して机を濡らす。
「あら失礼。足が長いもので……で、所長さん? ラーベ様の決定事項に何か文句でもおありかしら?」
流石の所長も『狂犬』には強気に出れないのか、その表情を怯えたものに変えてぶんぶんと顔を横に振る。その様子に満足したのかアリアはカップを摘み上げ一口に中身を飲み干すと、微笑みを浮かべてソファから立ち上がる。
「さて、『お話』も終わりましたし、帰りましょうか」
傍若無人ともいえるその態度であったが、所長たちにも私たちにも有無を言わさぬその口調に、私は彼女に促されるまま所長室を後にした。
◇
「……なぁラーベ、さっきのアレ、絶対ワザとだよなぁ」
今後の方針と腹拵えをするためギルドの酒場の席についた私達は、カウンターに料理を注文しに行ったアリアを待っている。昼時ということもあり席は疎にしか空いていなかったが、アリアを先頭にして階段を降りて酒場にやって来た私達を見た冒険者たちが『自主的』に私達が座れるだけのスペースを開けてくれた。
辺境伯に茶菓子を出してはもらったが、空腹感を満たすだけの量ではなかった。ちゃんとした昼食を摂るために軽食を買いに行ったアリアのために冒険者達が道を開ける光景は、金板冒険者の威容を如実に表していた。
「当然じゃない。大体、交渉の場で足を組むなんて真似、普通ならしないわよ?」
背後からそう答えられたシルヴィアはぴっ! と小さい悲鳴を上げて髪を逆立てる。小声なら聞こえないと思っていたシルヴィアであったが、彼女の地獄耳は全てを拾っていたらしい。カウンターから戻って来たアリアは両手に持っていた軽食が乗せられた盆をテーブルに置くと、私の隣に座ってロール状の食べ物を私達に勧める。
「シャワルマ、ですわ。どうぞ」
手渡されたそれを頬張ると、微かな酸味と辛味がクレープ状の生地と野菜や肉と絡み合って口内に広がった。大きさもちょうど良く片手で食べられることから、行動食としても人気なのだそうだ。
レインもシルヴィアも一口頬張り頬を緩める。食にうるさい二人も黙々と食べ進め、満足したような笑顔になった。
「で、これからの話なんだが」
「ほれはらふうひゃにはふほほへ……」
口の中いっぱいに物を入れながら喋ろうとするシルヴィアの頭を、同じく口の中をいっぱいにしているレインが無言でチョップした。非難がましい目でレインを見たシルヴィアであったが、言わんとしていることが伝わったのか手に残っているワーシャルマーに勢いよくむしゃぶりついた。その様子にアリアもレインも私も笑い声を上げた。
「そんなに慌てて食べるとお腹を痛くするわよ?」
妹を見る優しい姉のようなアリアにほぅ……と溜息が漏れる音がして周囲を窺うと、こちらを盗み見ていた冒険者たちがまるで子猫を見るようなだらしない顔をしていた。
私は大きく咳払いをして話を続ける。
「いろいろ考えることはあるが、まずは大目標を決めよう」
「そりゃもちろん魔王誅滅なのだ!」
口の中を空にしたシルヴィアが大声で答えると、周囲から笑い声が漏れ聞こえて来る。山猫のような目をしたアリアがぐるりと頭を動かすと、周囲の空気が凍りついたように静かなものになった。
私は手帳に大きく『魔王を倒す』と書き込むと、それを達成するための道筋を書き込む。3人は私の手元を見ながらあれやこれやと意見を出し合う。
「レインは何か希望はあるか?」
2人の聞き手に回っていたレインに問うと、彼女は少し考えてからこう言った。
「そうだね……まずは魔王について知ることが大事なんじゃないかな? どこに住んでて、どれくらいの強さなのかとか」
「確かにそうだな……」
『魔王について調べる』と書き加えると、アリアが何かを思い出したかのように手を打って小さく声を上げる。
「そうだわ! こんな重要なことを忘れてたなんて……ラーベ様、結婚式を挙げましょう!」
魔王討伐とは関係ないこの提案に、私も盗み聞きしていた周囲の何人かも、飲みかけていた水を思いきり吹き出した。
◇
「そうだった、昨日決めたんだもんね」
「オサは!? オサも呼んでいいのか!?」
きゃっきゃとはしゃぐ3人に置いてけぼりにされている私は、鼻の奥に残った水滴をなんとか処理すると、涙目になりながら彼女達に尋ねる。
「その……結婚式ってのは?」
「勿論、ラーベ様と私達のですわ!」
ざわつく空気を意に介せず、アリアは元気よくそう言い切る。パーティーメンバーとして、特にアリアは命を預けた仲間として大事に想ってはいるが、予想していなかった提案に思わずこめかみを押さえて考え込む。
その様子に不安になったのか、レインがおずおずと尋ねる。
「その……ラーベ殿は嫌、だった……?」
「嫌とかそういうことじゃなくてだな……」
「大丈夫だぞ! ラーベほど強ければ、オサみたいに3人や4人くらい嫁にしたって問題ない!」
天を仰いだ後、呼吸を落ち着かせてアリアを見ると、私の疑問を察したのか彼女は語り始める。
「昨夜、ラーベ様と博士のお戻りが遅かったので4人……スヴェアさんも一緒に話をしたのですけれど、スヴェアさんが『なんならアンタ達、結婚しちゃえば?』と言うものですから」
「ですから?」
「結婚しちゃおうかな、と」
期待に顔を上気させるアリア、誇らしげに胸を張るシルヴィア、そして不安そうに私を見るレイン。そんな3人を見ていると、嫌とは決して言えない雰囲気だ。私は深呼吸をすると、目を瞑って二、三度頷いてみせた。その様子に3人は歓声を上げ、お互いの手を叩き合った。
◇
「話はだいぶ逸れたが……まずやることは魔王についての情報収集と、我々の戦力把握だな」
私がそう言うと、3人は浮かれた顔を引き締めた。
「この辺りで確認が出来そうな所、どこかあるか?」
「そう、ですわね……」
私がそう問うと、アリアは腕を組んで考え込んだ。私とアリアはお互いの戦力を把握しているが、四人組での行動となるとそれぞれの力量を把握し、役割を分担しなければならない。
アリアはここに来てしばらく経つが常に単独で行動しており多人数行動に適した場所は把握していないという。レインも過去に一度王都に来たことはあるものの、隊商の護衛で訪れただけでありほぼトンボ返りしたので街や周辺のことは全くわからない。私とシルヴィアは言わずもがなだ。
うんうんと唸っていると一人の男が私達に声を掛けた。先程アリアに軽く捻られた節介焼きの彼だ。難癖をつけられる、と身構えた私達に対して彼はひらひらと両手を振り、敵意の無い素振りを見せた。
「盗み聞きしていたつもりじゃあねえんだが、声がデカくてな。聞こえてたぜ。腕試ししてぇんだろ?」
真面目な顔を作ってそう話しかけてきた彼は引き摺って持ってきた椅子にどっかりと腰掛けると、テーブルに片肘を付いて話を続けた。
「自分の力量を見定めるんなら……潜ってみりゃあいいじゃねぇか。『迷宮』によ」
迷宮! と彼の言葉を繰り返し、興奮して立ち上がったシルヴィアの様子に満足げな笑みを浮かべた彼は、城壁の外にある迷宮について語り始め、私達はその説明に耳を傾けたーー
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