所属決定会議
「うわぁ……やっぱり王都は依頼が多いねぇ」
辺境伯の邸宅を後にした我々は、『見習い勇者』としての身分を登録証に追記するため王都の冒険者ギルドにやってきた。スヴェア女史とメンゲレ博士も共にギルドにやってきたのだが、転移術士を見つけるとスヴェアは術士の首根っこを捕まえて直接『交渉』し、辺境伯領へと帰っていった。
アリアは王都のギルド長と称号の件で調整するため、辺境伯領のギルド長であるランドを伴って2階のギルド長室に向かった。残された我々3人は、様々な依頼書が貼り付けられている掲示板前でアリア達を待っている。
「おっ! これなんかどうだ?『外壁補修及び側溝清掃、日当銀貨5枚』さすが王都、報酬がいいなぁ……」
「ラーベ殿、折角王都に来てるのに、そんな木板冒険者の仕事を請けなくても……」
レインは私の提案に苦笑いで答えた。目線を下げてシルヴィアを見ると、あからさまにむくれている。そんな彼女の頭を撫でてご機嫌を取っていると、飲食スペースから一人の男がこちらを見ながら近づいてきた。
その男は酒が入っているのか顔をやや赤くさせており、ニヤニヤと笑うと私に話しかけた。
「ニイちゃん、あの『狂犬』とどんな関係なんだァ?」
「嫁だ!」
彼の言葉に食い気味に答えたシルヴィアは誇らしげに平らな胸を張っている。彼は嫁という言葉に目を丸くして答える。
「嫁ェ? ……ハッ! 傑作だ! 旦那ァ、狂犬の手綱はしっかり握っとけよォ?」
「……忠告どうも。で? アンタはお節介を焼きに来たのか?」
安い挑発だ。彼のニヤつく顔に張り手を入れてやりたいが、王都に来たばかりでトラブルはなるべく起こしたくない。私は苛立ちを表に出さずにそう答えると、彼はニヤついたまま二、三度頷くとアリアについて語り始めた。
「そう、ただのお節介だ。狂犬は今までずっとソロだったんだぜ? 銀板の俺も何度か誘ったが無視してよォ……。それがポっと出のヒョロ造とチビと半魔を引き連れるって、なァ……。裏があるぜ? お前ら全員迷宮で消されるんじゃーー」
「アリアはそんなことしない!」
「そうだ! アリアはとっても優しいのだぞ!」
レインとシルヴィアが彼に食ってかかる。ただの心配で声を掛けたのかもしれないが、私だけではなく皆を貶める言葉に私も眉間に皺を寄せて彼の肩を強く握る。握られた肩の痛みのためか、彼は短く声を上げた。我々の様子を横目で見ていた周囲の冒険者達も、喧嘩の予兆に無遠慮な視線を向けた。
「ご忠告どうも……。だがな、俺もアリアも長い付き合いだ。酔っ払いのアンタよりは彼女のことをよく知ってるさ」
「うぅ……悪かった! わかった、わかったよ! 狂犬はいい奴! それでいいだろ!?」
肩を捻って私の手を振り解いた彼がそう言うと、シルヴィアが怒りを露わにして彼に詰め寄る。
「アリアのことを狂犬呼ばわりするのを止めるのだ! アリアはな、アリアはなぁ……犬というより猫だろう!!」
争いの勃発しそうな熱気が一気に下がった。ズレた主張をするシルヴィアであったが彼女の言葉に周囲の冒険者達もレインも、猫、猫……と納得したように呟いている。
「確かに、アリアは猫っぽいよね。ラーベ殿と一緒の時は飼い猫みたいだよ。山猫みたいな目をするときもあるけど……」
「だろう?」
ふふん、と胸を張るシルヴィア。山猫のような目というのはちょっとわからないが……。レインの言葉に納得した私が絡んできた彼に相対すると、彼はやれやれといった顔をして話を再開する。
「まぁ、馬鹿にするつもりはなかったんだ。すまねぇな、ニイちゃーーうぉっ!?」
私と同じ位の身長の彼は、短い悲鳴と共に跪いた。いや、跪かされた。背後に近づいていた、アリアによって。
「誰かと思えば……誰だったかしら? 生憎、興味がないことに頭を使いたくないから名前は覚えていないけれど……何? 貴方は私達の敵なのかしら?」
アリアは背後から彼の膝を蹴り、跪かせたその頭頂部を左手で鷲掴みにして天を仰がせてその顔を覗き込んでいる。レインの言っていた『山猫のような目』とは、今彼を見ているあの目付きのことだったのか。
「何もしてねぇ! 誓って本当だ、な、ニイちゃん!!」
目線だけを私に寄越して助けを求める彼に、私は溜息を一つ吐いて答えた。
「アリア、手を放すんだ。彼とはちょっとした『世間話』をしていただけだ。なっ?」
そう言うと彼はこくこくと小さく頷く。アリアは私の言葉に素直に手を放して私の横に来る。私はアリアの頭を軽く叩いて指導する。
「アリア、俺たちは大抵のことなら自分の手で振り払えるんだ。心配してくれたのは結構だが、手を出すのが早すぎるぞ」
「承知しましたわ、ラーベ様。ですが、一つだけ。『冒険者稼業は舐められたら終い』ですわ。例えこんな小物であっても」
アリアはそう言い彼を一瞥する。『小物』呼ばわりされた彼は苦笑いを浮かべて立ち上がり、しっかり覚えてるじゃねぇかと言い残してテーブルへと帰っていった。
「それで、どうだったの? ギルド長とのお話は」
「そのことで、直接話がしたいそうよ。ここのギルド長とランドさんが上でお待ちですわ」
レインの言葉にそう答え、上階に続く階段を指差したアリアに従って、私達は二人の待つギルド長室に足を運んだ。
◇
「君たちが狂け……失敬、金板冒険者アリアのお仲間さんだね?」
ソファから立ち上がり私達を出迎えた気障な男は両手を広げて歓迎した。座ったままのランド所長はテーブルに肘をつき、組んだ手に顎を乗せている。額に青筋を浮かべ、眉間に皺を寄せる表情をしており、彼の頭から湯気が出そうなほどの苛立ちが伝わってきた。いや、窓から差す陽の光が頭頂に反射してそう見えただけかもしれないが。
そんなランド所長に意を介さず、この王都の冒険者ギルド所長は我々に対して話を続ける。
「辺境暮らしも不便だろう? 君たち4人が王都で暮らせるよう宿も斡旋しようじゃないか」
「待ってくれ……自己紹介も済んでないだろう?」
彼の話を遮り、私がそう申し出て『草刈り一家』の紹介を始めると、彼はうんうんと頷いて話を聞く。柔かな表情ではあるが、人を値踏みするような目は隠し切れていない。
そんな目付きに辟易しながらも紹介を終えた私達に対し、彼はまるで用意した台本を読むような口調で私達に説明を始めた。
「『勇者見習い』、大いに結構! 巨大な丘亀……でしたっけ? それを倒した実力者であれば、王都の冒険者層も厚くなると言うものです!」
「だから所属を決めるのは俺達じゃねぇって言ってるだろうが……」
ランド所長がそう言うと、にんまりとした王都ギルド長は続けてこう言う。
「その通りです! 我々がここで話し合っても、結局所属を決めるのは彼らなのですから! で、ランドさん。あなた方はこちらの『英雄』に対して何をしてあげられるんですか?」
そう問われたランド所長は苦虫を噛み潰した表情で黙り込んだ。
「……ねぇアリア、あの人の言う所属ってどういうこと? 私達は辺境伯領ので冒険者登録したんだけど……」
レインの問いにアリアは声量を落とさず答える。
「特に大した意味なんて無いわよ。ただギルドのメンツの問題よ」
この言葉を聞いて、二人は顔をこちらに向けた。
「いやいやお嬢ちゃん、コトはそう単純じゃねぇって説明しただろうが!」
「そうですよ、アリアさん。これは一冒険者の問題では無いのですよ!」
二人が説明するところによると、勇者、またはそれに準ずる者はその行動に大きな影響力があるという。通常、人間離れした力を持つ勇者を管理する責任を持つのが、所属するギルドであるというのだ。自分のギルドから勇者が輩出されればギルドに箔が付き、功績を上げれば王直々に恩賞が下賜されるという。
慣例に従うのであれば冒険者登録をした地域の冒険者ギルドがそのまま所属ギルドになるというのだが、『草刈り一家』は辺境伯領、アリアは王都でそれぞれ冒険者登録をしているために、我々の所属を改める必要があるのだという。
……確かにギルドの面子の問題だな。王都ギルド長は私達の活動に対して便宜を供与するというが、対して辺境伯領では特に差し出せる物は無い。しかし、5年前の魔獣の暴走により金板冒険者が全滅した辺境伯領では、なんとしても人材を確保したい。差し出せる物はないが、うちに留まって欲しいというのがランド所長の意向だった。
アリアもレインもシルヴィアも、4人一緒に行動できればどちらでも構わないと言う。
私の出した結論はーー
少しでも面白いと思っていただけましたら、下記のフォームからブックマーク、感想、評価をお願いします!
以下も並行して更新しますので、よろしければご覧ください。
最弱魔法の使い方! ~呪いを解くために、おっさんは魔王を目指します~https://ncode.syosetu.com/n9086gh/




