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06 新人中年冒険者は、勇者と間違われる。

 この至福の時が何時までも続けばいいのに……そう思っていると、白狐はゆっくりと立ち上がり私に正対した。



 ……今更だが、とてつもない大きさだな。手を伸ばしても、この白狐の頭には届かないだろう。首に手を回せるかどうかというところだ。首に手を回す……?いいな、それ!我ながら冴えた閃きだ!

 


 そう思い白狐の首に抱きつこうとし、避けられる。……手を伸ばし、届きそうなところで……避けられる!なんだこれ、遊ばれてるのか?そうか!そういう遊びなんだな!それなら私も本気で追いかけよう。気合を入れて白狐の隙を狙う。今まさに飛びつこうとした瞬間、頭の中に声が響いた。



 ≪……先程から何なのだ、人間≫



 ……?なんだ、もしかして、この白狐か……?何ということだ!この美しい毛並みの気品溢れる白狐と触れ合える機会だけでなく、意思の疎通も可能だというのか!!神の存在など信じていなかったが、この瞬間を与えてくださったのが貴方だというなら、私は今日この瞬間から貴方の下僕となります!いや、しかし、この場所に転送されたのはあのクソガキ共の仕業だからな……。彼奴等は半殺しにすれど感謝など……う~ん、迷いどころだ。間接的に奴らにも――



 ≪五月蝿いぞ……。我の問いに答えよ。その魔力……貴様は一体何者だ≫



 凛とした中性的な声が頭に響く。やはり、声の主は目の前の白狐のようだ。……五月蝿いって言われた……。これじゃまるで戦術通信に思考をダダ流ししている新兵みたいではないか……。


 ≪さっきからゴチャゴチャと訳の分からないことを……≫

 ≪……失礼しました。私の言葉が、分かりますか?≫


 

 気持ちを切り替え思考をクリアにし、戦術通信の要領で白狐に問い掛ける。私が頭に思い浮かべた言葉は白狐に届いたようで、その顔を私の眼前に突き付けた。



 ≪ようやく整ったか。……貴様は何を求めてこの場所に来た?我の力を欲するのか?それとも、聖剣を求めてのことか?≫

 ≪ええと……。説明が難しいのですが、この場所に来たのは、私の意思ではありません≫

 ≪……どういうことだ?貴様のその力、魔王誅滅の“勇者”が宿すものではないのか?≫

 ≪……は?魔王?勇者?≫



 ……どうにも話が噛み合わない。私としては、この言葉が通じる奇跡の白狐と昼も夜ももふもふしていたいだけなのだが……。



 ≪我らがオサは“勇者”と共に“魔王”を封じた。貴様もその任を負う者だろう?≫

 ≪いえ……。私は只の冒険者でして……≫



 そう答えると、白狐は身を屈めて低い声で唸りだした。



 ≪貴様……っ!我を愚弄するか…っ!?≫

 ≪いえいえいえいえいえいえ!!!とんでもない!!!!!!≫

 ≪では何だというのだ!その力、隠しているようでも我には分かるぞ!何故認めぬ!まさか、我が気に入らぬから適当なことを言って煙に巻く腹積もりだな!?≫

 ≪待って待って!ちょっと話を聞いて!≫

 ≪聞かぬ!貴様が我を連れて行かぬと言うならば、是が非でも我の力を認めさせてやる!≫



 白狐はその全身をバネのように縮め、今にも飛びかかりそうな勢いだ。勘違いから殺し合いになりそうな雰囲気に、全身から汗が吹き出る。



 ≪さぁ、いくぞ“勇者”!その力、存分に発揮するといい!≫



 ……どうしてこうなった。このままお互いに無益な戦いを繰り広げるのも時間と体力の無駄なので、拘束させてもらおう。白狐の足元に拘束術式を展開、その場に繋ぎ留めた。



 ≪ぬ……?小癪な!正々堂々と勝負せんか!!≫

 ≪それならまず、その拘束を振り解いたらどうです?それができればいくらでも戦いますよ……≫



 私がそう言うと、白狐は鼻息荒くその場で藻掻き始めた。この拘束術式は大陸戦争中に王国軍の機甲部隊を足止めするために開発したものだ。野生動物と自走火砲では、文字通り馬力が違う。暫く藻掻いていた白狐だが、どうやら諦めたようでその場に座り込んだ。



 ……危ないところだったな。拘束術式の破断力が限界ギリギリだった。もう少し粘られたら、術式ごとぶち破って私に突撃していただろう。



 ≪……降参だ。この鎖を、解いてくれぬか……?≫

 ≪そうですね。では、拘束を解除しますので、それからお話しましょう≫



 いつまでも地面に縫い付けて置くのも忍びない。私が術式を解除すると、白狐は大人しく……しなかった!



 ≪隙ありィィィィッッッ!!!!≫



 そう叫びながら私に飛びかかってくる白狐は、まるで巨砲の砲弾だった。音を超えて飛びかかり私に激突する瞬間、自動防御術式が展開。白狐は防御術式に激突し、短く、きゅう、とだけ鳴いた。



 ≪……大丈夫?≫

 ≪ホント、なんなんだきさまぁ……≫



 直情的であり、不意打ちを取ろうとしたり、挙句の果てにはきゅうきゅう鳴く姿には、当初感じた気品さや威圧感は、微塵も感じられなかった。





 ――――





 ≪では、貴様は“勇者”ではなく、只の人間である、と≫

 ≪そうだ。そもそも、その“勇者”とか“魔王”とかってのは、なんだ?俺がいた国ではおとぎ話でしかないんだが……そもそも言葉が通じる動物なんかいなかったし……≫



 ショックから立ち直った白狐に、簡潔に私の立場を話した。勿論念話で。私が“勇者”では無いことを知ると、あからさまに落胆した様子であった。項垂れるその姿がやけに人間臭い。



 ≪我をその辺の動物と一緒にするな……。我らのオサが若かりし頃、三人の人間と共に大陸を旅したそうだ。“魔王”を誅滅するために≫

 ≪だから、その“魔王”ってのは一体……?≫

 ≪魔王は魔王だ。この大陸を我が物にせんとする、邪悪な存在。魔獣を生み出し魔族を率い、世の理を破壊する者よ≫



 “魔獣”に“魔族”か……また新しい単語が出てきたな。少なくとも大陸西側ではそんな存在は認識されていなかった。いや、確かそんな絵本があったな……。



 ≪人間を散り散りにするために山脈を作ったり?≫

 ≪そうだ!群れる人間に対抗する手を失った魔王は、最後の力でこの世界を二つに分けたのだ。そして極地に逃げこみ、力を蓄えた……≫

 ≪それを倒したのが、その……オサ、か?≫

 ≪……いや、我らがオサが旅をしたのは、力を蓄えた魔王が復活した時のことよ≫



 ……確かそんな話が東部冒険記に描かれていたな。魔獣が跋扈しているこの大陸は、魔獣を狩るだけで金儲けになるからオイシイ!とかそんな感じで。



 ≪それで、“勇者”ってのはなんなんだ?≫

 ≪うむ!勇者はな!その強き力をもってこの大陸に平和を齎す英雄なのだ!我らがオサが言っていたぞ。『強き勇者が顕れた時、我らの力を捧げるのだ』と!≫



 勇者について語る白狐の鼻息は荒い。



 ≪でも俺は勇者ではないし……そもそも、勇者ってのはどうやってなるんだ?≫

 ≪知らん!でも、勇者は我らの力を求めて訪ねてくるのだぞ!≫

 ≪……今までここに来た人間は?≫

 ≪おらん!貴様が初めてだ!≫



 そう言う白狐は尻尾をブンブンと振っている。……犬みたいだな。



 ≪でも俺は勇者じゃないから……いつか勇者が来るといいな!≫



 このままでは白狐の中で勇者に祭り上げられそうだ。このもふもふに別れを告げるのは惜しいが、厄介事には巻き込まれたくはない。私は、ただ静かに、平凡に暮らすのだ――



 ≪ん?何を言っておる?我は決めたのだ!貴様についていくと!この山で最強と言っても、貴様みたいな人間もいるからな!我は世界を見に行くぞ!!!≫



 ……何を言っているんだこの白ふわは。



 ≪さあ行くぞ!この我に、広い世界を見せてくれ!!!≫



 そう言う白ふわの赤い目は、爛々と輝いて、とても、美しかった――

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