辺境伯とのお茶会
「やぁやぁ! よく来てくれたねぇ!」
通された辺境伯の邸宅は想像していたよりもこじんまりとしていた。貴族街の入り口付近に建てられていた大口商人の邸宅と同じか、あるいはこちらの方がやや小さいかもしれない。しかし、邸宅の庭園は小規模でありながらも見事なものであり、余程丁寧に手入れされているのであろうか、色とりどりの花が咲き誇っていた。
その庭園の端には東屋があり、テーブルには茶器と茶菓子が並べられている。その席に着き、気安い口調で私たちを手招きしながら挨拶している老人が、テオドル辺境伯だ。テーブル上の茶菓子を目にしたシルヴィアが「お菓子!」と口にしながら駆け出していくのを咎めるように、『塔の魔人』がシルヴィアの頭を叩く。
「喚問の命を受け参上いたしました。伯爵閣下におかれましては……」
椅子に腰掛ける辺境伯の前で傅き口上を述べる辺境伯領冒険者ギルド所長のランドの言葉を遮るように手を振りながら、辺境伯は私たちに対して席に着くように勧めた。
こちらの国での作法がわからぬ私は礼を失さぬよう、ランドの所作を真似ようとしていたが、一番乗りだと言わんばかりの勢いで席についたシルヴィアに辺境伯は大笑いした。ランド所長を見ると、仕方ねぇなぁと言いたげな苦笑いを浮かべなが私も席につくようジェスチャーした。
「堅苦しい挨拶はいらないよ。さ、君らも掛けたまえ」
好好爺のように笑いながら席に着くよう促され、私たちも茶器の用意された円卓に着いた。すると傍に控えていたメイド達がカップにお茶を注ぎ始める。
「さて、諸君に聞こう。……私は何歳に見えるかな?」
茶を口に含んだ私は、全く予想外の質問を投げかけられ咽せかけた。私たちは辺境伯領に古くから存在する謎の塔の調査結果を報告するためにここに来たのだ。ランド所長が随行しているのは先日撃破した丘亀についての報告をするためだが……訝しんでいるとアリアから通信が入った。
«隊長……驚きです。辺境伯は32歳ですよ»
アリアは帝国軍で10年間、公私の別なく私に仕えていた直属の部下だ。彼女の左目は戦災により失明していたが、人体実験の被験体として埋め込まれた義眼により視力を取り戻し、義眼に付与された術式によって目を合わせた人物の思考と記憶を視ることができる。
術式を展開すると頭痛が起きるため、不意の発動を防ぐように普段は私が作成した眼帯を装着している。今回は辺境伯がどのような人物か判断するべく、眼帯を外した状態で臨んでいた。
「……30代、前半ぐらいかと」
私がそう答えると、辺境伯はランド所長に目を向ける。所長はつるつるの頭頂部を掻きながら俯いた。先程までにこにことしていた辺境伯は眉間に皺を寄せ、緊張した雰囲気に包まれる。菓子に手を伸ばしていたシルヴィアもその空気に飲まれて手を引っ込める程に。短く息を吐いた辺境伯は私を見ながら語り始めた。
「君の言った通り、この間32歳になったばかりだよ。テオドル一族に掛けられた呪いでね、我が一族は寿命が短いのだよ」
「呪い……生まれつき足腰が弱かったり若くして亡くなるという……?」
その呪いについて何か知っているのであろうか、レインがおずおずと尋ねると、同行しているメンゲル博士は左手で頬をさすりながら何やら考えはじめた。博士もアリアと同じく古くからの友人で、帝政の崩壊した祖国を捨ててアリアを頼ってこちらに移住している。
「君の言う通りだ。爺に見えるだろうが、これも呪いでね。四人兄弟の中で生きて成人を迎えられたのは私だけだったが……どうやら呪いには勝てそうもない」
「キール坊やも早死にしたのかい?」
スヴェア女史が尋ねると、辺境伯は眉間に寄せた皺を更に深いものにさせ、怒気を孕んだ口調で答えた。
「私の祖父を『坊や』だと? 多少の無礼には目を瞑るつもりだったが……今のは聞き捨てならんぞ!」
辺境伯の唯ならぬ怒りにランド所長もレインも身を萎縮させた。そんな中、スヴェア女史は気にも留めずに茶を一口飲んでこう答えた。
「キール坊やから何も聞いてないのかい? あの塔を建てたのはアタクシなのよ?」
◇
「つまり、スヴェア様は魔王を封印した勇者様御一行のお一方で、魔王の封印が解ける頃に目を覚ます手筈になっていたと……」
辺境伯の怒りを鎮めるべく慌てたランド所長が説明した謎の塔の調査報告を受けた辺境伯は、先程の怒りは何処へやらといった口調でスヴェアに確認した。最初は半信半疑、いや、ほとんど信じていなかった彼も、報告に関する私の補足や、私が丘亀を撃破した実力者であることを説明すると一転してスヴェア女史を信用するようになった。
辺境伯はスヴェア女史が魔王封印の立役者であることに関して非常に強い興味を持った。今から約50年前の出来事の当事者とは思えぬ若々しさを保った秘訣をどうやっても聞き出したい様子だ。そんな彼の希望を、彼女はやんわりと、しかし確実に潰す。
「あの魔法陣の構築は何年も時間がかかるのよ。それに、一度発動したら条件が揃うまで自分じゃ目覚められないの。それに……極限の仮死状態を無理矢理作り出すから、きっとアナタには耐えられないわ」
「私は無理でも、私の息子なら……」
「そ、そ、それは、こ、根本的解決には、な、ならないんだね」
二人の会話に割り込んだのは、中座してメイドを伴って邸宅の書庫に向かっていたメンゲレ博士だ。彼は辺境伯の家系に生まれつきの疾患が多く発生する点に気づきを得たのか、家系図を求めた。
「は、伯爵閣下は、き、近交係数を、ご、ご存知ですかな?」
メンゲレ博士の問いに、辺境伯は小さく首を横に振る。聞き覚えのない単語に、私も身を乗り出して博士の言葉に耳を澄ませる。
「み、身分や、け、権威を保つために、き、貴族がやりがちなのですが……お、親子や、兄妹同士で、子を成した、血の、濃さを、し、示す数字なのです」
「……それが、どうかしたのかね?」
「か、簡単に言うと、ち、血が濃すぎる場合は、先天的……う、生まれ持っての病気が出る可能性が、高くなります」
帝国貴族の中にも高貴な血筋を維持するために近親婚を繰り返した家系が廃絶した例がある。帝国法では近親婚を禁じていたが、こちらでは忌避されてはいるが法として禁止されてはいないようだ。博士の言葉に辺境伯は長い、長いため息を吐いた。
「……確かに、祖父と祖母は兄妹だったと聞いている」
「ち、父君とはは君は?」
「母は平民だった」
身分違いの恋。辺境伯の父は祖父の反対をものともせず、半ば無理矢理結婚まで至ったそうだ。この話は貴族界では割と有名なようで、吟遊詩人なら誰しもが諳んじられる程のエピソードだという。
辺境伯の妻も親戚関係という訳でもなく、こちらでは珍しい恋愛結婚だったそうだ。
「ははは……呪いを解くために、あちこちで迷宮の探索依頼をしていたが、どうやら無駄になりそうだ」
力なく形だけ笑っている辺境伯は一瞬にして更に老け込んだように見える。彼は一族の呪いを解くために、自領の塔以外にも各地に探索依頼をしていた。
願いの割に報酬が少なかったのは、彼自身の病状を抑えるための治療費が嵩んでいるからだそうだ。自領内ではなく王都に滞在しているのも、治療を受けやすくするためである。
長いため息を繰り返した後、辺境伯は俯いていた顔を上げてアリアとレインを交互に見る。そして、私が予想していなかった言葉を口にしたのだ。
「君たちは金板冒険者の『狂犬』アリア、そしてオーラフ侯爵の『半魔の勇者』リリス、だね?」
その見た目から半魔として蔑まれてきたレイン。オーラフ侯爵領から体よく厄介払いされた彼女はシルヴィアの住む樹海で行き倒れていたところを私が助け出した。その際に身分を変え、名前をレインに変え、『草刈り一家』の一員として生活してきた。オーラフ侯爵とは険悪な関係であるが、貴族同士の関わりはあるのか、情報は回ってきているようだ。
彼女の素性を見抜かれた私はアリアに目配せする。不利な状況ーー我々の生命が脅かされるようなことがあれば、速やかに撤退できるよう事前に調整していた。移動術式を即座に発動できるよう身構えてると、辺境伯は節目がちにこう言った。
「私の息子を、幸せにしてやってくれないか……」
予想の斜め上のこの発言に、その場の全員がぽかんとした、呆けた表情になってしまった。
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