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08 辺境伯に会いに行こう!

 作戦会議の後『女の子には色々準備が必要なんです!』とアリアにレストランを追い出された私とメンゲレ博士は、二人で夜の王都をさまよい歩いた。ずいぶんと酔いの回った博士はぽつりぽつりと彼の心情を吐き出した。家族のこと、研究のこと、そしてこれからの生活のこと……。君達が旅立ったら、仕事でも探して細々暮らすさと淋しげに語る博士にいたたまれない気持ちになった私は、彼をある人物に引き合わせようと思い立った。夜も更けてきたとはいえ、あの人には関係ないだろうし――私は博士の肩を抱くと転移術式を展開した。

 

 

 

 

 ――――

 

 

 

 

 

「――や! 何故風呂に入らねばならんのだ! 清浄術式を掛ければ十分だろう!?」



 ラーベ様とメンゲレ博士を夜の街に送り出した私は、シルヴィーをお風呂に入れようとしていた。レニーを見習って素直に入浴してくれればいいのに、彼女はなかなか言うことを聞いてくれない。耳を澄ませれば風呂場から微かに鼻歌が聞こえてくる。……私も早く入浴したいのに。そのためにもシルヴィーを説得しなければ。

 

 

「……いい、シルヴィー? 清浄術式は確かに清潔に保つことが出来るけどね」

「それなら何も問題ないだろう! 風呂に入らなくても困ることなんて無い!」



 そう言ってシルヴィーはベットに飛び込み毛布に自分の身体を隠した。別に獲って喰うわけでもないのだけれど……私は溜息を吐きながらベッドに腰掛け、毛布の上から彼女を撫でながら諭す。

 

 

「確かに身体は清潔になるわ。でもそれだけ。大事なのは別な所よ」

「……なんだ、大事な所って」



 毛布から頭だけ出した彼女の髪を優しく撫でる。その髪は確かに清潔であるけれど、美しさに欠けている。清浄術式は便利な反面、美容とは程遠いものなのだ。野戦病院での傷病兵の死因の大半が不衛生な環境における感染症の蔓延であった。この事態を改善すべく生み出されたのが、清浄術式なのだ。身体をや装具を清潔に保つという面においては優秀なこの術式も、女性の美容には全く向いていない。シルヴィーの髪を撫でるとキシキシと指に引っかかり、ぷつぷつと何本かの髪が千切れる。指にまとわり付いた髪を観察すると、私は彼女に問い掛ける。

 

 

「ねぇ、ラーベ様はお風呂に入れてくれなかったの?」

「いや、拠点にラーベが作った風呂はあったが、我は好かん!」

「そう……勿体無いわね。この長い髪も、手入れが全くされてない。これじゃ、ラーベ様は……」


 

 そう言いながらわざとらしく溜息を吐いて見せると、シルヴィーはもそもそと毛布から這い出してきた。彼女は眼を丸くしながら私を見た。

 

 

「……風呂に入ることと、ラーベが何か関係してるのか?」

「勿論よ。いい? 男性が抱きたくなる女はね、美しい女なのよ」

「だっだっ抱くって……!」

「あら? シルヴィーはラーベ様に抱かれたくないのかしら?」



 そう言うと彼女は顔を赤くしながらもじもじとしている。可愛らしい仕草に思わずシルヴィーを抱き締めた。驚いて身体を強張らせた彼女であったが、私がラーベ様対策を伝授すると弾けるような笑みを浮かべた。

 

 

「なるほど! 風呂に入って髪がウルウルのサラサラになれば、ラーベもその気になるのだな!」

「えぇ、間違いないわ! さ、わかったらお風呂に行きましょうか! 私がしっかりお手入れしてあげるわ」

「……でもアリアよ、アリアはその方法でラーベに抱かれたのか?」

「……さ、行きましょうか」



 一転して怯えた眼をしたシルヴィーの首根っこを掴むと、私は彼女を引きずりながら風呂場に向かったのだった。

 

 

 

 

 ――――

 

 


 

「おはようございます、ラーベ様。昨夜は、ずいぶんと、お楽しみの、ようでしたわね」



 翌朝、アリア達が宿泊した宿の前で再会した私に、彼女は目の下のクマを隠さず私に挨拶した。シルヴィアとレインも辺境伯に会いに行くために昨日買った服を着て身奇麗にしているが、その目付きはどんよりとしている。彼女達の眼はじっとりと私とメンゲレ博士を睨みつけた後、私達二人の横にいる人物に眼を移した。誰何されるような目付きに、不機嫌さを隠さない声色でその人物は彼女達に話し掛けた。

 

 

「あらぁ? お嬢ちゃん達、何かしらその眼は。……そちらの金髪ちゃんははじめまして、よね?」

「えぇ、はじめまして。私はアリア・ユンカース。ラーベ様の嫁の一人よ。おばさまはどういう関係――」

「おばさんですってェッ!? この小娘、ひっぱたくわよ!!」

「ま、まぁまぁ、す、スヴェアさん、お、落ち着いて……!」



 挑発的なアリアの言葉に食って掛かったスヴェア女史を横から抱き止めたメンゲレ博士が彼女を落ち着かせる。昨夜博士と“塔の魔人”スヴェア・ジェルマンを引き合わせたら二人は意気投合、共同研究者として一緒に生活することになったのだ。夜が明けるまで語り合った私達は、彼女を連れて宿の前に戻ってきた。私はアリアにスヴェアについて説明すると、先程の“おばさま発言”を撤回し謝罪した。それを受け入れたスヴェアを交えて辺境伯との面会について作戦会議の再確認をしていると、背後から声を掛けられた。“運び屋”エリザと私達の所属している街の冒険者ギルド所長のランドだ。

 

 

「おい兄ちゃん……王都に来て早速女を引っ掛けたか? 手が早ぇな……」

「あらアナタ……こういう男臭いのも、悪くないわね……」



 悪女のように唇を舐めるスヴェアについてランド所長に説明すると、彼は感嘆の声を漏らしてしげしげと彼女を眺めた。その視線が気に触ったのだろうか、彼女はつかつかとランド所長に歩み寄り、勢いよく彼の頭を叩いた。叩かれたランド所長はバツの悪そうな顔をしているが、どことなく嬉しそうだ。


 

「はいはい、じゃれるのはそこまでにして。今からお兄さん達をテオドル辺境伯の邸宅に案内するからついてきてね」

「あれ? 転移はしないの?」



 レインの質問に、彼女は移動距離と人数を考えたら歩いていくほうが余程楽だと答える。辺境伯邸はこの宿から歩いて半刻ほどだそうだ。私達は先頭を歩くエリザとランドの後に続いて辺境伯邸に向かって歩き始めた。私の隣にはアリア、後ろには博士とスヴェアが並んで歩き、その後ろにシルヴィアとレインがついてきている。

 

 

「昨日は皆ラーベ様をお待ちしていましたのに……」



 恨みがましい声で言うアリアに、私は頭を搔きながら曖昧な返事をする。どうやら四人一緒に寝ることを楽しみにしていたようだ。……悪いことをしたな。私がアリアに穴埋めを必ずすると答えると、穴埋めを楽しみにしていると元気よくはしゃいだ。『穴埋め』をやたらと強調していたのは、きっと気のせいだろう。

 

 

「ところでアリア、眼帯はどうした?」

「辺境伯がどんな人間なのかわかりませんからね。すぐに見定められるように外しております」

「そうか……だが、無理はするなよ?」



 そう言ってアリアの頭を撫でると、彼女は眼を細めて気持ちよさそうにしている。その様子を後ろから見ていたシルヴィアとレインが、博士達を追い越して私にまとわり付いてきた。

 

 

「シルヴィアちゃんは昨日お風呂に入ったんだよ。ラーベ殿のために……」

「何っ!? 風呂嫌いだったのに……!?」



 後ろから腰回りに抱きついているシルヴィアを肩越しに見やると、彼女は得意げな顔をしている。

 

 

「風呂もなかなか良いものだな! 苦手を克服した我に死角はないぞ!」



 そう言う彼女を撫でると、いつもと感覚が違うことに驚いた。滑るような撫で心地に何度も繰り返していると、横から頭を突っ込まれた。レインだ。

 

 

「あ、あのっ! 私の頭もっ! スベスベだと思うんですっ!!」



 甘え慣れていないレインは顔を真っ赤にさせている。彼女の頭を撫でると、その言葉通りの感触に思わず溜息が漏れる。横目でアリアを見ると、その薄い胸を張り、肩で風を切っていた。……どうやらアリアが二人のヘアケアをしたようだ。

 

 

「イチャイチャしてるところ悪いけど、ほら! もうすぐ着くわよ」



 先頭を歩いていたエリザが振り返りながら私達に告げる。先程からずっと塀の側を歩いていたが、どうやらこの塀の辺境伯邸のものらしい。ひとかたまりになっていた私達は一先ず離れて居住まいを正すと、辺境伯邸の門に向かった。

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