07 ラーベ一家の作戦会議
「まず、私達の目的を明確にすべきだわ。そうでしょ? ラーベ様」
作戦会議が始まってから一番最初に口を開いたのはアリアだった。実験航空隊に所属していた頃から、会議の口火を切るのは彼女の役目だった。私はアリアの言葉に軽く頷くとシルヴィアとレインを交互に見た。彼女達も真剣な眼差しを私に向けている。私はアリアの言葉を引き継ぐように口を開く。
「そうだな。面会の目的は塔の調査結果の詳細報告なんだが……」
冒険者としての実力を認められれば領主や貴族公認の“勇者”となる。通常は金板冒険者に昇格してから任命権者との面会の権利を得られるところだが、長い間放置されていた“謎の塔”の詳報を提出した我々は、銅板冒険者であるにもかかわらず異例の面会となった。この機会に辺境伯の勇者として認められれば金板に昇格するまでの時間が短縮できるのだが、勇者になることに対して懸念もある。レインは『勇者』と聞いて少しだけ眉間に皺を寄せていた。“半魔”と蔑まれ、勇者として体のいい厄介払いを受けた彼女には思うところがあるのだろう。そんなレインの様子をよそに、シルヴィアは元気な声で宣言する。
「折角のチャンスだからな! 我は勇者になるぞ!」
「そう……シルヴィー、勇者になって何がしたいの?」
薄く笑みを浮かべながらアリアがシルヴィアに問い掛ける。問われたシルヴィアは顎先に手を当てて考え込んだ後、元気よく答える。
「勇者になってな、魔王を誅滅するのだ! 我等のオサが成し得なかった事を、我が果たすのだ!!」
そう言いながら胸を張るシルヴィアは誇らしげな顔をしている。……まだ勇者として認められるかわからないというのに。それを指摘するのは野暮か。アリアはシルヴィアの答えにニコニコと笑いながら問い掛けを続ける。
「ねぇシルヴィー、それは本当に勇者にならなきゃできないことなのかしら?」
「……どういう意味だ? 魔王を倒しに行くから勇者になるのだろう?」
アリアの問に怪訝な顔をするシルヴィア。アリアの真意を把握したのか、レインは眉間の皺を深めてシルヴィアの頭を撫でながら言う。
「領主に利用されるだけかもしれないよ? 権力争いの道具にされたりとか……」
「そうね、レニーの言う通りだわ。それに、最近じゃ『勇者狩り』なんて物騒な話も耳にするし……」
勇者狩り? と疑問の声を上げる私とシルヴィアにアリアが説明する。なんでもアリアが王都に来てから二月の間に数名の勇者が痛めつけられる事件が起こったそうだ。幸い命までは取られなかったものの、勇者として持て囃されて様々な所で優遇を受けていた勇者達の信用は失墜、その勇者を任命した領主や有力貴族の面目も丸潰れになったそうだ。犯人は未だに捕らえられておらず、犯人はその勇者達を任命した貴族と敵対している者の差金とも、冒険者の腕試しだとも言われており勇者を巡る情勢は緊迫している。その話を聞いたシルヴィアが唸りながら考え込んでいると、アリアが更に問い掛けた。
「勇者になるのは手段であって目的ではないのよ。いい? シルヴィー。貴女が何をしたいか、どうなりたいのかを明確にしないと、結局何も出来ないまま終わってしまうのよ」
諭すような口調のアリアの言葉に唸り声を大きくしたシルヴィア。その様子を見てそれまで静かに酒を飲んでいたメンゲレ博士が口を開いた。
「勇者ってのは……まるで“呪い”だね」
「……それはどういう意味なのだ」
ムッとした顔をしてシルヴィアが博士に質問する。博士の言葉に共感したのか、レインはうんうんと頷いていた。その様子にシルヴィアの表情が険しくなる。
「そのままの意味だよ。“勇者だから”その一言で全てを求められる。勇者だから、魔物を討伐して当然。勇者だから、人を助けて当然。失敗しようものなら『勇者のくせに!』と詰られる。一人の人間ではなく、一個の記号として見られる。……軍人も科学者も、そして勇者も……結局はいつも利用される。勇者といえども、使われる立場でしかなく、そしてそれは一生付き纏う」
そう言うと博士は私をじっと見つめた。軍人としての私は交換可能な一個の駒に過ぎず、都合が悪くなると呆気なく切り捨てられた。博士は私の心中を察したのだろうか、淋しげな笑みを浮かべると、また静かに酒を飲み始めた。
「シルヴィー、最も大切なことは、自分の人生の目標を見失わないことよ」
「人生の、目標……?」
「えぇ。私だったらそうね……ラーベ様と私の子供を健やかに育てることかしら」
もちろん、二人の子供も平等に愛するわよ、と笑う彼女の眼は真っ直ぐに私を見抜いている。何故だろう、物凄い圧力を感じる……堪らなくなって目を逸らすと、頬を薄く染めたレインと目が合った。彼女は速やかに私から眼を逸らして、子供……ラーベ度の子供……と呟いた。
「……まぁ、道具として扱われるのは俺ももう御免だな。辺境伯がどういう考えなのかは話してみなければ分からんが……使い潰されるぐらいなら、今のまま一冒険者として魔王を倒しに行く方が余程マシだ」
私がそう言うとシルヴィアは腕を組んで考え込んだ。今までの話を聞いて勇者に対する認識を改めたのだろう。それでも勇者の仲間として旅をしたシルヴィアのオサの冒険譚に憧れを抱いている彼女には、簡単には諦められない夢なのだろう。うんうんと唸るシルヴィアに、見かねたアリアが話し掛ける。
「ごめんなさいね、シルヴィー。困らせるようなことを言って。私は勇者になることに反対しているわけじゃないのよ? ただ、勇者がどんなのものなのか、人生において、勇者になることは必須なのか、それを考えてほしかったの」
真剣な目つきでシルヴィアを諭すアリアは、何か閃いたのか小さく声を上げて喉の奥を鳴らし始めた。まるで楽しげな悪戯を思いついた悪童のような笑みを浮かべる彼女に、シルヴィアとレインは怪訝な顔を、私とメンゲレ博士は不安げな表情を浮かべた。この表情をしたアリアは、大抵ろくでもないことを言い出すんだ。
「そう……そうよ! 使われるのが嫌ならば、いっそ使う側になればいいのですわ! ねぇ、隊長!」
「……一応聞いてやる」
「まずは公認の勇者になるのです! 道中で名を上げながら勇者として魔王を倒せば名声が手に入るでしょう!」
アリアの右目はぎらぎらと輝き、テーブルの上に置かれた両手は強く握られている。興奮から声を大きくする彼女は言葉を続けた。
「残念ながら魔王を倒した後は政争の道具になるでしょう……辺境伯の勇者のままならば。しかし! 辺境伯が、いえ、この世界の貴族達が手を出せないほどの権力を手にしていたら? そう! 誰も私達の邪魔をすることなんて出来ない!」
「……それは、勇者の力を元に有力貴族に成り上がるってことか?」
私の問い掛けに目を細めたアリアは、ピンと立てた人差し指を左右に振りながら答える。口角は鋭く上げられて、見る者を圧倒する笑みを浮かべながら。
「いえいえ、隊長……貴族なんて言っても、所詮は“使われる側”でしょう?」
「ま、まさかアリアさん……!?」
「察しが良いわね、レニー! そうよ! ラーベ様には王になっていただきましょう! そうすれば、もう誰も私達の邪魔は出来ない!!」
興奮からか、椅子から立ち上がったアリアは右手を高く突き上げて高らかに吠える。アリアの威勢のいい姿に、シルヴィアとレインは拍手をし始めた。博士を見やるとくつくつと喉の奥を鳴らしている。私はこめかみを押さえると、期待の籠もった目で私を見るアリアに視線を返した。すると、彼女の後方から強く机を叩く男が響いた。首を傾けて音がした方向を見ると、怒りの形相を浮かべた壮年の男性が立ち上がって私達を睨みつけているのが目に入る。その男性は立ち上がった勢いそのままに私達の元に大股で近づくと、立ち上がっていたアリアを睨みつけながら怒鳴りつけた。
「さっきから聞いていれば貴様らァッ! 店の格も知らぬような冒険者風情が囀るなよッ! 不敬にも程があるわっ! 衛兵に突き出してくれるッ!!」
「……何かしら、アナタ。私はアナタに話しているつもりなんてないのだけれど?」
アリアの挑発するような物言いに、壮年の男性は額に筋を浮かべながら顔色を真っ赤に染める。周囲の客たちは私達のテーブルに目をやりヒソヒソと声を潜めて話し始めた。
「このっ……! 小娘がァッ! 私は国王の覚えもめでたいボーマン男爵で――」
「あら? 男爵“風情”が国王に覚えられているの? 国王陛下は物凄い記憶力の持ち主なのね」
「……こっ、このっ……! こっ、こっ……!!」
怒りのあまりに言葉が告げなくなったボーマン男爵の呻きに、可笑しそうに喉を鳴らすシルヴィアとレインをボーマン男爵が睨みつける。笑ってはいけない雰囲気は察しているのだろうが、それが却って彼女達を刺激しているのだろう。二人とも太ももの辺りをつねり上げて必死に堪えている。辺境伯に会う前に面倒を起こすのも御免だ。私は立ち上がりボーマン男爵に向かい合うと彼に対して頭を下げた。私に頭を下げさせたことに怒りを抱いたのか、アリアは左目の眼帯を外そうとしていた。私はアリアを止めると男爵に対して口を開く。
「楽しい食事につい大声を出してしまいました。実は、私は今日王都に来たばかりの田舎冒険者でして……」
私の態度にやや冷静さを取り戻したのか、ボーマン男爵は見下す目線で私を見、冒険者登録証を見せるように告げた。今日のこの出来事を冒険者ギルドに報告してギルドから処罰をさせるそうだ。正直、困ったことになったな――そう思っていると、アリアは胸元から金色に輝く一枚の板を取り出した。彼女の冒険者登録証だ。それを目にしたボーマン男爵は目を見開き、腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
「さ、どうぞ。よくご覧になって?」
「片目の金板……!? ま、ま、まさか……! “飛竜殺し”かっ!?」
飛竜殺しと呼ばれたアリアは目を細め、歪な笑みを浮かべてボーマン男爵の眼前にその顔を近づける。小さな悲鳴を上げた男爵は、最早当初の勢いは欠片も見られなかった。
「で? どうするのかしら、男爵閣下? 私を敵に回す? それとも――」
「いっいっ言わないっ! 私は、何も言わないからっ!!」
駄々をこねる子供のように顔を左右に振る男爵に、アリアは更に詰め寄った。私はアリアの頭頂部にチョップを入れると、へたり込んでいる男爵に手を差し出した。高級レストランで大声で騒いでいたのは私達であり、不敬と取られても仕方がない発言をしたのも我々だ。不服そうな顔をしているアリアは後で説教だな。立ち上がった男爵はこちらを二度三度振り返りながら、覚束ない足取りで自分の席に戻っていった。私達も椅子に座ると、私が口を開くよりも先にアリアが私に向かって言い放った。
「先程の男爵は何か勘違いしていたようですが……魔王を倒せばその座は空きますわよね? 空いた席には座ればいい。隊長もそう思いませんか?」
明るく、しかし熱の籠もった声でそう言うアリアの表情は真剣で、私は彼女の言葉に再度こめかみを強く押さえるのであった。
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