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06 アリアとラーベ、その出会い。

「あの野郎、まだ生きていたのか……!」



 研究所で行われている正気の沙汰とは思えない“実験”を聞かされた私は、テーブルの上の拳を握り締めながらそう口にした。私の言葉に眼を見開いたメンゲレ博士は大きな声で私に問う。

 

「け、研究主任と、め、面識があったのかい!?」

「あぁ……東部戦線から帰ってきたら戦闘神経症と診断されてな。あの“白部屋”にブチ込まれたんだ」



 東部事変が終結してから軍大学に入学するまでの三ヶ月、私は戦闘神経症の治療と称して様々な実験の被験体となった。飲めば身動きが取れなくなる薬を投与されたり、頭に直接電撃を浴びせられたりと、その効果が疑わしい実験を幾度も繰り返された。私が反抗的な目付きで研究主任を睨みつけると、奴は私を狂気が宿ってギラギラと光る眼で見てこう言うのだ。“君の頑張りが国を豊かにするんだ!!”と。その眼には見覚えがあった。前線で気が触れてしまった者の目だった。事変が終結してから私と連絡が取れない事を不審に思った私の後見人に助け出されるまで、この実験は終わらなかった。それから四年が経った今でも、あの狂気に彩られた奴の眼は忘れることができない。

 

 

 私はメンゲレ博士の説明を聞いて強く思った。私と同じ思いをしている子供を助け出さねば、と。私の決意を聞いた博士は破顔した後、両手をテーブルに付き深々と頭を下げた。私達は博士と連絡先を交換すると喫茶店を後にした。私とヨーマンが喫茶店を離れて姿が見えなくなるまで、博士は深々と頭を下げ続けていた。

 

 

 

 

「……で? どうすんのよ。助けるって言っても具体的な手はあるのか?」



 喫茶店からパブに向かう道すがら、隣を歩くヨーマンが私に尋ねる。彼の質問に私は腕を組みながら救出手段について思考を巡らせる。あの研究所にいたから分かるが、警備態勢は厳重であり、ただの学生が侵入して子供を連れて逃げ出せるような代物ではない。私は深く唸りながらなんとか手立てはないものか、と考え込む。そんな私の様子にヨーマンは私の背を軽く叩きながら慰めの言葉を掛ける。

 

 

「まぁ、焦ってもいい案なんか浮かばねぇよ。お前と同じ戦争孤児って境遇に――」

「……今なんて言った?」

「お、おい……そんな怖ぇ顔すんなよ! ……お前と同じって言ったんだけど、気に触ったか?」

「……俺と同じ、俺と……そうか……!」



 突然大声を出した私にヨーマンは肩を震わせる。驚かせてスマンな! と私は彼の肩をバシバシと叩く。私の態度の急変についていけない彼に私は思いついた“いい案”について説明すると、彼もそれならうまくいきそうだと笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 ――――

 

 

 


 『戦争孤児救済法』――後に“第一次イリル戦争”と呼ばれる戦争で村を焼かれて孤児となった私は、戦争孤児を軍人士官の師弟として養育し救済するこの制度により、北部方面司令官 ユンカース中将の養子となった。過去の紛争で実子を全員喪ったユンカース中将は孫ほど年の離れた私を可愛がり幼年学校に進学させてくれた。私は養父の期待に応えるように勉学に打ち込み、幼年学校を次席で卒業した。幼年学校を卒業した後は三年間の部隊研修を経て軍大学に進学する。この間に大きな我儘も言わず、素直に育ったと我ながら思う。だから、こんな時ぐらいは甘えてもいいだろう。私はヨーマンに別れを告げると流しの馬車を捕まえて“実家”に馬車を走らせた。


 

 

 

 ――――

 

 

 


「こんにちは! 俺はユルゲン・ユンカース。君の名を教えてくれるかな?」



 白い部屋、テーブルを挟んで向き合う少女は、私の眼をじっと見つめる。その眉間には皺が寄り、私を誰何するような目付きは眼を逸らしたくなるような圧が込められている。

 

 

 ヨーマンと別れた私は実家に戻って養父に“お願い”を伝えた。本人は家にいなかったので実家に据え付けられている通信術式を通じてだったが。久しぶりの“息子”の声に浮かれた声を上げた養父であったが、私がお願いの説明をするにつれてその声は調子を落とし、終いには声を荒げてこう言った。『あの野郎! 今度こそぶっ潰してやる!!』と。それから彼の行動は早かった。関係各所に通達を出し、連携を取り、私と“実験体”の面会の予定をたった三日で取り付けてくれたのだ。流石次期軍務卿と囁かれている中将閣下だ。あまり気乗りのする“作戦”ではなかったが、コネも実力のうちだと割り切ってお願いした甲斐があったというものだ。

 

 

 私の眼を暫く見つめた少女は、呆れたような声色で呟く。

 

 

「滅茶苦茶な人ね。……出会い頭に主任を殴るなんて」

「……俺はあいつに“世話”になったからね。挨拶代わりさ。でも、何故主任に挨拶したことを?」



 私の問に彼女は眉間の皺を深くする。何か気に触ったのだろうか……? 顎に手を当てて考え込む私の様子に小さな笑い声を上げる彼女は、何も聞いてないのね、と小さく呟いた。

 

 

「私は、人の目を通じてその人の思考や過去を見ることが出来るの。どう? 気味が悪いでしょ?」

「……それでここの連中はこれを顔に巻いてたのか」



 ポケットから取り出した正方形の布には何やら術式が刻み込まれていた。それを明かりに透かしたりひらひらと振り回してみせる。私の来訪を出迎えた研究主任が着けていたこの布は、どうやら彼女の“読心”を防ぐ効果があるらしい。私は布をテーブルに置くと、再度彼女と眼を合わせながら今回の来訪の意図を伝える。布を装着しない事を訝しげな目で見ていた彼女だったが、私の言葉を耳にして、笑っているような、泣いているような複雑な顔をした。

 

 

「戦争孤児救済法って聞いたことあるかい? 俺は春になれば少尉に任官する。そうすれば君の後見人になれるんだが……勿論無理にとは言わない。その場合は成人するまで孤児院に入ることになるが――」

「お兄さんの養子に? 私が?」

「あぁ。俺付きになるといろんな特典があるぞ! 軍属としてお給料は出るし、衣食住は保証される。状況によっては……おやつに昼寝まで付くぞ!」



 複雑な顔をしながら彼女は二、三度頷いた。どうやら条件に納得してくれたらしい。私は再度彼女の意思を問うと、彼女は少し悲しそうな声で答える。

 

 

「それで、俺が後見人になるにあたって色々書類を作らなきゃいけないんだが……君の名前が必要なんだ。教えてくれるかい?」

「教えたいけど、名前がないの」

「名前が、ない……?」



 実験体としてこの研究所に送られた彼女は、自分の名前を捨てられて番号で呼ばれていた。『二十九号』、それがこの研究所での彼女の名前だという。人間の尊厳を捨てさせ、従順な実験動物として弄ぶ、この研究所のやり方に怒りを覚えた私は振り返って鏡の向こうへ睨みを効かす。すると彼女は小さく笑いを溢した。

 

 

「多分主任だと思うのだけれど……驚いて椅子から転げ落ちたみたいよ」

「君は向こうが視えるのか!?」



 驚く私に彼女は左目の“義眼”について説明する。魔力の流れを目にすることができる代わりに止まない頭痛に苛まれているという彼女の頭を撫でると、目を細めて表情を和らげた。その顔は年相応の少女であり、私はこの子を放って置けないと強く想った。

 

 

「君の声は綺麗だな。この間歌劇を見に行ったんだが……まるで歌声のようだ」

「……そんな事言われたの、初めて」

「そうだな……『アリア』。どうだろうか? アリア・ユンカースとして家に来ないか?」



 私がそう言うと彼女は花が開くような笑顔を浮かべ、そして涙を流した。勢いよくこの部屋に飛び込んできた研究主任の頭部に蹴りを見舞い、私は涙を流す彼女を胸に抱きながらアリアと私の今後についてを想い描くのだった。


 

 

 

 ――――

 

 

 

「それから十年、アリアは公私に渡って俺と共に過ごしたんだ」

「でもラーベ様は私を置いっていったんですよねぇ……」



 魚の蒸し焼きを頬張りながら、アリアは恨みがましい目付きで私をじっとりと見つめる。私は苦笑を浮かべて誤魔化すように果実水を口にした。

 

 

「でももう我等はラーベ一家の一員だからな! 何処に行くにも一緒だぞ!」

「そうね、シルヴィー。三人もお嫁さんがいれば、ラーベ様もフラフラと何処かに行くこともないでしょうし!」



 脳天気なシルヴィアの声に助けられた。私とアリアの出会いを神妙な顔をして聞いていたレインも、アリアとシルヴィアのやり取りに笑みを浮かべている。特に、アリアの言った“お嫁さん”に自分が入っていたことが気に入ったようでニコニコと明るく笑っている。暗い話が続いたが、大事なのは私達のこれからだ。明日には辺境伯と面会し、上手くいけば“辺境伯の勇者”になることも出来るだろう。私は辺境伯との面会に向けた“作戦会議”を始めると告げると、わいわいと盛り上がっていた三人も気を引き締めて真剣な目付きになったのだった。


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