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02 再会

「はいいらっしゃい。……初めてのお嬢さんたちね? 今日はどういったご用向かしら?」

「こんにちは、奥様! 私達に合う、ウェディングドレっ痛ぁ!!」



 テオドル辺境伯への謁見を明日に控えた私達は、王宮に至る大通りから一本入った路地に佇む服屋にやって来た。こぢんまりとした店の壁に掛けられた服はややくたびれているものの、貴族ではない私達が着るに相応しい、地味すぎず、華美すぎない物が所狭しと掛けられていた。入店早々店主の老婆に駆け寄りながら何やら叫んでいたアリアの頭頂部にチョップをお見舞いしながら、私は来店の目的を伝える。

 


「明日、テオドル辺境伯に謁見するんですが、見ての通りの格好でしてね。丁度いい服を一着ずつ見繕ってもらいたいのですが……」

「あらあら……この辺じゃ見ない格好ね? 珍しい生地だわ……」



 私の作業服を両手で伸ばしたり縮めたりしながら老婆は独りごちた。人好きのする笑顔を浮かべる彼女はアリアとシルヴィア、そしてレインを見比べながら、店内にある服について説明を始めた。

 

 

「ここにあるのはね、貴族家のお下がりがほとんどなの。ごめんなさいね、ウェディングドレスは無いけれど……恥ずかしい格好にはさせないから、任せてもらえるかしら?」

「女性の服は女性に選んでもらうのがいいでしょう。謁見するのに相応しい“服の格”もあるでしょうし……」

「えっ!? ラーベは選んでくれないのか!?」



 私の言葉に驚き声を上げるシルヴィア。私が困り顔を浮かべていると、一人につきニ、三着出すのでその中から選んでは? と店主の老婆が助け舟を出す。私は有り難い提案に全力で乗っかることにした。

 

 

「貴方の服はどうしましょう……。背丈はなんとかなりそうだけど、胸板が厚いから合う服があるかどうか……」

「あら? ラーベ様は叙爵した時の服装がよろしいのでは?」

「叙爵……? ラーベ殿は、貴族、なのか……?」



 アリアの提案に怪訝な顔をするレイン。私がこの国に逃れてくる前に騎士号を叙されていたことを説明すると、何故かアリアが得意気な顔をしていた。

 

 

「まぁ結局は剥奪されたがな。……というかだな、俺はもう制服を着るつもりはないぞ?」

「でも支援装置に格納はしているのでしょう? いいじゃないですか! 私はラーベ様の制服姿が一番好きですし!」

「……見てみたいな」

「おぉ! ラーベの格好いい姿は我も見たいぞ!」

「……どんなお召し物? 冥土の土産に見せてもらえないかしら?」



 女性陣達の熱い目線が身体中に刺さる。キラキラとした眼差しを裏切るのは心苦しい。私は渋々頷くと、老婆に手を引かれて店の奥に連れ込まれた。どうやらここは試着室らしい。用意が出来たら合図をしてねと微笑む彼女に、珍しい衣装を見せることと引き換えに服の値段を下げられないかと持ちかけたが、それはそれ、これはこれ! だそうだ。畜生! 私は行動支援装置を起動、服装転換してニ種礼装を着用する。私が試着室から合図をすると、早い! と店主の驚いた声がこちらまで聞こえてきた。

 

 

「……どうだ?」

「ほぉ……! これは、なかなか……!」



 ダブルブレストのジャケットの左胸には様々な勲章が取り付けられ、右胸には大鷲の羽を象った航空き章が金色に輝く。左腰には儀礼刀を下げ、両腕の袖には金色の太線が二本巻かれている。私の礼装姿を見た女性陣は、嘆息して熱っぽい眼差しを向けている。店主もだ。それを見たアリアは薄い胸を更に張った。

 

 

「どうですか? この姿で辺境伯にお会いするのは……?」

「……アリね! 確かあのお方は珍しい物好きだから……むしろ好印象よ!」



 私としては捨てた故国の制服を未練がましく着ているようで複雑な心境だが、これで衣装問題が一つ片がつくなら飲み込もう。女性三人の衣装選びを店主にお願いしていると、シルヴィアとレインが私の近くにやって来て、佩用している勲章を物珍しげに眺めている。これは戦場を長い間生き抜いた記念で……これは戦場で友軍を救った記念で……と説明していると、店主が女性陣を試着室に呼び寄せた。どうやら服選びが終わったらしい。

 

 

 聞くとはなしにぼんやりとしていると、「なにこれ! けしからん!」と叫ぶアリアの声や、「けしかるもん! あっ! やっ、やめてぇ!」と叫ぶレインの声が聞こえてきた。布一枚隔てた店の奥で、一体何が繰り広げられているのか……想像力を掻き立てられる音が暫く続いた後、ややくたびれた顔をしたレインと満面の笑みを浮かべるアリア、そして自分の胸をさすりながらしょぼくれた顔をしたシルヴィアが試着室から出てきた。

 

 

「ラーベ様、凄いのよ! レインのお胸は――」

「あっ! だっ、駄目ェッ!!」



 どうやらレインのスタイルにアリアがちょっかいを掛けていたらしい。私にそのサイズを伝えようとしたアリアの口は、レインの両手でがっちりと抑えられた。私は溜息を吐きながらアリアの頭を撫でながら落ち着かせると、ニコニコと笑う店主のお勧めを見せてもらう。腰が括れてウエストラインが高めのワンピース型で、三人分とも形としてはそれほど大きな違いはない。レインは女性としてはやや背が高めということもあり在庫があまり無かったそうだが、それでも色のバリエーションは二種類用意されている。

 

 

 私は生地の状態を細かく確認しながら、最も程度の良いものをそれぞれ選んだ。結果は、アリアには薄桃色、シルヴィアには水色、レインには薄黄緑のワンピースとなった。

 

 

「……ありがとう。男の人に服を選んでもらうなんて初めてだから……大切にする」

「我も! これがラーベの好みだな! ……ありがとう!」



 私の選んだ服を抱き締めながら二人が笑う。その姿に罪悪感が胸の中に浮かんで彼女達から目を逸らすと、近付いてきたアリアに耳打ちされた。

 

 

「……ラーベ様、色とかじゃなく状態で選びましたね? そういうとこ、ホンっと変わってないんだから……」



 いたずらに微笑むアリアの声に、図星を突かれた私は頬を搔きながら店主に精算を頼む。三着で金貨三十五枚。……意外な値段に軽く声が漏れる。私の分が自分で用意できて良かった。いまだ服を抱き締めてくるくると回る二人に気付かれないように支払いを済ませると、早速着ていく! と三人共試着室に戻っていった。着替えの間中きゃあきゃあと姦しかったが、着替え終わった彼女達の姿は貴族令嬢――とまではいかないが、そこそこいい所のお嬢さんといった出で立ちだった。ニマニマと笑う三人を連れ、私は店を後にする。アリアにこの店を紹介してくれたのは運び屋エリザだそうだ。後で礼を言っておかなきゃな……。

  

 

 

 

 ――――

 

 

 

 

「ゆ、ゆ、ユル坊~~~! い、生きてたかぁ~~~!!!」

「博士っ! お元気そうで!!」



 宿に戻った私達を出迎えたのは、私の十年来の“悪友”メンゲレ博士だった。どうやらアリアから連絡を受けていたらしい彼は、私達が宿に戻るのを入口前で待っていたそうだ。久々の再開に固く抱き合った中年二人を、宿の前を行き交う人々が訝しげな目で眺める。知ったことか! 旧知の友人との再会ぐらい、好きにやらせてくれ!!

 

 

「博士は何時こちらに?」

「あ、ああ……ち、丁度一月前だな。て、帝国がクーデターで倒されて、ぐ、軍曹が用意してくれた転移符でこっちに……そ、そちらのお二人さんは?」



 私と離れた博士はシルヴィアとレインを見て私に尋ねる。私がこの国に逃れてから組んだパーティメンバーだと紹介すると、めいめい自己紹介を始めた。

 

 

「ラーベ様、ハカセ。立ち話もなんですし、食事でも摂りながらお話しましょう?」



 服を選んでいる間に時間が過ぎていたようだ。傾いた太陽が空を橙に染める。私達はアリアに誘われながら、宿の一階で営われているレストランに足を向けた。アリアは出掛けにディナーの予約をしていたそうだ。久しぶりの再会に、今日は旨い酒が飲めそうだ! 

 

 

 

 

 そう思っていると、アリアがこちらに振り返って冷たく言い放った。

 

 



「ラーベ様、今日のメニューは全て私が“お勧め”しますからね?」





 ……どうやら彼女に見透かされているらしい。私は苦笑いを浮かべると、同じく苦笑を浮かべる博士の脇を肘でつついて、ボーイに案内された席に着くのだった。

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