01 王都で服を仕立てよう!
大城壁の門を通ると、そこには様々な人々が色とりどりの品物を広げた市が形成されていた。入門審査の際に衛兵と一悶着ありそうな気配がしていた。特に、この地域では珍しい髪色をした私やシルヴィア、レインを見る周囲の目は、これからの王都での困難を暗示させるものであったが、全てアリアの一睨みで方が着いた。
「そんなにキョロキョロしていたら、悪い人にカモにされますわよ」
物珍しい目で周囲を見渡す私達三人をアリアがたしなめる。今にも走り出そうとしていたシルヴィアはアリアの言葉に勢いを失い、大人しく彼女の後について歩いていた。アリアと並んで歩くランド所長を見ると、この街の冒険者ギルドについてエリザと何やら話し込んでいる。ギルド所長としてこの街のギルドに挨拶にでも行くのだろう。
アリアに従って歩くこと十数分、中外壁を抜けると王都の街並みが目に入った。焼きレンガで舗装された道には馬車が行き交い、街の中央に聳える王城はこの街の何処にいても目に入る高さと威容を備えていた。先頭を歩くアリアがくるりと身を翻すと、恭しく頭を下げて王都へようこそ! と芝居がかった挨拶をする。その言葉にシルヴィアは破顔するとその場に飛び跳ねるのだった。
――――
「じゃあ、私達はこれで。お兄さん、明日の朝に迎えにいくから、それまでゆっくり王都観光でも楽しんでね!」
王都の中心街でにエリザはそう告げると、ランド所長を伴ってこの街の冒険者ギルドに向かっていった。王都の名が示す通り、この街の建物は今まで拠点にしていた街とは比べ物にならない。高さ然り、装飾然り――私達の眼の前にはこの街で一番と言われている宿がある。まるで神殿のような荘厳さを放つ入り口の前でたじろいでいると、アリアは私の手を取ってずんずんと中に進んでいく。
中央部がやや膨れた柱が並ぶ入り口を通ると、一階が酒場となっており、二階以上が宿になっているようだった。基本的な作りは若草亭と同じだが、酒場の雰囲気は高級レストランのようであり、実際今も食事を取っている客達の服装は私達冒険家と違って整った揃えを身に着けている。私達は、ハッキリ言って場違いだ。私は気恥ずかしさから足元に目を向け、レインも居心地悪そうに顔を下に向けている。そんな私達の気も知らず、シルヴィアは声を上げながら店内をキョロキョロと見回して感嘆の声を上げた。
「凄いなぁ! あれ、シャンデリア、だろう? 初めて見たぞ!」
「キラキラしてて綺麗よね。でもね、シルヴィー。勇者になったら、こんなの目じゃないぐらい沢山の綺麗なものが見れるわよ?」
「何っ!? じゃあ早く勇者にならねば!!」
シルヴィアがそう言うと、クスクスと笑い声が辺りから聞こえる。下に向けていた目線を持ち上げて周囲を見渡すと、品の良い服装に身を包んだ紳士淑女が、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべて私達を見ているのが目に入った。気分の悪くなった私はアリアを急かして宿に向かった。
四階建ての最上階に位置する私達の部屋は豪奢な装飾に彩られており、ソファもベッドもふかふかとして座り心地も寝心地も良さそうだ。特に驚いたのはこの階に風呂とトイレが備え付けられていたことだった。若草亭はニ階建て、部屋はまるでうさぎ小屋、風呂なんて以ての外で、桶に掬った水に手拭いを浸して身体を拭くのが関の山だったというのに……というか、この階には私達の取った部屋しかない。所謂スウィートルームと言うやつだろう。今までの人生で高級ホテルに泊まった経験が無い私には気が休まらない部屋である。ふと横を見ると青い顔をしたレインと目が合った。……どうやら彼女も同じ想いを抱いているらしい。
「今日は予約が入ってなかったので、すんなり部屋が取れて良かったですわ!」
「アリア、ここは、庶民が泊まれるような宿じゃない気がするが……」
「そこはコレですわ! 顔が利くようになるからって言われて取った登録証ですが、役に立って良かった」
そう言うアリアの手には金色に輝く冒険者登録証が握られていた。どうやら彼女はその権威を十二分に利用してこの宿を取ったらしい。……正直、ありがた迷惑である。だが、ニコニコと笑う彼女の顔を見ると、文句の一言も口から出せなかった。
「夕食までまだまだ時間もありますし、買い物にでも行きませんか? 辺境伯に面会する時の服も用意しなければなりませんし……」
「やっぱり、この服で会いに行くのは不味いかな?」
私がそう言うとアリアはやれやれと首を横に振った。
「何事もはじめが肝心ですわ。辺境伯に舐められたら英雄の名折れ。さっ、三人共、行きますわよ!」
どうやら彼女なりのプライドがあるらしい。服装をアリアに任せると変に目立って今後の活動がやり辛くなりそうだが、今の作業服で面会して不興を買うのも御免だ。この国の貴族社会には縁が無いが、悪目立ちするよりなら無難な服装で何事もなく面会を終えたい。私達はアリアの後について宿を後にし、服屋に向かって歩き始めた。
――――
「依頼の取り下げの件で少しお話してまいりますので、ラーベ様達はこちらで少々お待ちください」
辺境伯との面会のための服を買いに来た私達三人であったが、先にアリアの用事を済ませるために冒険者ギルドにやって来た。拠点にしていた街のギルドと基本的な作りは一緒だが、その規模は大違いである。掲示板に貼られた依頼書の数や、昼どきを過ぎて暇になっているであろう時間帯にも係わらず大勢の冒険者で賑わっているフロアを見ると、王都にやって来た実感が湧いてくる。
特に大きな違いは、このギルドには食堂が併設されていることであった。先程まで大勢の冒険者で埋め尽くされていたであろう食堂から、食事の匂いが入口付近まで漂っていた。丘亀を撃破してから少しだけ食事を摂ったが、アリアが猛烈な勢いで食事を掻き込む姿に当てられて食欲が失せてしまっていた。食堂に目を向けていると、服の裾を小さく引っ張られた。シルヴィアだ。
「な、なぁ! 王都のメシはどんな物があるのだろうな!? あっ! レインの言っていた煮込みもあるかもしれんぞ!」
「そ、それは大変ね、シルヴィアちゃん! ちょっと確かめに、行かなきゃ、いけないよね!」
チラチラと私を見ながら小芝居を始めた二人に軽く笑うと、私達は食堂の窓口に向かう。その姿をある者は興味深そうに、ある者は意地の悪い笑みを浮かべて見やる。正面切って絡んでこないのは、先程まで“狂犬アリア”と会話していたからだろう。宿に引き続きギルドでもその威を借りることになるとは思わなかったが、トラブル回避のために利用させてもらおう。
今日の日替わり定食は鶏肉のフライとトマトスープに白パンで銀貨一枚。若草亭の食事に比べると倍以上の値段であったが、金額相応の味に三人共笑顔になる。長机に座った私と向かい合うように座った二人は食事を終えると、何やらヒソヒソと耳打ちをしあいながら私を見ている。内緒話をするような距離では無いのだが……聴覚を指向させれば会話の内容を把握するのは容易いが、ここは二人の意を汲んで知らんぷりをしておこう。テーブルに肘をついて見るともなしにギルドの入り口を見ていると、レインから声を掛けられた。
「その、ラーベ殿。アリアさんのことなんだけど……」
「ん? アリアがどうかしたのか?」
レインは上体を私に近づけて小声で話し始める。私達にしか聞こえない程度の声量で口にされた言葉は、私達の今後に関わることだった。
「アリアさんも、パーティメンバーに入れるの?」
「それを彼女が望めばな。……不安か?」
私の言葉に俯いて黙り込むレインに代わって、シルヴィアが話を続ける。
「要はな、アリアも嫁にするのか? ってことだ! ラーベとアリアは仲良しだったんだろう? どうするのだ?」
「よっ、嫁ぇ!?」
予想外の言葉に大声を出してしまった。責めるような目線のレインから目をそらして周囲を眺めると、聞き耳を立てていた冒険者達がヒソヒソ話を加速させた。狂犬に伴われてギルドに入ってきた私達は注目の的だったらしい。私は大きく咳払いをした後、レイン達に目を向けた。
「嫁、か……考えたこともない、訳じゃないが……というか、アリア『も』ってどういう意味だ?」
「そのままの意味だ! 強い雄は雌を侍らす! ラーベ程の男なら、我等二人じゃ物足りないだろう?」
「いやいや! 嫁が二人って時点で普通じゃない……よな?」
そもそも二人と婚姻を結んだつもりはないのだが……そう思いながらレインに目を向けると、彼女は頬を赤く染めながら私に答える。
「大商人とか貴族とかは奥さんを何人も作ったりしてるよ。成功を納めた冒険者も、パーティメンバーと結婚することも結構あるみたいだし……私達も、いずれは、その……」
「その、君達はそれで、奥さんが何人いても、いいのかね……?」
衝撃的な事実におかしくなる口調に、シルヴィアもレインも小さく笑った。
「私はラーベ殿の傍にいれれば、それで……」
「我もな! というかだな、我等のオサは嫁が沢山おるのだぞ! ラーベもオサを見習ってだな……」
「……俺は人間なんだが。それに、アリアがそれを受け入れるかは分からんぞ」
小さな胸を張るシルヴィアに苦笑を漏らすと、ギルドの奥からアリアがこちらに向かってきた。どうやら話は終わったらしい。しかし、嫁か……。年甲斐もなく気恥ずかしさからアリアの顔を直視できない。不審に思ったアリアがシルヴィア達から話を聞くと、満面の笑みを浮かべて私に飛びついた。周囲の冒険者達からどよめきが上がる。
「嗚呼! ラーベ様! この時を! 待っておりましたわ!!!」
「ちょっ、アリアっ! 落ち着け!」
「これが落ち着いていられますかっ! これはもうっ! すぐにでもっ! 祝言を上げなければっ!!!」
私にしがみ付くアリアを引き剥がすと、私は取り繕ってギルドの外に向かう。服装を整えるんだろう? そうアリアに問い掛けると、ウェディングドレスを仕立てなければ! と私を追い越して早足でアリアは服屋に向かった。ウェディングドレスと聞いた二人もアリアの背を追いかける。……まずは辺境伯との会見だろうに。苦笑いを浮かべる私も、三人の後を追って服屋へと向かったのだった。
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