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05 クソガキ共に絡まれた新人中年冒険者は、巨大な白狐と出会う。

 「はい、こちらが報酬の銀貨三十六枚と登録証です」



 営業スマイルの受付嬢から銀貨と登録証を渡される。高額貨幣だと支払いに困ることもありそうなので、報酬は全額銀貨で受け取った。登録証を見ると、裏面のマスに丸が三つ付いている。薬草類の採集の他に、毛革の買い取りもカウントされているようだ。登録証の確認を終え、胸ポケットから取り出した小銭入れに報酬をしまう。



 「……その小物入れ、どこで手に入れたんですか?」



 受付嬢は私の小銭入れに目が釘付けになっている。



 「うさぎの、かわで、つくった、です。てづくり、です」

 「一つ私にも、作って欲しいなぁ……」



 科を作ってにっこりと笑う受付嬢の目は、やはり笑っていない。



 「このまち、かわのみせ、ない、ですか?」

 「あるにはあるけど……そういうフサフサの物はないんですよ」

 「わかりました。つくるので、また、くわしいはなし、しましょう」

 「本当ですか!?約束ですよ!!」



 カウンターから身を乗り出す彼女に苦笑しながら、読上嬢のマリエに声を掛ける。ギルドには昼食を終えた大勢の冒険者がいるが、文字が読める者が多いようでマリエが暇そうにしていたからだ。



 「こんにちは。なにか、あたらしい、しごと、ある、ですか?」

 「……恒常依頼で条件の変更があったものが一つ。それ以外は特に無し。あなたは薬草採取以外で何か出来る事はある?」

 「ものづくり、できる、です。じしん、ある、です!」

 「あのふさふさ……なんでもない。生産系の依頼は無いから、あなたに紹介できる仕事は無い」



 マリエは今日も冷たい。そうだ、文字が読めるようになれば、彼女の手を煩わせることもないのでは……?それに、この国で暮らしていくためにも、何れは読み書きを身に付けなければならない。そう思い、彼女に読み書きの教師の依頼をしようと話を振る。



 「マリエさん、おねがい、ある、です。ちょっと、いいですか?」

 「何……私は掲示板以外の文書は読まない。お金にならないから」



 けんもほろろな勢いだが、めげずに話を続ける。



 「マリエさん、いつ、やすみ、ですか?やすみに、あいてを、してほしい、です。おかね、はらう、ですから」

 「……巫山戯ないで。わたしを、冒険者の金で買える女だと思ってるの?巫山戯ないで…巫山戯ないでよ!そんなコトしたきゃ、娼館にでも行けば!?」



 ……誤解が生まれてしまったようだ。これは不味い。そうか、最初に『教師として文字の読み書きの依頼をする』と言わなきゃ変に思われても仕方がない……そう思ってると、別の掲示板を物色していた一団に肩を掴まれた。



 「マリエッタ、このおっさんにちょっかい出されたのか?」

 「……その名でわたしを呼ばないで」



 私の肩を掴んでいるのは、長髪を後ろへ撫で付けた優男だ。確か、名前はビリネル。分厚い革の胸当てと、片手剣を腰に刷いた『破壊のビリネル』の二つ名を持つ男だ。昼食の時にデビルバスターズのシーラが『破壊のビリネルは銀板登録者なんですけど、女癖が悪いのと他人を見下す癖があって。意地悪されても我慢した方がいいですよ……』と言っていた人物だ。彼らのリーダーであるテディも彼とのいざこざの結果、街の外壁を走らされたそうだ。全裸で。



 彼に声を掛けられたマリエは鬱陶しそうな表情を隠しもせず彼に言う。



 「……ビリネル、あなたは引っ込んでて。これは、わたしとこの人との問題」

 「そうは言ってもよォ?可愛い可愛い俺のマリエッタがいじめられてるのを、只見てるワケにもいかんっしょ!」



 そう言うビリネルの後ろには大鎧を着込んだ戦士風の大男と、黒いローブを着た小柄な人物が控えている。



 「なぁおっさん、聞いてたぜェ!手作りの小物入れ?スゲェじゃん!」

 「ははは……ありがとう、ございます」

 「ただよ?調子に乗っちゃいけねぇぜ?わかる!わかるぜェ!ヘレナに褒められて俺って天才!?って思っちまうのもよ?でもよォ?おっさんが、こんな女の子をナンパしちゃいかんっしょ?」

 「なんぱだ、なんて……」



 このクソガキ、一発ブン殴ってやろうか。……いや、私は静かに生きていくのだ。頭は低く、腰も低く。つまらぬ騒ぎは、収まるまでじっと身体を縮めて過ぎ去るのを待とう。



 「まぁいい。おっさんは冒険者なんだろ?じゃあ討伐なんかも請けられるよなァ?俺からの登録祝いだ!とっておきの狩場に連れてってやるよ!おいガク!」



 ガクと呼ばれたローブの者が一歩前に出る。



 「ビリネル、それはやりすぎ」



 マリエは青い顔をしてビリネルを諌める。がしかし、ビリネルはヘラヘラと笑ったままだ。



 「何がやりすぎなんだ、マリエッタ!俺はただ、祝福してやりてぇんだよ!俺たちの格好の狩場に案内してやるんだ!誰も知らない、誰も邪魔しないなァ!」



 ガクが手に持った杖を両手で高く掲げると、ガクを中心に弱い風と光が舞う。風にローブが捲られると、彼の幼い顔が顕になった。額から汗を流し、口はへの字に固く結ばれている。目を伏せているのは、集中しているからか、それとも私を見ることが心理的負担になるのか……。



 「おい馬鹿共何やってる!」



 騒ぎを聞きつけたのか、倉庫の髭面が怒鳴り込んでくる。



 「いやぁ、ランド所長!おっさんに登録祝いを贈るんスよ!」

 「馬鹿か!すぐにその“転送”をやめさせろ!」



 ……“転送”?あぁ、彼のこの魔力は、何処かに何かを転送するものなのか。……何処に?何を?私を?狩場に???



 風と光がガクの掲げた杖に収束する。伏せていた目を上げ、私の目を見る。その顔は何処か済まなそうで――



 「やれ、ガク!」



 その声を引き金に、ガクは杖を私に振り下ろし、それを左手で受けた瞬間、世界が――





 ――――





 ここは森の中だろうか。鬱蒼と茂る草木が光を遮って、まるで夜の始まりのようだ。状況を確認するために捜索術式を展開する。



 ……多数の中型動体反応の他に、大型動体反応がちらほら。魔力の異常伝搬が発生しているのか?巨大な反応があるな。少なくとも、付近に人間らしき反応は無い。



 捜索レンジを広げても、人間らしい反応は無い。更にレンジを拡大するために、飛行術式で直上に飛び上がる。



 木々の合間を抜け森の上に出たところで、聳え立つ山脈が目に入った。



 ……私が拠点にしているテオドル辺境伯領と、その北に接するオーラフ侯爵領を隔てる山脈だ。



 街の西門付近に設置した移動術式の発動点までの距離を測定すると、約百三十km。随分遠くまで吹っ飛ばしてくれたもんだな。……まぁ、飛行術式で移動すれば、それこそ“ひとっ飛び”程度の距離だが。



 眼下の森に目をやる。森というよりは樹海といったほうが相応しいだろう。大型動体反応もあることから、“狩場”というのは強ち間違いでもないようだ。先程探知した異常反応の元へ観測球を飛ばす。この程度の樹海なら大した苦労もなく生活できるだろうが、それでも野獣の不意打ちは避けたい。何も知らないのと、脅威となり得る存在を認識しているのでは、不意にその存在と向かい合った時の対処が変わってくる。



 観測球が魔力を探知した。先程異常反応のあった場所だ。受信信号を確認する。……なんだ?白い塊……?観測球を更に目標に接近させると、その“白い塊”が観測球に急接近し、映像はそこで途切れた。



 ……隠匿性の高い観測球を感知して撃破する?そんなことができるのは、魔力操作に優れた軍人でもそうはいない。捜索術式に示された異常反応は、間違いなくこの“白い塊”から発せられたものだ。そういえば門番が言っていたな。北の山脈には、凶悪な大型魔獣が潜んでいる、と――。



 捜索術式の反応を基に、先程の目標へ移動する。観測球を撃破されたことから、こちらの存在は露見しているだろう。私の正確な位置までは把握していないだろうが……。念の為、隠匿術式を展開する。視覚・聴覚・魔力探知にも有効なこの隠匿術式は、私が鍛え上げた“夜烏”の面子にも見破られない自信がある。



 上空から“白い塊”を視界に捉えた。それは樹海の中心に不自然に広がる平原の中心に佇んでいる。平原の外縁から、低速低空飛行で徐々に近付く。彼我の距離が十m程度になったところで白い塊が周囲を伺うと、私はその場で静止した。



 隠匿術式は完璧に展開しているはずなのだが、その白い塊は首を伸ばして周囲を警戒している。暫くその塊を見つめていると、塊は立ち上がり、ゆっくりとした動作でこちらに首を回した。




 ――息が、止まるかと思った。陽の光を浴びて綺羅綺羅と反射するその銀色の毛並みは艶を放ち、靭やかな肢体を美しく魅せている。こちらに向けた赤い眼は凛々しさに溢れ、只の獣とは思えない知性を感じさせる。何よりその巨大な体躯は、気品と力強さを湛えている。





 隠匿術式を展開している私と、合うはずのない目線が、交わった。



 それは、巨大な白狐だった――私は、久しく感じていない高揚感を胸に抱いた。



 ――抱きしめたい。その艶々の毛並みの中に埋もれたい。腹に顔を埋めて、胸一杯に深呼吸がしたい――



 私は隠匿術式を解除し、その場に降り立った。巨大な白狐はやはり目が合っていたようで、私から目を逸らさない。かつての部下から教わった、動物とのコミュニケーションを取る“秘術”を実行する時が来たようだ。





 ――――





 「隊長、何やってんすか……」

 「シッ!黙れヨハン……っ!あれを見ろ……そっとだっ!」

 「……子猫、っすね」

 「そうだ……!今日こそ、今日こそこの手で……」

 「食うんすか!!??」

 「馬鹿声が大きい……っ!逃げちゃうだろ……っ!」



 詰所の調理場の裏で、ひっそりとした攻防が繰り広げられていた。そう、私と子猫との、である。最近見つけたこの子猫、警戒心が強いのか、近付くとすぐに逃げてしまう。



 「その手のはなんすか……」

 「これか?これはなぁ……秘密兵器だ……っ!」

 「……ツツジなんて、今日び村の子供でも舐めたりしないっすよ……」

 「えっマジで!?」

 「あっ……」

 「あ~~~!!!おまえ…!おまえぇぇぇぇ……!!!」

 「いや、逃げたのは隊長が大声出すからっしょ!?……スンマセンスンマセン!子猫が寄ってくる方法教えますんで!!」





 ――――





 姿勢は低く、身体を小さく見せる。手のひらを上に向けて指先をピロピロと……目は一度合わせた後、ゆっくりと閉じて、開いて、閉じて、開いて……後は子猫が好きそうな肉を差し出して――って肉が無い!ヨハンの野郎……今更気付いたが、適当なことを吹き込みやがったな……。



 身体を小さくする私に、白狐は身動ぎもしない。肉があれば完璧なんだが……そうだ、クマン山で獲った鹿がコンテナに仕舞ってあったな。私は鹿肉を取り出しその場に置くと、ゆっくりと後ずさった。暫くの後、白狐が徐に鹿肉に近付く。



 白狐は検分するように小さく一口齧り、数瞬の後勢いよく貪りついた。私は身体を小さくしたまま、ゆっくりと白狐に近付く。



 至近距離に迫った白狐は、今もなお鹿肉に夢中だ。……野生の警戒心は何処にいったのだろうか。私が狩人だったら、今頃白狐には矢がびっしりと刺さっていることだろう。



 恐る恐る手を伸ばし……白狐に……っ!触れる!!!





 あぁ~~~~~~~~……!!!!見た目通りの手触りだ!その銀色に輝く毛並みは、帝室に奉じられる最高級の絨毯ですら比較にならないだろう。一撫でする度に、幸せゲージが振り切れる。さらさらと撫でていると、白狐と目が合った。白狐は私から距離を取る。……鹿肉でのお触りはここまでか。



 そう思っていると、その場に座り込み、腹をこちらに見せている。



 群生動物のリーダーに対する“腹見せ”とまではいかないが、横倒しにした身体を、その腹を、無防備にこちらに晒している。



 これは、誘っている、のか……?



 据え膳食わぬは男の恥、見せ腹触れぬはモフ魔の恥!私はその腹部にゆっくりと近づき手を伸ばし、触れる。





 はぁ~~~~~~~~~~~~~~~……!!!!!!!!!!





 腹側の毛並みは柔らかく、触れる者皆吸い込むが如き魅力を放っている。白狐を見やると、じっとこちらを見つめている。これは、嫌がっていない。ならば、この、身体ごと――いかせていただきます!!!





 幸せに包まれるとは、このことだったのか……!!!!!





 陽の光をたっぷりと浴びた白狐の腹に包まれると、それまでぐっと堪えて、精神の奥底に固めて押し込めていたものがゆっくりと解され、溶かされ、身体の外へ出ていくような気分になった。



 “昇天”とは、このことだったのか……。



 白狐の腹に抱きつき、顔を埋めて左右に振る。白狐は目を細めてぐるぐると鳴いている。これは、世に言う、“相互互恵関係”というやつだな。



 街に戻ったらあのクソガキ共を路地裏で五、六回半殺し(一度半殺しにして治療術式を展開、再度半殺しを繰り返す)にしようと思っていたが、これ程の歓びを齎してくれたんだ。過程はどうあれ、本気の感謝を伝えることにしよう。





 ……いや、やっぱり許せんな。三回は半殺しにしよう。もふもふとした毛並みを全身で味わいながら、そう思うのだった。

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