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18 街を出よう! 勇者になろう!

 アリアに呼び付けられたこの街の冒険者ギルドのトップ、ランド所長は薄っすらと額に汗を浮かべながら私達のテーブルに着いた。息が軽く上がっているのはギルドから駆け足で若草亭にやって来たからだろう。若草亭とギルドを往復したといえ、大汗をかいて荒い息をしているテディは少し基礎体力が足りていないようだ。私がテディに食糧の購入を依頼したら露骨に嫌な顔をしていたが、手間賃として銀貨一枚を手渡すとイキイキとして店の外に出ていった。

 

 

「私はアリア。アリア・ユンカースよ。『魔眼のアリア』と言った方がわかりやすいかしら?」

「……王都の金板冒険者か。俺はランド、この街の冒険者ギルドの所長をやらせてもらってる。で? 金板様がこの辺境の外れに何の用だ?」



 アリアが薄い笑みを浮かべながら自己紹介をすると、ランド所長もそれに応える。彼の手に握られていた羊皮紙は、広げられてテーブルの中央に置かれていた。アリアはそれを人差し指で軽く叩くとランド所長に問い掛ける。

 

 

「この依頼は私が中央から各支部に送ってもらったの。ねぇ所長? どうして私に連絡しなかったのかしら?」

「……何のことだ?」



 所長の答えに眉を寄せるアリア。私はテーブルに置かれた依頼書を手に取り文面を確認してこめかみを押さえた。

 

 

「……なぁアリア、この文面は誰が考えたんだ?」

「私ですわ。……何か問題が?」

「大アリだ。これでよく俺が見つかると思ってたな……」



 依頼書には探し人の捜索が記されていたが、内容は酷いものだった。髪や目の色、背格好についてはまだマシだが、全ての記載がアリアの主観に基づいた記述だった。『口元に傷跡あり』とか、そういう分かりやすい特徴を書くべきだと思うのだが……。一番の問題は、この依頼書の末尾に記された一文だ。

 


『有力情報には金貨百枚進呈! 但し、ガセネタの場合厳罰を与える』



「……“狂犬”がこんな文を書いたら、皆怖がって何も言ってこないだろ」

「あらやだわ! 狂犬なんて、そんな……」



 私の指摘にエリザがコクコクと頷く。金貨百枚は大金だが、怪しすぎる。しかも、一歩間違えれば狂犬の厳罰付き。こんな依頼に真面目に取り組む冒険者はいないだろう。狂犬呼ばわりされたアリアは両手で頬を押さえて身体をくねらせる。褒め言葉ではないのだが。

 

 

「でも報奨金を出すアイディアはいいと思いません?」

「これもアリアが考えたのか?」

「いえ、私はちょっと罰を与えると。報奨金についてはメンゲレ博士が――」



 アリアの言葉を終わりまで聞かず、私は勢いよく立ち上がった。メンゲレ博士と連絡を取っているのか! あの人は立ち回りが下手な人だ。帝政が崩れたと聞いた時は安否が気になったが、少なくともアリアと連絡が取れる状況にあるらしい。私がアリアに博士の現在を尋ねると、更に驚きの回答が返ってきた。

 

 

「博士は今、私と一緒に暮らしてますわ。健在ですわよ。私がこちらに飛ぶ際に手を貸していただいたお返しに、転移符を渡しておりまして。『身に危険が迫ったら使ってほしい』と。私が王都に辿り着いてから一月程で博士もこちらに」

「そうか、よかった……」



 嬉しい知らせに口元が緩む。あの人とも、もう十年の付き合いだ。年は離れているが、帝都で暮らしていた頃は遅くまで飲み歩いたりした“悪友”だ。別れの言葉を交わしていなかったことが心残りであったが、元気なようで何より。今度はこの国の繁華街を――

 

 

「……隊長、夜遊びは感心しませんわよ」



 唇を片側だけ釣り上げて笑うアリアの眼は一切笑っていなかった。

 

 

 

 

 ――――

 

 

 

 

「そう、シルヴィーは勇者を目指してるの」

「あぁ! ラーベとレインと共に魔王を封じるのだ!」



 あれから二、三小言を呈したアリアは私達と談笑していた。敵意がないことがわかったのか、シルヴィアはアリアに懐き、アリアもまたシルヴィアの頭を撫でたりと仲を深めていた。丘亀討伐の件を領主に報告する必要があるそうで、私達と共にランド所長も王都に行くことになった。


 

「その、アリアさん……。ランドさんやアリアさんまで転送するのはちょっと……」



 アリアを上目遣いで見るエリザは、呟くようにそう言った。彼女の転送では私達パーティー三人を連れて行くのがやっとだという。その様子を目を細めながらアリアが答える。

 

 

「あら、大丈夫よ。私が連れて行くから。この人数ぐらいなら問題ないわ」

「いや、でも……仕事を請けたのは私なので……」

「なぁに、エリザ? 文句が?」



 アリアの声に顔を大きく左右に振るエリザ。彼女は助けを求めるように私を見やる。

 

 

「……エリザも連れて行くのか?」

「彼女が拒否しなければ。その方が彼女も楽でしょうし。ササッと王都に行って宿でも取りましょう。積もる話は山程ありますしね」

「王都か! 美味いものがたくさんあるんだよな!!」

「そうよ、シルヴィー! レニーが言っていた煮込み料理でも突きましょう。さ、そうと決まればチャチャッと行きましょうか!」



 めいめいテーブルから立ち上がると若草亭を後にする。私は若草亭のウェイトレスに会計を頼むと、既に精算は終わっているという。訝しげに彼女を見ると、どうやらトイレに立ったアリアが先に済ませていたそうだ。お心付けまで頂いて……と恐縮する彼女に笑いかけて私も若草亭の外に出る。丁度いいタイミングでテディが戻ってきたので彼に預けていたリュックを受け取る。空間術式を組み込んだこのリュックは内容物を指定箇所に転送することが可能だ。テディがこのリュックに入れた食糧は、その都度塔のスヴェア女史のもとに届けられている。

 

 

「ラーベさん、これで本当に行っちまうんですね」

「……今生の別れじゃないさ。生きてりゃそのうち何処かで会える。元気でな!」



 テディの背中をニ、三度叩くと、走り回って疲れ切っていた彼は前のめりに体勢を崩した。その姿に笑いながら手を振ると、テディも、若草亭の入り口に屯していた連中も大きく手を振った。

 

 

 

 

 ――――

 

 

 

 

「それじゃ、皆、手を繋いで輪になって」



 街の北門から外に出た我々アリア他五名は、言われた通りに手を繋ぎ小さな輪を作った。……転送術式を展開して移動するのに、こんな儀式めいた行為が必要だったか? 不審に思っているのは私だけだが、アリアは目敏く私の表情を見抜いて答える。

 

 

「別に、こんなことは不必要ですが……この方が、雰囲気出るでしょう?」


 

 彼女の答えに薄く笑うと、アリアは私達の輪の中心を指差す。地面に転送術式が浮かび上がると、私の両手が強く握られた。シルヴィアはキラキラとした目で術式を眺め、レインは不安げに私を見ていた。強く握られた左右の手が軋む。片方は期待に、もう片方は不安に。私は二人に笑いかけ、落ち着くように諭す。雰囲気作りをしているが、基本的にアリアの術式は私と同じく行動支援装置に備えられた術式を展開しているだけだ。普段この街と白狐の里を往復しているのと同じ転送だとレインに耳打つと、少しだけ握られた手の力が緩む。普段から転送を!? と驚き声を上げたエリザは、アリアの鋭い目線を受けて押し黙った。ランド所長は泰然として空を眺めている。

 

 

「……転送後に、ゲロぶち撒けたら済まねぇな。先に謝っとく」



 ……どうやらランド所長は転送酔いするらしい。現実逃避をしているだけだったようだ。

 

 

「それじゃ、行きますか。発動用意……」

「まっ! 待ってく――」

「お腹をお括りになって! 発動ッ!」



 この期に及んで尻込みをするランド所長を一喝し、アリアは転送術式を展開した。視界が一瞬で変化し、衝撃も浮遊感も一切感じず私達は高く聳える城壁の傍に転送された。

 

 

「おぉ……! こ、これはもしや……!?」

「えぇ、王都最外周の大城壁よ。……ようこそ、王都へ!!」



 目を開いたシルヴィアが、目の前に広がる城壁に興奮しながらその場に飛び跳ねる。レインも感慨深げに城壁を眺め、黙ったまま頷いている。ランド所長は……その場に座り込んでいた。

 

 

「お、終わったのか……!?」

「なんて顔してるんですか……大丈夫ですか?」



 私が手を差し出すと、ランド所長はその手を掴んで立ち上がった。覚束ない足取りに不安を抱くが、レインやエリザと会話をしているところを見ると精神は落ち着いているようだった。

 

 

 しかし、辺境の田舎で大人しく暮らしていこうと思っていた私が、こうして王都に来るとはな。しかも辺境伯との面会まで……複雑な心境だ。もう私を追う者はいなくなったとはいえ、急激な環境の変化に不安がよぎる。そんな私の心情を察知したのか、アリアが私の傍にやってきて私の右腕を抱える。

 

 

「大丈夫ですわ、隊長。いや、……ラーベ様。地獄の底までご一緒しますわ」

「……地獄に行くつもりは無いんだがな」


 

 アリアの励ましに照れを隠して鼻の頭を掻くと、関所に足を向けるランド所長の背を追うように私達も王都の入り口に向かうのだった。

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