17 円卓会議で明かされる真実
「改めまして、アリア・ユンカースよ。そちらのお二人は始めましてよね? 自己紹介してくれると嬉しいわ」
ドライフルーツと茶葉を乳で煮出した飲み物が置かれたテーブルに組んだ手を置き、アリアはシルヴィアとレインの顔を交互に見ながらそう言った。シルヴィアとレインはお互いに顔を見合わせた後、恐る恐るといった口調でそれに答える。
「我の名はシルヴィア。白狐の里の最強で、ラーベの相棒だ」
「私はレイン。同じく、ラーベ殿の相棒、です」
「……ラーベ?」
二人の言葉を聞いたアリアは小首を傾げながら私を見る。“ラーベ”は、私がこの国に逃れてきた際に名乗った偽名だと答えると、彼女はくつくつと笑いだした。
「そう、そうですか……! 航空隊のこと、お忘れではなかったんですね」
「あぁ、良い名が思い浮かばなかったからな。“夜烏”から拝借させてもらった」
満足気に頷くアリアを見て、シルヴィアとレインは警戒心を緩めたようだ。テーブルに置かれたドライフルーツに手を伸ばして口に運んだ彼女達の頬が緩む。このドライフルーツはアリアが持ってきたものだ。若草亭に甘味は無いと聞いた彼女が空間術式を展開して取り出したのだ。赤、黄、緑……色とりどりのそれを手にしたシルヴィアとレインは、まるで初めて宝石を見る少女のように眼を輝かせ、それを眺めるアリアが微笑みながら頷くと、おずおずとドライフルーツを手に取ったのだった。エリザはその様子を見ながらも微動だにしない。
「……食べたわね?」
低く、静かにアリアが呟く。ピクリと肩を震わせたシルヴィアとレインがゆっくりとアリアに眼を向けると、彼女は微笑みを絶やさずにこう言った。
「食べた分、私に協力してくれるわよね?」
その顔は穏やかな笑みを浮かべているが、声色は背筋がゾクリとするほど冷めきっている。怯える二人から矛先をずらそうと、私はアリアに話し掛ける。
「……アリア、まずは君の事を聞かせてくれないか? 一体何故ここに? 誰の命で?」
「何故……? 何故ですって……?」
右目を大きく開いた彼女は、数瞬の後大きく笑いだした。その姿に場の全員が押し黙る。一頻り笑った彼女は表情を消して私に答えた。
「隊長が言ったんじゃありませんか。『残りの人生、好きなように生きろ』と。だから私はここに来たんですのよ。ただ、隊長のお側にいるために」
「……それだけの理由で?」
「十分な理由ですわ!!」
そう言ったアリアは勢いよく立ち上がる。倒れた椅子が大きな音を立てると、私以外の三人と、若草亭の出入り口で出歯亀していた連中の背が小さく跳ねた。小さく咳払いしたアリアは倒れた椅子を起こすと、再び席について澄まし顔をしている。私は落ち着いた様子の彼女に問い掛ける。
「俺を帝国に連れ戻す訳では――」
「ありませんわ。というかですね……帝国は、崩壊しましたわよ」
「何だってッ!?」
私の大声に、今度は乳茶を飲んでいたレインがむせた。謝りながらレインの背をさすり言葉の続きを促すと、アリアから帝国崩壊の詳細が語られる。
「まず、あの巫山戯た停戦協定を受け入れた理由ですが……皇帝の寝所にイリルの使者が来たそうですわ。『受諾しなければ皇帝とその家族を殺す』と。その翌日に議会を招集して停戦協定の締結を宣言したそうで……。『一介の軍人と皇帝の首は秤に掛けるまでもない』と。反対したのは軍務卿だけだったとか……。その軍務卿も、反対が原因で更迭されましたわ」
「……巫山戯た野郎共だな」
「えぇ。ですが、それ相応の“報い”は受けさせましたわ」
笑顔を絶やさないアリアは言葉を続ける。
「……で、隊長が処刑された日から各地でデモが起こりましてね。処刑された隊長の肖像は、反皇帝の記号として“活用”されましたわ」
「だが、反皇帝なんか掲げたら……都警が黙ってないだろう?」
“都警”――帝都警備隊はその名の通り帝都の犯罪や騒擾を取り締まる組織であるが、一番力を注いでいたのが帝政を維持するために思想家や政治家を秘密裏に“処理”することであった。反皇帝なんて、口にしただけでも地下牢に押し込まれて拷問されるだろう。
「その都警すら呆れ返っていたんですよ、王都を包囲した状態で条件付停戦協定を結ぶなんて……。彼等も退職者が多く出たそうで、取り締まりはガタガタ。デモから暴動に発展して、仕舞いにはテロが頻発しましたわ。……まぁ、国民を扇動していたのもイリルの者でしたが。革命闘争が勃発し、皇帝は斬首に処されました。今のあの国はルクト共和国と名前を変えました。まぁ。イリルの傀儡ですが」
「イリルの工作員が暗躍していたのか……航空隊の連中は? 無事なのか?」
私が部下達の安否を尋ねると、アリアは空間術式を展開して紙の束を取り出し私に差し出した。どうやら手紙のようらしい。それに眼を通しながらアリアの話を聞く。
「夜烏は全員健在。隊長の処刑が行われたその日に全員除隊しましたわ。副長以下二十名は警備会社を設立。『今度は国の犬じゃなく、戦争の犬だな!』と笑っておられましたわ」
「……あの人らしいな。それ以外の連中は?」
「里に戻って家業を継ぐ、と。あぁそうだ、ヨハンとタチアナが結婚しました」
「おぉ! それは目出度い! 確かヨハンは網元の息子だったよな?」
かつての部下達の話を聞いているうちに笑顔になっていたことに気がついた。思い出にするにはまだ時間が経っていないが、それでも積もる話は山程ある。アリアを促して更に話を聞いていると、彼女は思い出したように酒瓶を取り出した。見覚えのあるその茶色の瓶には、白いペンで『ユル坊&メンちゃん』と書いてあった。それを見た私は言葉を失う。
「『ナイトキャット』のメレーヌちゃんが言ってましたわよ。『お兄さんたちがいなくなったら寂しくなっちゃうな。でも、また来てね!』だそうです。どうするんです? また、行くんですか?」
先程まで笑顔を浮かべていたはずのアリアの表情は、まるで彫刻のように色が無くなっていた。
――――
「そこの貴方、ちょっと」
ぐりん、と首を出入り口に傾けたアリアは、一番前で覗き見ていた少年を呼び付けた。指名された彼はキョロキョロと周囲を見渡していたが、周りの出歯亀共に背中を押されてたたらを踏みながら私達の下にやってきた。
「私の名前はアリア。貴方のお名前は?」
「お、俺の名はテディ! あの『デビルバスターズ』のテディだ!」
「……どのデビルバスターズかは知らないけど、ちょっとお使い、頼まれてくれるかしら?」
柔らかく微笑むアリアに、テディの眼は釘付けだ。彼は黙ったまま何度も頭を強く上下させる。どうやらお使いに行くことを承諾しているようだ。アリアはテディの手を出させると、その手に銀貨を一枚乗せてお使いを指示する。
「この街の冒険者ギルドの責任者を呼んでくれるかしら? あと、『魔眼のアリア』で捜索依頼を出しているんだけど、その依頼書も一緒に持ってきてほしいの。出来る?」
テディは銀貨を握りしめてコクコクと頷く。それを見たアリアは満足そうに微笑み、出来るだけ急いでね? と声を掛ける。テディは勢いよく振り返ると、若草亭の外に向かって駆け出していった。
「さて、私の今までの話は追々していくとして……隊長の今までのお話を聞かせてくださるかしら?」
「俺の今まで、か……。そうだな――」
話の途中で視界内に点滅信号を受信した。行動支援装置が何かを受信したようで、シルヴィアもレインも小さな驚き声を上げた。アリアと眼を合わせると、彼女は先程までの微笑みを消して無表情になっている。彼女も行動支援装置を持っていたら同じく信号を受信しているはず――無視する訳にもいかず、私がその信号を確認すると、視界内に相互通信画面が表示された。映し出されたのは、憔悴した塔の魔人、スヴェア女史だった。
≪大変よラーベ坊や! 大変なのよ!!≫
≪……こちらも大変なんだ。手短に頼む≫
塔の調査を行った際、眠りについていたスヴェア女史を目覚めさせてしまった。彼女は魔術の研究家で、新しい発見に飢えている。眠りから覚めたばかりの彼女は塔から離れられないため、旅をする私達が珍しいものを見かけたら彼女に連絡するように約束して通信転送術式を塔に刻んだのだった。そのスヴェア女史は術式を食い破らんばかりに顔を近づかせて窮状を訴える。
≪保存庫が! 保存庫が駄目になっちゃってるの! アンタ達が壁を壊したから! あぁもうっ、お野菜がドロドロに……≫
≪なんだ、食いもんが腐っただけではないか!≫
≪お黙り小娘ェッ!! どうしてくれるの!? これじゃあアタクシ、餓え死にしちゃう!!!≫
……眉間に皺が寄ってしまうな。親指で眉間の皺を揉んでいると、微笑んでいるアリアと目が合った。その微笑みが、逆に怖い。
≪……分かった。今から数日分の食糧を買って送るから、暫く待っててくれ≫
≪なるべく早くお願いね! あぁ、お野菜は色が濃い奴がいいわね。沢山よ!≫
「……隊長は、若い女性から、随分と、おモテに、なられますわね」
「成り行きさ。それに、今の女性は言う程若くないぞ?」
「年は、今、関係、ありませんから。……そう言えばエリザ。どうして、貴女が、ここに、いるのかしら?」
笑顔のまま青筋を立てるアリアから水を向けられたエリザは小さな悲鳴を上げた後、辺境伯からの依頼で私を王都に連れて行く旨をアリアに伝えた。私達と話す時の快活さは鳴りを潜め、たどたどしい口調で告げる彼女はどうやら“狂犬”に怯えているらしい。
「おっ! お待たせしましたぁっ!!」
若草亭に駆け込んだテディは息も絶え絶えにそう言うと、入り口付近に座り込んだ。彼に続けて入り口の扉をくぐったのはランド所長だった。その手には丸めた羊皮紙が握られている。ランド所長を見たアリアは唇を釣り上げながら椅子を勧めた。私はテディに金貨を一枚渡して食料品を買い込んでリュックに詰めるように指示すると、アリアの手が左目の眼帯に伸びないように注意して事を見守るのだった。
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