16 襲来
『情け無用ッ! 発射ァー--ッッッ!!!』
私の射撃号令により主砲と副砲が火を吹いた。野獣の咆哮、或いは甲虫の羽音――低い唸り声のような連続発砲音が大地に響き、私は頭蓋の芯の震えに酔う。
主砲は照準通りに巨大な丘亀の中央を捉え、副砲から発射された魔弾は光跡を描き、四条の光跡は舐めるように周囲の子亀共を襲う。着弾と同時に土煙が上がり視界を遮り、破裂した魔弾は魔素に還り捜索術式画面を曇らせた。
『――観測球、攻撃効果の判定を行え』
観測球を着弾点付近に飛行させ、追加攻撃の要否を確認する。観測球から送信される映像情報を確認すると、巨大な丘亀はその甲羅の中心から真っ二つに吹き飛んでおり、子亀共は原型を留めぬ状態になっていた。比較的形の残っていた一匹の足が僅かに動いたが、観測球を静止させて連続観測を行うと、それは死後の痙攣であることが分かった。
「――攻撃効果、有効。再攻撃の要なし。対地戦闘用具納め。合戦準備用具納め」
攻撃を終止し、展開している砲撃術式を解除しながらランド所長の元に向かう。街の北門に接近すると、門の付近には衛兵と冒険者の混成防衛隊が各々の武器を高く掲げて私を迎えた。私がその上空を一旋回すると、大きな勝鬨が上がった。私はランド所長の前方に着陸すると、シルヴィアとレイン、エリザを呼び寄せる。
「兄ちゃん、いや……ラーベよ。凄ェ……。凄ェじゃねぇか! よくぞ、よくぞあの糞亀共を蹴散らしてくれたッ!!」
感動のあまりか、私に駆け寄ったランド所長は私に駆け寄った勢いそのままに全力で私を抱き締めて背中を力一杯叩く。
「ちょっ……しょ、所長……! 苦しいっ!」
「あぁ、スマンな! でも、今日ぐらい、こんな時ぐらいいいじゃねぇか! ……野郎共ッ!! こいつが、“草刈りのラーベ”が、この街の救世主だッ!!!」
もう一度きつく私を抱き締めたランド所長が私から離れて防衛隊に大声で叫ぶ。すると彼等はそれに答えるように一際大きな勝鬨を上げた。ラーベ万歳! 草刈り万歳! の声も大きく叫ばれ、それを聞いた私達は頬を少しだけ緩めた。
「ランド所長、勝利に美酒に酔いたいところですが……さっき言った通り。俺達はこの街を離れます」
「……このまま、街に残るって選択肢はねぇのか?」
ランド所長は顔を曇らせながら私に問うた。私は微笑みながら顔を左右に振る。慰留は困難だと判断したのだろう。ランド所長は渋い顔をしながら私の肩を抱き、無言で私の胸を叩いた。その眼には励ましの色が浮かんでいた。……名残惜しいが時間が無い。私はエリザに転移を指示しながら別れの言葉を口にした。
「ランド所長……色々ありましたけど、この街で過ごした日々は、なんだかんだ楽しかったですよ」
「……人生、サヨナラばかりだなぁ。寂しくなるが……元気でな!」
「ラーベさんっ! あ、ありがとうございましたぁっ!!」
「兄貴ィッ! また、帰ってきてくれよなぁーーーッ!!!」
防衛隊の人垣をかき分けてテディとビリネルが私に叫び、私はそれに応えて両手を上げて大きく手を振った。
「……エリザ、準備はいいか?」
「えぇ、何時でも」
エリザは小さく頷いた。私を再度防衛隊に向き直り、大きく手を振って別れを告げる。
「それじゃっ! みんな、元気で――」
どんっ。
背中に、衝撃。
野生の勘が鋭いシルヴィアも、警戒心の高いレインも、そして私も、誰も気が付かなかった。
無防備だった私は背中からの衝撃に堪えきれずにたたらを踏む。胸元に眼を向けると、まるで枯れ木のような腕が巻き付いていた。背中には硬いものを押し付けられている。ランド所長の抱擁よりも強い拘束に苦悶の声が漏れる。
肩越しに背中を振り向くと、脂でべったりとした金髪の頭部が目に入る。私が振り向いていることがわかったのだろうか、背中に押し付けていた顔を上げたその女は、両穴から鼻血を流しながら落ち窪み澱んだ眼を合わせると、痩せこけて歪になった笑顔を私に向けた。
『隊長……っ! 嗚呼、隊長……っ!! ようやく捉えたわ。今度は地獄の底まで一緒――』
――――
若草亭の円卓で、私に向かい合うように座ったアリアは私から一瞬も眼を逸らさずに食事を取り続けている。一瞬も、である。手元の皿が空になれば静かに手を挙げウェイトレスに追加の料理を注文する。それを何度も繰り返している。私から、眼を逸らさずに。
円卓にはラーベ一家の三人とエリザ、そしてアリアが座り、ただ一言エリザが「狂犬……」と呟いた以外には誰も声を発さなかった。この異様な光景を、若草亭の入り口から防衛隊の面々が興味深そうに出歯亀していた。私が咳払いすると出歯亀共は蜘蛛の子を散らすように退散していった。
「失礼。ちょっとトイレに」
空になった皿を下げられたアリアの腹からは獣の唸り声のような音が上がっている。先程まではお花を摘みに――や、自然が呼んでますので――とぼかしていたが、四度目ともなると隠すことが面倒になったのか、それともレパートリーが尽きたのかハッキリと行き先を告げて告げて便所に向かった。
「な、なぁラーベ。あの小娘、ちょっとヤバくないか……?」
「……あんまり人のこと悪く言いたくないけど、ちょっと危険な感じがするよね」
アリアの不気味な雰囲気に震えるシルヴィアとレイン。私は溜息を吐きながらそれに答える。因みに、エリザは青い顔をして俯いたままだ。
「彼女の名はアリア・ユンカース。俺と同じ国の生まれだ。俺が東部に来るまでの十年間、一緒に暮らしてた」
「一緒に……!? そ、それは、伴侶としてかっ!?」
私の答えにシルヴィアが素っ頓狂な声を上げる。レインは口を大きく開けて驚いていた。
「いや……後見人としてだ。彼女は元々“実験体”だったんだ。俺はその実験を止めさせて、彼女を引き取った」
「そ、そう……。あんな、シルヴィアちゃんと同じくらいの女の子をお嫁さんにしてたのかと……」
レインが安堵の声を漏らす。シルヴィアは女の子扱いされたことに目尻を上げたが反論することはなかった。
「あとな、アリアはああ見えて二十歳だぞ。……いや、夏を迎えたから二十一か。それと、アリアは俺と同じ位の戦闘能力があるから、下手に刺激するなよ」
「ラーベ殿と同じくらいって……!?」
「飛行術式も砲撃術式も使える。俺の部下だったんだ」
「……それで“狂犬”は飛竜を落としたりしてたんだねぇ」
エリザが物騒な事を口にしたので詳しく問うと、アリアは冒険者に登録した直後から取り憑かれたように魔獣討伐ばかりをしていたそうだ。特に、王都に飛来した巨大な飛竜を事も無げに撃墜し、その首を掴みながら冒険者ギルドまで歩いて移動したその異様な姿が“狂犬”の名を上げるきっかけとなり、一月で金板冒険者に昇格した。
「アリアは実験の後遺症で感情の制御が効かない面があるんだ。十年の間に少しはマシになったが……」
「善悪の判断が、出来ないの?」
不安そうな表情のレインに私は少し表情を曇らせて答える。
「いや、それは完璧に出来るんだ。その上で、アリアは容赦をしない。敵と識別した場合、アリアは――」
「隊長、噂話は感心しませんわよ」
背後から、声。ゆっくりと振り向くと、いたずらっぽく笑うアリアと目が合った。その眼は再開した時とは違って理性的な光を宿していた。
「“回復”も終わりましたし……このお店はデザートってあるのかしら? チーズスフレが食べたいわね、隊長のお好きな。お茶をしながら“お話”しましょ? ねぇ、隊長」
アリアは席について食後のお茶と甘味を注文し、じっくりと我々の顔を眺める。……長い昼になりそうだ。
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