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15 魔獣、襲撃。

「諸君、衛兵諸君、冒険者諸君、勇敢なる諸君!!! ついにこの日が、この瞬間がやってきたのだ!!!」

 

 

 冒険者ギルドに併設された倉庫に設置された演説台に上がったランド所長は声高らかに宣言する。演説台の脇にはこの街の代官だろうか、初老の男性が控えている。鐘の音に集められた者はざっと見て四十名ほど。その半数はこの街の衛兵だ。その中には少年冒険団のテディ達や私の“舎弟”であるビリネル一味の姿もある。この場にいる冒険者達は、一言も発さずじっとランド所長に眼を向けている。

 

 

「五年前、奴等の襲撃を受けた時、我々は大きな犠牲を強いられた! 多くの者が未来を失った! その悲しみを、怒りに変えろ!!!」



 巨大な戦戈を高く掲げて大声で叫ぶランド所長に合わせて、集められた者達が雄叫びを上げる。その声は倉庫の壁を震わせて街の中に響いた。



「我々は……我々はっ! 必ず勝たねばならんのだ!!!」



 一際大きな声でランド所長が宣言すると、集まった私達を率いて街の北門に移動を開始した。その道中テディ達に近づくと、未だに状況が飲み込めていない私は彼等に問い掛ける。

 

 

「テディ、一体何が起こっているんだ?」

「何がって……! いいっすか、ラーベさん。“丘亀”が攻めて来てるんですよ!」

「「「……おかがめ……?」」」



 歩きながらその丘亀について確認すると、実はテディ達もよく知らないという。少ない情報を整理すると、巨大な陸亀がこの街の外壁を破壊して人々を蹂躙したのが五年前。その際に金板冒険者を含む大勢が亡くなったらしい。ランド所長もその時に大怪我を負って冒険者を引退したと言っていたな……。

 

 

「なぁテディよ、魔獣ってのはなんなのだ?」

「シルヴィアちゃん、そこからっ!?」



 シルヴィアの質問に素っ頓狂な声を上げるテディ。呆れ顔をしながらも、彼は概略を説明してくれた。曰く、普通の獣と違って知恵があり、ある程度の年数を生きた魔獣は人との意思疎通も図れるという。魔獣の体内には魔素を取り込んだ結晶があり、魔道具の動力源として高値で取引されるそうだ。魔獣の説明を受けた私はシルヴィアを見つめる。彼女も白狐の里の“魔獣”だ。謂わば同族のようなものに向かって刃を向けることに抵抗は無いのだろうか。そう思って彼女に問えば、返ってきた言葉は意外なものだった。

 

 

「ラーベは熊や猪を狩る時に躊躇するか? 狐と亀、全く違う生き物だ。仲間ではないぞ。牙を剥くなら切り返すまでよ!」



 自信満々の顔つきでそう言うシルヴィアは、そういえば亀に牙はあるのか? とこの場の雰囲気に似合わぬ疑問を投げかけた。

 

 

 

 

 ――――

 

 

 

 

「ラーベっ! こっちに来いっ!」



 北門に到着したランド所長は大声で私を呼ぶ。私達は彼の下に辿り着くと、集結した“防衛隊”からやや離れた所で彼と言葉を交わした。

 

 

「さっきはああ言ったがな……正直、今の面子じゃあ丘亀を撃退するのは不可能だ。奴等を足止めして住民を南に逃がすのが精一杯だ」

「それで……俺達に何をしろと?」



 私の問にランド所長は蓄えた顎髭を撫でる。その眼は私を真っ直ぐに見抜いており、まるで隠し事をする子供を問い詰める教師のようだった。

 

 

「なぁ兄ちゃん、前に俺が言った言葉……覚えてるか?」

「『頼りにさせてもらう』でしたっけ。……それが今だと?」

「ああ。……辺境も辺境のこの街に流れてくる奴なんかは、脛に傷を持つ者が大半だ。だから俺は兄ちゃんの過去について、詮索したりしねぇ。だがな、兄ちゃんに“実力”があるんなら……それを隠さねぇで出し切ってくれねぇか?」



 頼む、この通りだ――と頭を下げようとするランド所長の肩を押し戻して私は彼の“願い”に答える。

 

 

「駄目です、ランド所長。兵が見ている。あなたが今頭を下げちゃあ、彼等が戸惑う」

「では……?」

「命じてくれ。“丘亀を殺せ”と」



 私がそう言うと、彼は呵々と笑いだした。一頻り笑った彼は顔を引き締めて私に命じる。

 

 

「分かった。……“草刈りのラーベ”よっ!丘亀を、憎いヤツラを、薙ぎ払えェッ!!!」



 私はその言葉に敬礼で答える。北の地に眼を向けると、広がる草原の向こうに僅かに砂埃が舞っているのが目に入った。あの中心に丘亀がいる。……この街は冒険者としての私が過ごした初めての街だ。一悶着も二悶着もあったが、今では住み慣れた“良い街”だ。……そろそろ潮時かもしれんな。私は上空の浮遊アレイを見つめてランド所長に話し掛ける。

 

 

「あなたの見立て通り、私はお尋ね者でしてね。この街に流れ着いたんですが……それもここまでです。丘亀を倒したら、私達はこの街を離れます」

「……そうか。若い奴らの見本になってくれりゃあよかったんだが」

「買い被り過ぎですよ。それで、一つお願いが」

「丘亀を倒してくれるんなら、何だって聞いてやるさ」

「もし私を探して誰かがやって来たら、こう言ってください。『ラーベは丘亀に踏み潰されて死体も残らなかった』と」

「……分かった。約束しよう」



 彼の答えを聞いた私はレインとシルヴィア、そしてエリザにそれぞれ指示を出す。シルヴィアは私と共に丘亀に接近して意思の疎通が可能か確認し、可能であれば戦闘を回避する。レインはランド所長の傍に待機させ、私とレインが実施する丘亀との“交信”を中継させる。エリザは丘亀の撃退に失敗した場合に住民を南に転移させる。

 

 

「でも、大丈夫なの……? あれ、監視装置、みたいなものなんだよね?」



 空を見上げながらレインは心配そうな声を出す。私は彼女の頭を撫でながら答えた。

 

 

「駄目だな。まず間違いなく探知される。だからな、囮を使うんだ」

「囮……? それで誤魔化せるの?」

「今、浮遊アレイは俺の位置極限のために密集している。その中心に空中撹乱弾を撃ち込む。そうすれば、探知はされるが正確な位置情報は得られない……はずだ」

「はず、って……!」



 尚も不安げな表情のレインの頬を引っ張りながら説明を続ける。

 

 

「正確性を失ったところで飛行デコイを四方向に飛ばす。浮遊アレイがそれを追っているうちに、俺達はエリザの転移で隣町に逃げる。この浮遊アレイはな、正確な位置を極限するのに時間がかかるんだ。誰が操っているかは分からんが……俺達が逃げるだけの猶予はあるはずだ」

「……分かった。でもラーベ殿、無理はしないでね」



 顔色を曇らせながら彼女はエリザと共にランド所長の下に駆けていった。ここからは時間が勝負だ。私は魔爪の装着具合を確認しているシルヴィアを背負うと、撹乱弾を撃ち上げてから飛行術式を展開して丘亀に向かって飛び立った。

  

 

 

 

 ――――

 

 

 

 

「ラーベっ! あれっ!」

「あぁ……“丘亀”か、確かにデカいな……」



 眼下に広がる砂煙の中にそれはいた。丘亀の名の通り、巨大な甲羅の亀が真っ直ぐ街に向かって歩いている。その周囲には小柄な亀が二十匹以上群れを成している。……小柄と言っても成人男性程の大きさであるが。

 

 

「じゃあシルヴィア、手筈通りに」

「おぅっ! 任せろ!」



 丘亀の上空を旋回しながらシルヴィアに指示する。彼女と初めて会った時は念話で意思の疎通を図った。白狐だった彼女と、人間の私が、である。もしかしたら人間以外でもそれが出来るかもしれない。その可能性に賭けて、シルヴィアを連れてきたのだ。

 

 

≪お~い! そこの亀よぉ~~~!!!≫

≪……な~にぃ~? ニンゲンが、飛んでるぅ~? 何か用ぉ~?≫



 思った通りだ! シルヴィアは魔獣との念話が出来る! シルヴィアと念話を交わした私にも出来るだろうか……? 試しに丘亀に話しかけてみたが、予想通り私も実施することができた。私は戦術通信を展開、街の北門で待機するレインと接続する。これで私と丘亀の念話がリアルタイムでランド所長にも届けられる。

 

 

≪……俺はラーベ。南の街の冒険者だ≫

≪冒険者ぁ~? 何しにきたのぉ~?≫



 間延びした低い声が頭に響く。私は丘亀に即刻引き返すように言葉を送るも、その答えは素気ないものだった。

 

 

≪この先には街がある。……警告する。今すぐ来た道を戻れ! 繰り返す、今すぐ来た道を戻れっ!!≫

≪……なんで戻らなくちゃいけないのぉ~? 食べ物がないと、子供達も飢え死にしちゃうしぃ~≫

≪それなら山の獣を狩ればよいだろう! オカガメよっ!≫

≪アンタ、なんか変な感じぃ~。……なぁに、もしかして、ニンゲンのフリしてるぅ?≫ 

≪フリではないっ! 我は、人間になったのだ!!≫

≪あっはっはぁっ!!! 態々ニンゲンにぃ? おっかしぃ~い!!!≫



 シルヴィアを嘲る丘亀に歩みを止めないその理由を尋ねると、頭に血が登っていく音が聞こえた気がした。

 

 

≪だってぇ、ニンゲンが一番、“面白い”んだもぉん! ……知ってるぅ? ニンゲンって、弱いくせに逃げないのよぉ~? 叫び声上げながら小突いてくるんだけど、プチって! プチぃって!!! 子供達にもぉ、教えて上げないとぉ。最高に楽しいってぇ!!!≫

≪きっ、貴様ァッ!!!≫



 激高するシルヴィアを抑えて、私は丘亀に再度念話を送る。

 

 

≪……最終警告、最終警告。速やかに右転せよ。繰り返す、速やかに右転せよ。さもなくば攻撃を加える。繰り返す、さもなくば――≫

 

 

 私の念話を遮るように、丘亀は低い哮りを上げた。……これ以上の念話は無意味だ。私はシルヴィアをレインの付近に転移させると低く、冷静に呟いた。

 

 

 

 

『――合戦準備』

 

 

 

 

 私の声に呼応して行動支援装置が私の装備を展開する。黒一色の戦闘服装に、白銀の面覆い。私の頭上には二つの大型帯状術式回路と四つの小型帯状術式回路がそれぞれ円環を作り、丘亀に指向する。視界に表示された戦術情報画面を確認する。……問題なし。戦闘可能。人間を舐めたこの“厄災”を追い払わねばならない。私は丘亀との距離を開きながら戦闘号令を唱える。

 

 

 

 

『対地戦闘用意ッ! 主砲副砲割当、主追尾指定、逐次照準逐次発射ッ!』

 

 

 

 

 これから始まるのは、一方的な蹂躙。一方的な虐殺。眼下の丘亀を睥睨し、射界制限を確認。距離を開いて危険界を脱した私は最終号令を下令した。

 

 

 

 

『情け無用ッ! 発射ァー--ッッッ!!!』

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