13 夜烏の眼に、草刈りが気付く。
塔の魔女“スヴェア・ジェルマン”との邂逅から三日間、私達は互いに知り得ている情報を交換した。スヴェア女史からは大陸東部の歴史、魔術体系、魔族についてを、私達からはスヴェア女史が休眠していた間の国家間の動静、最近の魔族の動向について、そして私からは大陸西部の情報についてを。私は大陸東部に逃れ着いてまだ一月と少し、シルヴィアは人型になって日が浅いということもあり、最近の動向についての話をしていたのは殆どがレインだったが。
元々が研究家肌ということもあってかスヴェア女史の食い付きは激しく、初日は殆ど眠れなかった。貴様は何十年も寝てたから眠くないだろうが、我はもう眠いのだ! こんな所にいられるか! と眠気から不機嫌を全面に押し出したシルヴィアと、シルヴィアのオサと因縁のあるスヴェア女史の間にひりつく空気が流れもしたが、輪番で睡眠をとる『スヴェア女史対応特別直』を組んでからは円滑に情報交換を行うことが出来た。私はこの塔やスヴェア女史に関する情報を逐次書き留め、最終的に分厚い調査報告書が完成した。金貨二枚分とは思えない量に溜息が漏れる。
「しかしいいのか? 休眠に関する情報なんかをこんなにあっさり教えて……」
何時の世、何処の世界においても“不老不死”は権力者の求めて止まないものだろうに、渋る様子もなく滔々と休眠法について語ったスヴェア女史に確認すると、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべて事も無げに語る。
「大丈夫よ。この塔を模倣しただけじゃ何も起こらないから。星の位置、地脈の流れ、その他諸々の条件……。それらに合わせて緻密に計算設計しなきゃ、休眠は出来ないわ」
「わかった。では、これはこのまま修正せずに辺境伯に報告させてもらう」
それから私達はスヴェア女史との通信法を確認すると、調査報告書を手にギルドに向かった。行きは馬車で一日、帰りは転送で一瞬だ。西門から街に入りギルドに直行。髭面のランド所長が丁度倉庫にいたので調査報告書を提出すると、彼は髭面を険しいものにしながら報告書を捲る。一通り確認が終わった彼は、嘆息しながら依頼完了の書類を私達に渡した。
「……適当に調べてくるもんだと思ってたが、こりゃあ……世紀の大発見だぞ! 俄には信じられんな……」
「なにをっ! メチャクチャ大変だったのだぞっ! あのババァは夜中まで煩いし!」
「シルヴィアちゃん、スヴェアさんはバ……お婆さんじゃ、な、ない、よね……?」
「……まぁ、見た目は俺と同じぐらいだな。実年齢はよくわからなかったが。シルヴィア、あんまり人をジジババ言うなよ?」
訝しむ眼を送るランド所長の言葉に対してシルヴィアが噛み付く。シルヴィアのババァ発言を窘めようとしたレインだったが、自信がないのか尻すぼみに声を落とす彼女に代わって私がシルヴィアに小言を挟む。シルヴィアは口を尖らせてそっぽを向いてしまった。そんな私達の様子を見ていたランド所長は依頼完了の書類を記入しながら私達に告げる。
「……まぁ、兄ちゃん達が適当な仕事なんかしねぇってのは分かってる。これは確実、迅速に、辺境伯様に送り届けさせよう」
記入の終わった書類を受け取り受付に移動し、私達は鉄板冒険者に昇格してから初めての報酬を受け取ったのだった。
――――
「はい、お待たせしました! こちらが今回の報酬と銅板登録証です! レインさんは鉄板に昇格ですね。おめでとうございます!」
塔の調査から一週間、私達は地道に仕事をこなして銅板冒険者に昇格した。木板の時から続けている薬草採集をはじめとしてコボルト討伐や下水道のねずみ駆除を並行して実施し、異例の速度で昇格を果たした。銅板冒険者までは仕事の成功回数で昇格する。この仕組みを効率的に利用し昇格したのはレインの助言によるところが大きい。彼女の冒険者としての経験から、最も効率的に昇格するためのルーティーンを組むことが出来たのだ。
銅板登録証を手に小躍りするシルヴィアを横目に、私は受付嬢のヘレナと塔の調査結果に関する進展具合を確認する。
「あぁそうだ! あの報告書について、辺境伯様が直々にお話したいそうですよ! 態々王都の“移動持ち”と交渉してるそうで、二、三日中には迎えが来るそうです!」
「なにっ!? 辺境伯に会えるのか!?」
「そうよシルヴィアちゃん。やったわね! もしかすると、謁見の場で勇者にしてもらえるかもしれないわよ!」
浮かれるシルヴィアとヘレナを余所に、レインは口元を僅かに歪めている。勇者としての彼女は辛い思いしかしていなかった。私は自らの肩を抱く彼女の背を撫でて声を掛ける。
「辺境伯がろくでもない事を言うようだったら、ぶっ飛ばして一緒に逃げよう。……大丈夫だ、俺が付いてる」
私の言葉に薄く笑みを浮かべるレイン。肩の震えも止まったようだ。小躍りするシルヴィアを落ち着かせると、私達は昇格祝いに若草亭に足を運んだ。
――――
昼食時を少し過ぎた若草亭には、私達“草刈り一家”の他に少年冒険団の三人と、ビリネル一味の三人。ギルドで私達の昇格を知った彼等は昇格祝いについてきたのだ。少年冒険団のテディとビリネルは過去に一悶着あったこともありギクシャクした空気があったが、祝いの席ということもあって必要以上の接触は無かった。……そう言えば、ランド所長から若手の面倒を見てやってくれと言われていたな。馴れ合う必要は無いが、反目し合う必要もない。この場が彼等にとって良いものになれば――そう思い会話を回す私だったが、これは祝われる立場の者がやることではないなと独り口を歪める。因みに私は一滴も酒を口にしていない。収拾が付かなくなるからな!
「だからァッ! 魔獣襲撃を知らねぇ奴ぁ半人前っつってんだよ!」
「魔獣がなんだっ! 俺だって戦えるんだっ!!」
酒も入って気が大きくなっているビリネルとテディは大声で叫びあう。私は二人の額を軽く叩くと言い合いに割って入った。
「あんまりはしゃぐな、お二人さん。で、俺もその“魔獣襲撃”を知らないんだが……」
「あ、兄貴は別っすよ! ハチャメチャに強ぇし……」
「俺だって強、痛ぇっ!?」
話に乗っかろうとしたテディの頭をアロラが叩き、シーラが脇腹を抓る。言葉を遮られたテディが二人を睨むと、彼女達は眉間に皺を寄せて溜息を吐いた。
「魔獣襲撃って、五年くらい前に魔獣が塀を壊して雪崩込んだやつだよね? オーラフ公爵領でも話題になったよ」
「姉さんも知ってるんすか!? ってか姉さん、北の生まれなんすね!」
魔獣襲撃について口を挟んだレインにビリネルが答える。レインは今まで同年代の冒険者との交流が無くしどろもどろといった風に受け答えしていたが、しばらくすると自然と会話が弾み始める。……しかし、私が“兄貴”でレインが“姉さん”か。それではシルヴィアはどうなるんだろうな。そう思いシルヴィアに目をやると、彼女は大鎧を装着した戦士の右肩を撫でていた。彼の名はヴォルグ。ヴォルグは右腕を大きく回して問題無いことをアピールしている。ガクとシーラは同じ冥属性持ちということで情報交換に花を咲かせている。――なんだ、気を遣わなくても若者は若者同士でうまくやってるじゃないか。すぐに調子づくテディはパーティーメンバーが上手く操っているみたいだし、放って置いても問題無さそうだ。
若者同士の交流におっさんが口を挟むのも興醒めだろう。私はひっそり中座すると会計を済ませて若草亭から外に出る。大きく伸びをしながら外の空気を吸い込むと、夏空に浮かぶ入道雲が目に入る。仕事も順調、辺境伯がどう出るかは分からないが――第二の人生は大きな波乱もなく穏やかに過ごせそうだ。そう思っていると服の裾を小さく引かれる。気付かぬ間にシルヴィアが私の傍に来ていたようだ。二人で並んで空を眺めていると、シルヴィアが小さな声を上げた。珍しい鳥でも見つけたのか? 空を指差す彼女に声の理由を聞くと、背中に汗が流れた。
「なぁラーベ、あれ! ラーベの観測球みたいだな!」
眼を凝らすと、指差す先には、軍人時代に見慣れた物体。大陸東部には、存在しないはずの物体。哨戒網を構築する浮遊アレイが、等間隔に設置されていた。
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