12 塔の魔人とティーパーティー!
「坊や達……何者? アタクシに何の用かしら?」
塔の最上階、その中央に据えられたベッドの上で身を起こした麗人は、目を細めながら鋭い口調で私達に問う。いつの間にか彼女の左手には魔杖が握られており、一触即発の空気に唇が乾くのを感じる。私はゆっくりと両手を上げて敵意がないことを示しながら一歩前に進み出て彼女の問に答える。
「……我々は東の街の冒険者だ。この塔には、ギルドからの依頼で調査に来たんだが――」
「東の街? ……そう、街が出来たのね。テオドル坊やは頑張ったようね。それで? 一体何を調べに来たの?」
彼女は顔を伏せて昔を懐かしむような口調で独りごちると、再び目線を上げて私達を見据える。彼女が魔杖を握る手は力を緩める気配は無く、私は努めて冷静に、彼女を刺激しないよう説明を始める。
「私の名はラーベ。こちらはシルヴィアに、レイン。私の相棒だ。争うつもりは毛頭ない。私達は、この塔が建てられた理由や、塔に何があるのかを調査に来たんだ」
「……立て札が見えなかったのかしら? それとも、坊や達は文字が読めないのかしら?」
鼻を鳴らしながらそう言う彼女に食ってかかろうとするシルヴィアをレインが抑える。その様子を彼女は口元を釣り上げて眺めている。
「立て札? 何のことだ?」
「あら? 柵に掛けてあったでしょう? 『キケン!立ち入るべからず!』って」
彼女の答えに顔を見合わせる私達。この塔に至るまで、そんな柵や立て札などなかったのだが――私達の反応を不審に思ったのか、彼女は眉を潜めている。困惑しながら私達が森を抜けて来たこと、外堀に辿り着いた瞬間にレインが塔に転送されたこと、そしてレインを助け出して棟の最上部にやって来たことを伝えると、彼女は眼を丸くして驚嘆の声を上げた。
「え……!? も、森……!? ちょっと、今って何年かしら?」
「今はベイル五世の二十六年よ」
レインが答えると、彼女は指折り何かを数え始めた。彼女の問に答えていくとその表情が曇り、溜息を吐いて額を押さえる。そしてぽつりと、大誤算だわと呟いた。
――――
「まさかこの辺りが森になって、しかも五十年足らずで目覚めるなんて……計算が狂ったわ」
「その……まずは、貴女の名前と年齢を教えて頂きたいのだだだっ!!!」
「あら? レディーに年齢を尋ねるのかしら? それに、名前を尋ねる時はまず坊やから――いや、名前は聞いたわね」
我々は起き上がった彼女に誘われて階下のフロアにやって来た。そこはレインが囚われた空間や最上階と違って小部屋が設けられており、彼女の生活空間のようだった。私達は円卓に座して彼女の用意した茶を啜っている。扇情的な姿の彼女に鼻の下を伸ばしていたら、シルヴィアとレインに両脇を思い切り抓られた。痛い!レインは作業服の上衣を彼女に羽織らせて私を睨む。……仕方ないじゃないか。
「アタクシの名前はスヴェア・ジェルマン。大魔導師よ。年は……坊や達より長く生きてるわ」
「だ、大魔導師……?」
「えぇ。時の権力者に重用されることもあったわ。自慢じゃないけど、アタクシ、天才なのよ?」
「……その割には目覚める時を間違え――」
「だまらっしゃい!!!!」
自ら大魔導師を名乗る彼女にシルヴィアが突っ込みを入れると円卓を手のひらで強く叩いた。その衝撃にカップが揺れて茶が波を立てる。しかし、彼女の長い赤髪は何処かで見たような――そう思っているとレインが彼女に問い掛ける。
「スヴェア・ジェルマン……!? あの、先代勇者と共に魔王を封印した……!?」
「あら! あらら!! やっぱり天才の偉業は後世に伝わるものねぇ~! ささ! このクッキーもお食べなさいな!」
レインの言葉に気を良くしたスヴェア女史は、何処から取り出したのかクッキーの乗った皿を円卓に差し出す。その皿に手を伸ばしたシルヴィアの手を叩くと、スヴェア女子は言葉を続ける。
「小娘には何もないよっ! ……さて、アタクシが何故この塔を建てたのか、それを知りたいのよね?」
「あぁ。それと、何故貴女が眠りについていたのか。それも教えていただきたい」
「知りたい? 仕方ないわねぇ~!」
スヴェア女史は得意気に胸を逸らして満足そうに言う。逸らした胸元が強調されると、再び両脇を抓られた。だから仕方ないんだって!!!そんな私達の様子を面白そうに見ながらスヴェア女史は語り始めた。
「アタクシはね、休眠と覚醒を繰り返しながら魔術の研究をしているの」
「休眠と覚醒……? それがこの塔と関係が?」
「大アリよ。この塔はね、周囲の魔素を吸い上げるの。吸い上げた魔素を変換して術式と塔の維持に使うのよ。人間の身体でやってることを再現したら、こんなに大きくなっちゃった」
「それで、あの術式は一体何のために?」
「アタクシの休眠のために組んだのよ。眠りについた後、百年分の魔素を取り込んだら覚醒するようにしていたのだけれど……坊や達がヤンチャしたから予定より早く起きちゃった」
「ヤンチャって……私達は死にかけたんだよ?」
「そう! それなのよ。私がこの塔を建てた時はただの原っぱだったのだけれど……ちゃんと柵で囲って、注意書きまで建てておいたのに森になってるだなんて……吸収層に取り込まれたんでしょ? 大丈夫だった? というか、どうやって外に出たの? なんでアタクシのベッドまで来れたの?」
研究者としての性だろうか、彼女は疑問に思ったことを矢継ぎ早に口にした。私が彼女の質問に答えていくとその顔色は興奮して紅潮し、円卓から立ち上がって私に抱きついてきた。脇腹を抓られる! そう思っていたのだが、二人からのアクションは特になかった。彼女達もスヴェア女史の行動に困惑しているようだ。
「凄いわ! 砲撃術式!? 飛行術式!? 見たことも聞いたことも無い! ねぇ、もっと詳しく教えて頂戴な!」
「わかったわかった! 話すから落ち着いてくれ!」
「あら失礼。そうね、お嬢ちゃん達に悪いものね」
いたずらっぽく笑う彼女はシルヴィアとレインを交互に見ながら元の位置に戻る。彼女に私は大陸の西からやって来たこと、世界各地を旅する予定であること、そして、その間に魔王を倒しに行くと語ると、彼女の顔は険しいものになった。
「魔王を、ねぇ。アタクシと同じく、百年は目覚めないよう封印していたのだけれど。誰かが封印を解いたのかしら?」
「まだ完全には解けてないみたいだけど……魔王の力が漏れてるの。それで各地で魔獣が活発化しているそうよ。北の方では被害が大きいみたい」
「そう……じゃあ今度は完全に封じ込めなきゃ」
「封印するのはいいのだが……別に、魔王を倒してしまっても構わんのだろう?」
自信満々に言い放つシルヴィアを、スヴェア女史は無言で見つめる。居心地を悪くしたのか、シルヴィアはそそくさと私の背中に隠れた。
「小娘……アンタを見てると、休眠する前の知り合いを思い出すわ」
「……それはきっとオサなのだ。オサは勇者と魔王を封じたと言っておったぞ」
私の肩越しにシルヴィアは答える。睨みつけるような鋭い視線に身体を竦めたシルヴィアを私の膝に座らせると、いつもは威勢のいい彼女はまるで借りてきた猫のようにおとなしくなった。
「その髪、その眼……アンタ、ゴルトの親戚かしら?」
「……ゴルトは我等のオサで、我の母の父だ」
「そっちのお嬢ちゃんも?」
「いや、あの、私は……。多分、親戚だと、思う……」
「ハッキリしないわねぇ……。ま、いいわ。これも何かの因果ね。協力してあげる。この大魔導師様が『遠隔技術支援』してあげるわ!」
覚醒したばかりの彼女は暫くこの塔から動けないのだという。これが遠隔通話装置よ、と言いながら満面の笑みで背中に背負っても余りある大箱を持ってきた彼女には悪いが、こんな大仰な物を持ち歩くつもりはない。私はこのフロアを移動基点に登録すると、再び彼女は眼を丸くしながら私に抱きつくのだった。
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