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11 塔の魔人は蘇る

 塔に開けた大穴目掛けて私は低空飛行する。塔の周囲に掘られた三重の堀を超えて塔に近づくと、飛行術式が強制解除されそうになる。まるで高高度飛行をしているかのような虚脱感に耐えて大穴に飛び込むと、横たわる少女の姿を視界に捉えた。間違いない。レインだ! 横たわる彼女を抱き抱えると彼女の胸に手を当てて心拍を確認する。……よかった、生きてる!



「おいっ! レインっ!! しっかりしろ!!!」



 私の呼び掛けに薄目を開いたレインは、目から涙を流して私の首元に縋り付く。まるで幼子のように泣きじゃくる彼女の頭を撫でながら私も彼女を抱きしめた。ふと、周囲が暗くなるような感覚を覚えて私が飛び込んだ穴を見やると、まるで軟体生物が蠢くように穴が修復を始めていた。



「マズいっ! レイン、飛ぶぞっ!」

「えっ!? ええぇぇぇぇ〜〜〜!?!?!?」



 レインを横抱きにした私は飛行術式を展開しようとするも、通常の三割程度の出力しか確保できない。床面の術式回路が魔力操作を阻害しているようだ。



「充填装置起動! 自動充填開始ッ!!!」



 私は戦闘服の付属装置である魔力充填装置を起動する。左右の腰元に装着されたそれは黒色の直方体で、空間術式内に格納されている魔薬莢を直接装填し、出力指示に対して不足分の魔力を私に注ぐ補助装備だ。私の号令を受け魔力の自動充填を開始した左右のそれは、機械音を発しながら空薬莢を排出する。飛行可能な出力を確保した私は、徐々に狭まる“脱出口”に出力一杯で飛び込んだ。




 ――――





「気分はどうだ? どこか痛むか?」

「……なんか、さっきまで死ぬかと思ってたのに、変なの」



 レインを救出した私は、脱出した勢いそのままに上昇飛行し塔の頂部に着地した。塔の上からは我々が拠点にしている街や、乗合馬車が向かっている西の町が見える。その眺望に感嘆の声を上げるレインは、乾いた涙の跡を隠すように笑いながら清浄術式を展開した。どうやら元気そうだ。今後のケアも必要だろうが……。私は転移術式を展開し、待機させていたシルヴィアを呼び寄せる。彼女はまだ気を失ったままであったが、転移の浮遊感に飛び起き、心配そうにシルヴィアの顔を覗き込んだレインと額を激突させた。



「ぐ、ぐおぉ……っ! わ、我は一体……!?」

「痛ぅ〜……。シルヴィアちゃん、ここは塔の上よ。気絶したシルヴィアちゃんを、ラーベ殿が転送したの」



 そう言われたシルヴィアは、額を押さえながらキョロキョロと景色を眺めて破顔した。



「……さて、三人揃ったところで、これからどうする? 金貨二枚の調査としては危険度が高すぎる。報酬分の調査は終わったものとして引き返すか――」

「その扉を開けるか、だよね」



 私の背後にはこの塔唯一の出入り口と思われる扉があり、これをくぐれば下階に降りることが出来そうだ。しかし、レインが塔に囚われるというアクシデントもあり、慎重には慎重を重ね、それでも安全が担保出来なければ引き返すべきだと私が提案すると、それを制したのは意外にも罠に嵌ったレインであった。



「……行こう、ラーベ殿。あの罠が、この塔が何のためにあるのかを確かめなきゃ」

「だ、大丈夫かレインよ!? 我はもう、目の前で貴様が消えるのなんて見たく――」



 心配そうにレインの顔を覗き込むシルヴィアを優しく撫でる彼女は、力強く私を見据える。



「ラーベ殿、もう、誰にも私と同じ思いをして欲しくないの。だから……!」

「……わかった。だか帰還符が発動不全だった。何が起こるか分からん。密集して進むぞ」



 私の言葉に静かに頷く二人。私は扉を開けると、二人と肩を触れさせながら下階に降り始めた。





 ――――





 階段は予想外に短く、拍子抜けするほどあっさりと下階に到着した。そこはレインが囚われた空間と同じくがらんどうで、床面には幾何学模様の術式が刻まれていた。唯一異なるのは、この空間の中央部に、場に似つかわしくない天蓋付きのベッドが設置されていることだ。



「なんなのだ、アレは……」

「ベッド、だよね……多分」



 フロアに足を踏み出せば何が起こるか分からない。私は観測術式を展開、観測球を飛行させるも、ベッドにたどり着く前にそれは消滅してしまった。



「やはり……床の模様が魔力を吸ってる。ここからの確認は無理だ」

「ではどうするのだ? 手を繋いでいくか?」



 シルヴィアの提案に首を横に降る。罠に掛かれば手を繋いでいても全員一緒に飛ばされるとは限らない。罠も転移系のものだけとは限らないのだ。しかし、ここで悩んでいても状況は変わらない。私はレインをおんぶするとシルヴィアを抱っこして一歩一歩ベッドに歩を進める。



「おぉ、凄いなラーべ! 力持ちだな! なはは!!!」

「だ、大丈夫? 重くない?」



 二人の声に笑顔を浮かべて私は答える。





「済まん、限界だ!」



 二人の反応を見るより早く私は拘束術式を自分自身に対して展開。魔力の結束帯は複雑に絡み付き、二人の落下を防止した。くぐもった声で呻く二人を無視して一気にベッドに駆け寄った。私だって苦しいんだぞ!



 ベッドの側に辿り着いた私は拘束術式を解除して二人を床に降ろす。物理・魔力双方の罠は設置されていなかったようで、私達は安堵の声を漏らす。天蓋付きのベッドには薄手のカーテンが掛けられていて、照明術式の灯だけでは内部を確認できない。ゆっくりとカーテンを開けると、そこには長く赤い髪を枕元に広げて胸元で手を組むモノがあった。



「こ、これは……死んでる、よな?」

「えぇ……ミイラ、だね」

「確かこの塔は先住民の墓標って説があったよな。もしかしたら、この、女性……? の墓なのかもしれんな」



 広がった長い髪とネグリジェらしき布を身に付けていることから女性のようだと推測したが、水分を失い茶色く萎びたその身体からは生前の姿が想像できない。私達は慎重に罠の捜索を実施、このフロアには仕掛けが無いことを確認するとそれぞれが探索を始める。階下に繋がる階段を見つけたが、まずはこのフロアの捜索を終えなければ。と言っても存在しているのはこのベッドとミイラだけだが。私は薄暗くなり始めた照明術式を展開し直して床面の幾何学模様を調査する。……しかし、何故こんなに照明が早く消えるのだろうか。通常であれば一晩は保つはずなのに。やはり床面の術式が魔力を吸収している。帰還符の発動に失敗しているのもこれが関係しているだろう。この術式は徹底的に確認しなければ……。



「ら、ラーべっ! あれっ!」

「どうしたシルヴィアっ!?」



 震える声で叫ぶシルヴィアに目線を向けると、彼女は中央のベットを指差している。指し示す先に目を向けると、ベッドが淡く光り、漂う魔素が中央に収束し始めていた。



「密集隊形、急げッ!!!」



 異変の兆候を察知した私は散開していた二人を呼び戻して戦闘態勢を整える。僅かな間に光は加速度的に輝きを増し、遂には直視出来ない程の光と魔素の塊となって私達に襲いかかる。まるで極限まで膨らませた風船を眼前に突きつけられているような感覚に背中から汗が流れる。転送術式らしき幾何学模様に魔力を吸収している床、そして中心に据えられたベッドとミイラ――不可解な事が多すぎる。私は防御術式を最大展開、同時に撤退準備を行う。膨れ上がる光と魔力が中心で凝縮されると、それまでの圧迫感が消失した。



 再び暗闇が支配する空間の中、中心部から衣を擦るような音だけが聞こえる。警戒態勢を維持したままの私は照明術式を展開してベッドに指向すると、ベッドの上のものは小さな叫びを上げて光から顔を背け、両手で顔を覆う。



 枯木のようだったミイラが嘘のようだ。覆った手を下ろしてこちらに視線を向けるのは、私と同じ年頃の、赤髪の麗人だった。

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