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09 塔の周りは危険がいっぱい

「おぉ! 近くで見るとかなりデカイな!!」

「あんまりはしゃぐなよ。何があるか分からんぞ」



  ビリネルが護衛する乗合馬車と別れた我々は、野営地から西の塔を目指して鬱蒼と茂る森の中を進む。塔に近づくにつれて薄くなっていく木々の合間から朝日が差し込み、まるで森林浴を楽しんでいるようだ。しかし、出発前にビリネルがこの森を『迷いの森』と言っていたのが気掛かりだ。



  警戒を怠らずに捜索術式を常時展開しているし、地理的位置を見失わないよう野営地を移動基点として行動支援装置に登録もしている。これにより方位を見失うことはなく、万が一の場合にも速やかに帰投することが可能だ。野営地から出発して約半刻、特に問題も起こらずほぼ真っ直ぐに塔に接近している。このまま進めばあと四半刻程度で塔の根元に到着するだろう。しかし、順調な足取りにもかかわらずレインの表情は硬い。彼女の経験に照らして、何か腑に落ちない点でもあるのだろうか。彼女に尋ねると、私が抱いていた違和感の正体が判明した。



「おかしい……やっぱりおかしいよ、ラーべ殿」

「あぁ、確かに変な感じはするな……」

「二人とも遅いぞ! せっかく邪魔する獣もいないのだし、どんどん進むぞ!!」

「「それだ!!」」



  声を合わせる私とレインにシルヴィアは怪訝な顔をする。森の中で捜索術式を展開すれば、ほぼ確実に何かしらの動体反応を探知する。しかし私達が野営地を出発してから今まで、何の探知も得られていないのだ。この森が〝迷いの森〟と呼ばれていることも関係しているのかもしれない。私は警戒の度合いを高めるとシルヴィアに慎重に移動するように指示する。しかし彼女はあまりピンときていないようだ。



「ラーべの言いたい事は何となく分かるが……足元と頭上と前方と側方と後方を同時に警戒するなんて無理だ! 目は二つしかないのだぞ!」

「要は満遍なく全周警戒しろってことだ。これだけの範囲で何の反応も無いんだ。なにかがおかしい」

「そうだよ、シルヴィアちゃん。……罠が張られてるのかも。人払いが掛けられてるとしたらちょっと厄介だなぁ……」

「「人払い?」」



  レインが言うには、遺跡の発掘の際に〝人払いの魔法〟に惑わされることが多々あるという。砂漠で見るオアシスの幻影みたいなものか。見えている物標に向かって歩いているはずなのに、その距離は一向に近づかない。そうこうしている間に自分の位置を見失い、最悪の場合は命を落とす。



  そういった罠が張られている場合、野生の勘があるのか野獣等はその罠に近寄らないのだという。私は再度野営地からの方位距離を確認し、私達が真っ直ぐ歩いてきたことを確かめる。どうやら問題なく歩いているようだ。塔も見るからに近づいているが確認のために捜索術式で距離測定を行ったところ、明らかに整合の取れない数値が表示され私は眉間に皺を寄せる。



「ど、どうしたのだ? そんな変な顔して……」

「二人とも、あの塔まで距離が分かるか?」



  シルヴィアは手を眉にかざし、レインは右手の親指と人差し指を立てて塔に向ける。細かな違いはあるものの、私達の認識している距離は概ね同じであった。目視上では。



「捜索術式でも精密追尾でも正確な距離が算出できないんだ。多分、塔を中心にして魔素が著しく減衰してる」

「……塔に魔素が吸われてるってこと?」



  捜索術式は魔素を指向的に振動させ、目標からの反射波を拾い出して方位距離を算出している。局地的に粗密がある場合正確な測定ができないのだが、今回の場合は塔の周辺の魔素が極端に少ないために正確に測定できないのだろう。私達は一度その場で立ち止まると、観測術式を展開し周辺の探索を行う。



「おお……これは我とラーベが初めて会った時の奴だな……こんな風に景色が見えるとは」

「へぇ……自分の目玉が飛んでってるみたいで、なんか変な感じだね」



  二人は観測球から送信される映像信号を興味津々といった体で眺めている。やはり魔素密度が低いようで、観測球が塔に近づくにつれて映像が乱れていく。私は観測球の制御が失われないよう塔との距離に注意しつつ周辺の観測を続ける。



  映像から、塔を中心に三重の堀が彫られていること、塔に近づくにつれて草木が無くなっていくこと、塔の高さはおよそ六十メートル、直径十五メートルで窓が無いこと、そして頂上にのみ出入り口らしき扉があることが判明した。塔の材質や建築構造は、観測球を近づかせ過ぎたために映像が途絶えてしまい識別出来なかった。



「金貨二枚分の調査としてはこんなもんか……よし、帰ろう」

「はあぁぁ〜〜〜!?!?!? なにを、何を言うかラーべよ! 目の前に来て、それはあんまりだろう!!!」



  ……やはり駄目か。不測事態が起こり得る場所には極力行きたくないのだが、シルヴィアの様子を見るに彼女は絶対に納得しないだろう。私は二人に帰還符を渡し、胸ポケットのボタンホールに結び付けさせる。危険を察知したら躊躇なく帰還符を引きちぎる事を約束させ、警戒しながら塔に接近する。



  渡した帰還符は衝撃を加えれば発動する。三人分の帰還符は相互に連接しており、誰か一人でも発動させれば全員同時に野営地に転送されるように設定している。『安全第一』が私の行動基準である。冒険する中で命を賭けなければならない場面もあるだろうが、少なくともそれは今ではない。



「おわっ!? な、なんだこれ……!?」

「シルヴィアちゃん、動かないで!!」



  先頭を行くシルヴィアが突然よろけて地面に倒れこむ。慌てて立ち上がろうとした彼女をレインが強い口調で止めると、シルヴィアは大人しくその場で静止した。



「これ、足元の草が結ばれてる……」

「ふざけた罠だな! うぅ、こんなのに引っかかってしまうとは……」



  罠に掛かったシルヴィアは眉をハの字に下げて自らの不注意を恥じる。レインはシルヴィアが転んだ周辺を確認している。私も前方足元を確認していると、いくつもの罠が張られているのを発見した。



「これを見てみろ」

「これは……落とし穴?」



  私は落ちていた枯れ枝で一部分だけ地面の色が異なる部分をゆっくりと押し下げる。それに呼応して、まるでシーソーのように前方から棘の付いた板が押し上げられた。万が一体重を込めて踏み抜けば、棘の付いた板が胸元に叩きつけられるブービートラップだ。また、足元に張られているロープを辿ると、頭上に吊るされた棘の付いた丸太に繋がっている物も発見した。それを見たシルヴィアとレインは顔を青ざめさせた。どうやら塔の周辺にはこうした罠が張り巡らされているようだ。



「シルヴィアがあそこで転んだお陰で、より一層注意するようになったな。怪我の功名だ」

「う、うむ……」

「でも、一歩間違えば大怪我してたんだよ?」



  レインの言葉に消沈するシルヴィア。私は陣形を組み、効率的に警戒近接する態勢を整える。罠の確認が出来るレインが斥候、後方警戒として殿を私が、そして中距離攻撃が可能なシルヴィアを中央に配置した陣形だ。レインは過去に〝生きた遺跡〟に潜る仕事の経験があるという。その経験があれば問題もそうそう起こらないだろう。それに、塔までの距離は正確ではないとはいえ捜索術式も展開している。間も無く森を抜けて塔の外堀に到着する。





  きっと大丈夫だろう。





  そう、慢心していた。





  外堀に着いて気を抜いた一瞬、太いロープが振るわれたかのような鈍い音が響くと、レインの姿が、視界から、消失した。

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