04 仕事ついでの人助け
目を覚ますと、焚き火は既に消えていた。焚き火を眺めているうちに眠っていたらしい。大きく身体を伸ばし周囲を確認すると、東の空が明るくなり始めている。大分深く眠っていたようだ。日が昇ったら本日の採集を開始しよう。できれば新たな薬草の群生地を見つけたい。
今日は川沿いを中心に探索を行う。拠点から捜索術式を展開し、上流方向と下流方向へそれぞれ観測球を飛ばす。観測球を低速低空飛行させ、受信した映像信号を確認しつつ背負い籠を作成する。
材料は拠点の周囲に落ちている枯れ枝と蔦だ。タルモ村の住民が使っていた背負い籠の記憶を頼りに、枝から表皮を剥ぎ籠を編んでいく。
……作成途中で、籠のようなものの余りの見窄らしさに作成を諦める。こういう物を作る時は、片手間ではなくしっかり腰を据えてやらなければ駄目だな。
籠ではなくフレームを作ろう。今ある枝と蔦でそれなりの物が作れそうだ。
しばらくフレーム作りに格闘していると、観測球が魔力反応を探知した。下流側に飛ばしたものだ。
受信映像を確認すると、三人の男女と一匹の猪が映し出されていた。冒険者だろうか、男性は大ぶりの剣を構え、女性のうち一人は男性の横で杖を天に掲げている。もう一人の女性は男性の後ろでしゃがみ込み、両手を前に突き出している。
女性が杖を振り下ろすと同時に、猪に向かって火の玉が飛行する。猪の顔面に向かうそれはあっさりと躱され、杖を振るった女性は猪の突撃を食らい勢いよく吹き飛ばされた。
彼女はぐったりとして動かない。
男性は闇雲に剣を振り回しているが、その尽くを躱されて有効打を与えられない。男性の脇を通り抜けた猪は、しゃがんでいる女性に突撃。動揺した男性は剣を上段に構えたが隙が大きすぎる。
結局最後に残った男性も猪の突撃を食らい、三人全員が倒される結果となった。
……見殺しにするのも気分が悪い。私は観測球を二分割し、一方を円錐状に変形させ猪に高速飛翔させる。私はもう一方の観測球の位置情報を基に短距離転移を行った。
円錐状に変形させた観測球は猪の頭部を正面から貫き、猪を絶命させていた。倒された彼らに目を向けると、死んではいないが呻き声を上げ、火の玉を飛ばした女性は牙で傷つけられた大腿部から血を流している。放置すると危険なため、治療術式を展開する。汚損している被服は魔素変換で補修しておく。
猪は魔力操作で逆さ吊りにし、解体術式を展開。仕留めたのは私だ。彼らには悪いが、この猪は有り難く頂戴しよう。
「あぁ……俺たちは、助かったのか……?」
「だいじょうぶ、ですか?いのしし、にげた、です」
取り出した内臓の焼却が終わったところで彼らが目を覚ます。起き上がった男性に近付くと私は彼に声を掛ける。あどけなさが残るその顔は、動揺から立ち直っていないのか蒼白であった。
「あんたは……?いや、アロラとシーラは!?」
彼はそう言うと勢いよく立ち上がり、二人の女性に駆け寄った。
「ふたりとも、いのち、だいじょうぶ、です」
私がそう言うと彼は安堵の表情を浮かべた。
「俺はテディ。鉄板冒険者だ。……あんたも冒険者か?水属性魔法が使えるのか?いつからここにいる?猪はどうなった?」
状況を把握するためか、矢継ぎ早に質問を投げつけてくる。
「いのししは、おいはらい、ました。……おふたりも、めを、さましそうですよ」
答えたくない質問はスルーだ。私は身じろぎをする二人を指差して注意を逸らす。
「あぁ、アロラ!シーラ!大丈夫か!?」
「んん……。……生きてる」
上半身を起こしたローブ姿の女性が呟く。先程火の玉を飛ばしていた女性だ。もう一人も身体を起こす。
「痛ったたたたた……く、ない……?なんで?アロラ、水属性なんていつの間に……?」
起き上がった女性が身体を叩きながらローブ姿の女性に問う。ローブの女性がアロラ、小柄な女性がシーラか。
「そこの人が助けてくれたようだ。……礼を言う」
「『礼を言う』じゃないでしょ!なんでアンタ偉そうなのよ!!」
テディの声にアロラが彼の頭を叩きながら突っ込む。
「助けてくださって本当にありがとうございました!」
アロラが大声でそう言うと、二人の頭を手で押さえ無理矢理下げさせた。
「ほら!アンタたちもちゃんとお礼する!」
「「あ、ありがとうございました……!」」
……なんだろう、この幼馴染感は……。
「あー……きにしない、ください。いし、なげて、おいはらい、しただけ、です」
「それでもっ!お礼をさせてください!」
アロラの発言にテディが身体を震わせ小声で彼女に耳打ちする。
「アロラ、今ウチのパーティーには余裕が……」
「馬鹿言ってんじゃないよ!命の恩人だよ!?あのまま倒れてたら猪に食われちゃってたんだよ!!!」
「そうだよ。不義理は良くない。恩には報いないとダメ」
アロラとシーラは口を揃えて言う。
「では、いろいろ、おはなし、きかせて、ください。わたしは、とうろくした、ばかり、です、なので」
私がそう言うとテディは安心したようだった。アロラは納得していなかったようだが、私が特に望みがないと言うと、彼女は渋々了承したのだった。
――――
「えっ!?昨日登録したばかりなんですか!?」
ここは冒険者ギルドの斜向かいにある「若草亭」である。その辺で白湯でも飲みながらちょっと話が聞ければ……と思っていたのだが、アロラの強い押しに負け、昼食を御馳走になることになった。
「はい。みなみの、むらから、きのう、このまちに、たどりついて、とうろく、したです」
「南の村……だから言葉がちょっと、アレなんですね」
そう言うのはシーラだ。アロラから肩を叩かれている。小さく頭を下げる姿は小動物のようだ。
街の入口にはシーラの転送魔法で移動した。シーラは冥属性の持主で、転送魔法や空間魔法が使えるそうだ。軽く「術式」について聞いてみたが、この国には術式の概念がないようだ。引き続き、術式を展開する時には注意が必要だな。
「さんにんは、なかが、いいですねぇ」
「あぁ、俺達はモロー村……この街から東にある村の出身なんだ。……です」
テディがアロラに頭を叩かれて言葉を改める。……この子らの力関係がなんとなく見えて来た気がする。
「やっぱり男たるもの、でっかいことがしたいよな!……したいですよね!」
「私達はこのバカが野垂れ死にしないようについてきました。……『デビルバスターズ』って、どう思います?」
そう言うアロラはやや俯き加減だ。
「デビル、バスターズ、ですか……。きいたこと、ない、です」
「そりゃこれから有名になるんだもんな!……です。おっさ、ラーベさんも、デビルバスターズって格好いいと思う、思いますよね!」
「……つよそうな、なまえですね」
そう言うとアロラは顔を上げて声を荒げた。
「私達がこのバカから目を話したスキにパーティー名を勝手に決めて申請したんですよ!?デビルバスターズって、ホント……信じらんない……」
「はぁ!?格好いいだろうがよ!『最強!』って感じがしてよ!」
その最強が、只の猪に全滅させられてるんだから笑い話にもならない。
「ははは……アロラさん、なら、どんな、なまえに、した、ですか?」
「私なら『薔薇の乙女団』よね、やっぱり!」
「私は『肉の宴』がよかった……」
……全員ネーミングセンスが壊滅的だな……。
「でも最強なのは間違いないぜ!なんせ登録から六日目で鉄板に昇格したんだからな!この街での最速記録なんだぜ!……です」
「それで調子に乗ってクマン山に入ったからあんなことになったんでしょ……ラーベさんが通りかからなかったら、私達全員死んでたんだからね!」
アロラがそう言うと、テディは苦い顔をした。
「あのやま……クマンやまは、むずかしい、ですか?」
「クマン山は熊とかの大型獣が出るから、初心者は行かないほうがいいって聞いてたのに……バカは調子に乗ってたし、シーラは『肉が食べたい』って聞かなくて……」
アロラは肩を落とした。苦労人気質が滲み出ている。
「……もっとたくさん肉が食べたかったの……」
シーラは小動物的な見た目の割には食い気が強いらしい。
「しんだら、おわりです。あんぜんに、ぼうけん、してください」
『安全に冒険』とは、我ながら矛盾してるな……。
「では、また、なにか、あったら、おはなし、しましょうね」
話の内容が取り留めのないものになってきたので、切りの良い所で会話を切り上げた。
若草亭での食事は可もなく不可もなくといったところだ。薄い黒パンに肉を挟んだものと、屑野菜の浮いたスープで銅貨三枚。何の肉かは分からなった。彼らの懐事情を考えると、これが精一杯のお礼なんだろうな。
別れた足で冒険者ギルドの扉を開け……た所で、『真っ直ぐこっちくんな。臭い』と読上嬢のマリエが言っていたことを思い出した。
踵を返して倉庫に向かう。
「おっ、兄ちゃん!調子はどうよ?」
「ちょうし、いい、です。かいとり、おねがい、します」
そう言って昨日採集した薬草四袋をリュックサックから取り出しカウンターに提出する。
「ちょっと待ってな……ん?」
袋に手を翳した髭面が眉間に皺を寄せている。魔力の流れを感じることから、採集物の鑑定でもしているのだろうか。暫くすると袋から採集物を取り出して嘆息する。
「兄ちゃん、なんで葉っぱだけ持ってきた?」
「え……やくそう、さいしゅう、なので、つかえる、ところだけ、もってきた、です。なにか、まちがえた、ですか?」
その言葉に髭面は頭をボリボリと掻いた。
「そういうことか……まぁ、その方がこっちとしても有り難ぇんだが……薬草採集なんて割に合わない仕事する奴ぁ、茎ごと刈って嵩増しするもんなんだよ」
「ははぁ……そんな、ぎじゅつ、あったとは」
髭面は苦笑いして顎髭を撫でる。
「技術と言うにはセコい手口だが……兄ちゃん、あんまり馬鹿正直にやってると、悪いやつに足元掬われるぜ?」
「では、こんどから、くきごと、もってきますね」
口角を上げながらそう言うと、髭面もくつくつと笑う。
「いや、選別の手間も省けるから、この状態で持ってきてくれんなら銀貨一枚と銅貨五枚で買い取るぞ」
「わかりました。では、つぎも、はっぱだけ、もって、くる、です」
「そうしてくれると助かる。で、今回はこれだけか?」
「あー…どうぶつの、かわ、かいとり、できます、ですか?」
「……皮?ちょっと見せてみろ」
私はリュックから昨日狩った鹿の革を取り出す。
「……これどこで狩った?いつ狩ったもんだ?」
革を揉み、鼻を近づけて臭いを確かめる髭面の顔が曇る。
「……たびの、とちゅうで、てにいれました。どうですか?かいとり、できます、ですか?」
馬鹿正直に『昨日狩りました!』なんて言ったら揉めそうな空気だ。ここは早速『技術』を使わせてもらう。
「あぁ、よほど良い職人がなめしたみてぇだな。革の厚みも均一だし、柔らかさも保ってる。何より一頭分丸々ってのがいいな。目立った傷跡もない。そうだな……金貨三枚でどうだ?」
「えっ!?そんなに!?」
思わず素っ頓狂な声が出た。薬草類四袋だけで銀貨六枚、実働半日で、だ。それに加えて金貨三枚。門番の日当を軽く越える。
「持ち込まれる皮や素材は結構悲惨な状態が多くてな……これだけ使える部分が多い革も珍しい。しかもちゃあんとなめしてある。これを買い叩いたら、お前さん、もう持ち込んでくれねぇだろ?」
信用第一というところか。髭面は手元の羊皮紙にサラサラと文字を記入し、私に渡すと笑っていった。
「初仕事、完遂おめっとさん!」
私はそれを受け取り、髭面に笑い返すのだった。
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