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08 馬車に乗ろう!西の塔に向かおう!

「ところでシルヴィアちゃん、西の塔って“生きてる”の?」

「……へっ!? 建物が“生きてる”ってなんだ!?」

 

 

 “西の塔”と呼ばれる建築物の調査のために出発した我々は、街の西門から出発した乗合馬車に揺られている。馬車の中から身を乗り出して景色を眺めているシルヴィアにレインが尋ねるが、その言葉の意味するところがわからずシルヴィアは素っ頓狂な声を上げる。

 

 

 隣街に向けて馬車で一日進んだ位置にある西の塔は建てられた年代も目的も不明であり、一説には商隊の目印のために建てられたとも、この地域の先住民の墓標とも言われている。要するに、なにも分からないのだ。分からないなりにも情報を整理しようとレインが尋ねたのだが、私も彼女の質問の意図が分からずシルヴィアと顔を見合わせて首を傾げる。

 

 

「遺跡ってのは罠が設置されてたりお宝が眠ってたりするんだけど……そういうのがまだ使える状態だったり盗掘されてないのを“生きてる遺跡”って言うの」

「成程なぁ……。調査依頼が出されてて誰も請けてないってことは、まだ生きてるんじゃないか?」

「分からんぞ、ラーベ! もしかしたら誰かが先に発掘してるかも!!!!」



 そわそわと身体を揺する彼女の様子に、同乗している商人が小さく笑う。彼は西の街に住んでいるそうだが、萬寿草が七日市で競売に掛けられると聞いて大急ぎでやって来たのだという。結局目当ての物は手に入らず大損こいてしまったと自嘲気味に笑う彼に西の塔について尋ねると、彼も詳しいことは分からないという。

 

 

 ただ、あの塔は辺境伯が南端の街を開拓し始めた時にはもう既に存在していたそうだ。我々が拠点にしている街が拓かれてからおよそ五十年だそうで、先代勇者が魔王を封じて情勢が安定し始めて開拓に着手したらしい。物知りな彼の話に大袈裟に相槌を打つシルヴィアの反応が心地良いのだろう。彼は知る限りの知識を我々に語る。

 

 

 私とレインも彼の自尊心をくすぐるように持ち上げたり大袈裟に反応する。……商人にとって知は力、力は金だろうに、気分を良くした彼は更に盛り上がり我々に話題を提供する。私は気になる情報をメモ帳に書き取ると、話題の礼として今日の昼食は私が振る舞おうと決めた。

 

 

 

 

 ――――

 

 

 

 

「兄貴っ! ここらで昼メシにしますんで、降りてもらって良いっすか?」



 停車した馬車を覗き込むようにして声を掛ける彼は、決闘の敗北以来私の“舎弟”となったビリネルだ。彼とその仲間達はこの乗合馬車の警護任務を請けていた。ちなみに、西の街までの警護任務は往復五日で金貨六枚。北に向かう街道と違って野盗や獣が殆ど出ないこの道程は報酬が少ない代わりに楽な仕事だそうで、冒険者にとって人気の仕事だ。私達は馬車から降りると大きく背を伸ばして凝った身体をほぐした。

 

 

「商人さん、今から昼食作るんですけど、一緒にどうですか?」

「おぉ! いいんですか? いやぁ、なんだか悪いなぁ!」



 一応遠慮するような言葉を発した彼だが、自分の鞄から一際大きい木の椀とスプーンを取り出して私達の輪に加わった。流石商人、ちゃっかりしているな。今日の昼は鶏肉を炒めて玉ねぎとトマトで煮るカチャトーレだ。リュックから調理器具と食材を取り出し調理を始めると、それまでニコニコと笑っていた商人の目付きが鋭いものに変わる。

 

 

「お兄さん、もしかして“冥属性”持ちで?」

「あー……。まぁ、そうですが」



 この地方では『属性』によって使える魔法が変わると言われている。空間魔法を扱える者は“冥属性持ち”と呼ばれ、移動や輸送に重宝される。少年冒険団のシーラやビリネル率いる金色の風のガクも冥属性持ちで、転送魔法の使い手である。

 

 

 大陸の東西では魔法技術に大きな隔たりがある。大陸西部では『術式』が一般に普及しており、予め用意した術式に魔力を注ぐだけで術式に応じた効果が得られる。しかし、東部では魔導回路も未成熟であり、ちょっとした魔道具でも高値で取引されている。

 

 

 悪目立ちを避ける私はなるべく人目につかないように術式を使おうとしているのだが、商人の目の間でリュックに収まりきらない量の鍋や食材を取り出したのはあまりにも迂闊であった。反省しなければ……。料理を作る私に向かって、私の力量をあれやこれやと尋ねる商人に辟易していると、急に彼の言葉が止まった。手を止めて振り返り商人を見やると、彼はビリネルに首根っこを掴まれて黙らされていた。

 

 

「なぁおっさん、冒険者に詮索すんの、マナーがなってねぇんじゃねぇのか? あ?」

「い、いや、詮索なんて……! ただ彼とちょっと話を……!」

「お? 口答えするんですかぁ? ……兄貴が困ってんだろうがッ!!」

「……ビリネル、程々にな」



 商人の眼前で吠えるビリネルを諌めると、彼は商人の首から手を離した。……しかし、ビリネルがマナーを語るかね。苦笑を浮かべていると、ビリネルは商人に何やら耳打ちして去っていった。商人は青い顔して震えている。あのチンピラ、何吹き込みやがった! ……まぁ、いつまでも小煩く付きまとわれるよりはマシか。私は出来上がった食事を皆に配膳し昼食を摂り始めた。

 

 

 

 

 ――――

 

 

 

 

 昼食を終えた私達は馬車に乗り込み、日没を迎えるまでごとごとと揺られ続けた。まるで通夜のような雰囲気の商人と対面し続けるのは気分が落ち込みそうだったが、シルヴィアが終始賑やかだったのは正直助かった。そんな彼女の雰囲気に救われたのか、商人も徐々に気を取り直して再び雑談するまで回復した。だが、私達の力量については一切触れなかったのはきっとビリネルの“忠告”が効いていたからだろう。

 

 

 ビリネルに促され馬車を降りた私達は、野営の準備を始める。西の街までは馬車で二日。西の塔を調査する私達はここで分離する。設営の手を止めて西日に焼ける空を眺めていると、レインが私に近づき囁くように話し掛ける。

 

 

「こんなに落ち着いた気分で野営するのなんて、初めて」

「……今までは? こういう旅はしなかったのか?」



 私の言葉に寂しげに笑うレイン。オーラフ公爵領での彼女は、その髪と瞳の色から“半魔”と蔑まれ、商隊護衛の最中でも野営地から離れたところで独り寝ていたそうだ。彼女の頭をそっと撫でると、彼女は私の肩に頭をもたれさせる。夕日を背に寄り添い見つめ合う男女。とてもいい雰囲気だ。……シルヴィアが私達の間に無理矢理身体をねじ込ませていなければ。

 

 

「酷いぞ二人共! 我を仲間外れにするなぁ!!」

「あぁスマン、シルヴィア! 仲間外れにしたつもりはないんだが……」

「ご、ごめんねシルヴィアちゃん!」

 

 

 慌ててシルヴィアに詫びる私とレイン。シルヴィアは頬を膨らませて拗ねてしまった。彼女の気をとりなそうと私は今夜は三人で一緒に寝ようと提案すると、シルヴィアは我が真ん中だぞ! と笑顔になる。どうやら機嫌は治ったようだ。狭いテントでぎゅうぎゅう詰めになるが……たまにはそれもいいだろう。作業に戻った私は、簡易テントをしっかりと設置するのだった。

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