07 調査、その前に。
七日市から一夜明けた拠点で、朝食を摂りながらシルヴィアはそわそわと鉤爪の手入れを行っている。パンを齧ると鉤爪を濡れ拭きし、口の中のものをスープで流し込むと鉤爪を乾拭きする。その様子に私は苦言を呈する。
「なぁシルヴィア、楽しみなのは分かるんだが……食べるか準備するか、どっちかにしなさい」
「そうよ、両方いっぺんにやろうとしても、どっちも半端で終わっちゃうわよ」
良く思っていなかったのは私だけではなかったようだ。レインもシルヴィアの行動に小言を挟む。私達の諫言に渋々といった顔つきで朝食を置き、鉤爪の手入れをし始めた。そっちかい!
「シルヴィア、せっかく作ったんだ。冷めないうちに食べて欲しいんだが……」
「でもな、でもな! 装備の手入れは念入りにって、ラーベが言ったではないか!」
確かにそうは言ったが……まぁいい。冷めた朝食を口にして、身に沁みさせなければ分からないだろう。私はそれ以上の小言をやめて朝食を食べ続ける。
――――
「あの、ラーベさん、その……。スープをな……」
「……だから言っただろう? 確かに手入れは重要だが、物事には優先順位があるんだ。その時その時最適な行動を考えなきゃ、超一流にはなれないぞ?」
「そうよ、今回はシルヴィアちゃんが悪いんだからそのまま飲んじゃいなさい」
私達の言葉に眉を下げながら冷めたスープを口にするシルヴィア。……俺の料理の腕が良ければ冷めても美味しい料理が作れるんだろうが、所詮は独身男の適当料理だ。作りたてならそれなりに食えるのだが、冷めてしまってはな。こういう時に料理が上手い仲間が入れくれれば――そういえば、“夜烏”の部下に料理人さながらの食事を用意する部下がいたな。野戦指揮所にて出される彼女の食事は、夜烏の活力の源になっていたな……。そう考えていると、レインが私の顔を覗き込む。
「ラーベ殿、何か難しい顔してるけど……悩み事?」
「おっ! それなら我に相談するがいい! だからな、スープを温めて……」
二人の声掛けに思わず笑みが溢れる。私は大したことじゃないと前置きし、料理について相談する。
「いつも俺が飯を作ってるだろう?……若草亭で食べることもあるが。その、飽きないか? いつも同じ味付けだし……」
「そんなことはないよ! 誰かが私のために作ってくれる。それだけで嬉しいよ」
「そうだぞ、ラーベ! 我はラーベのごはんが好きだぞ! なんだっけ、あの……ちゃ、チャカトーレ?」
「カチャトーラ、な。あれが気に入ったのか?」
以前作った、トマトと玉ねぎと鶏肉を刻んで炒めて煮込んだ猟師風料理の味を思い出してか、口の端から涎を垂らすシルヴィア。どうやらあれが彼女のお気に入りらしい。レインは物欲しそうな顔をして私を見る。そうだな、彼女がメンバーになってから作っていなかったし、今日の昼にでも作ろう。私がそう言うと二人の顔が明るく輝く。……シルヴィアは早くスープを飲んじゃいなさい。
「ま、そんな訳で料理について相談があってな。レインは今まで料理は――」
「……私は切って焼くだけしか。ラーベ殿よりも美味しいものを作る自信は、ちょっと無いかな」
「そうか……ならしょうがないな。暫くは俺の料理になるが、我慢してくれよ」
「ちょ、ちょっとラーベ! 何故我に聞かんのだ!?」
「……シルヴィアは料理出来るのか?」
「出来ないけど! 仲間はずれにするな!!」
確かにちょっと意地悪だったな。私の胸に頭を押し付けるシルヴィアの撫でると、彼女は冷めたスープの入った器を差し出す。目線で『温めろ』と訴えているが、そこで甘やかす私ではない。彼女の頭から手を離すと、私は調理器具の片付けを始めた。
――――
「じゃあ、西の塔に向かう前に色々確認しておこうか」
朝食を摂り終えた私達は、白狐の里から少し離れた所にある川辺にやってきた。お互いがどの程度の戦力を保持していて、どの程度の動きができるのか――それを確認しなければ最適な団体行動は出来ない。特に不測事態に対処する際には、戦力把握が必要不可欠だ。私は標的板を構築すると、レインに与えた大剣の試し切りをするよう指示する。突如現れた黒色の板に驚いた彼女であったが、これは私の術式で構築した攻撃評価用の標的である、と説明すると真剣な目付きで私に問う。
「その、ラーベ殿。この板、物凄く硬そうなんだけど……」
「そうだな、そこらの岩よりは耐久力があるぞ」
私の目と手元の大剣を何度も見ながら、彼女は困惑した表情を浮かべる。そんなレインにシルヴィアが大声で説明する。
「ラーベが作った武器はな、最強なんだぞ! 岩だろうが壁だろうが、一撃だ!」
ズバッと! と擬音を発しながら剣を振る動作をするシルヴィアを横目に、私はレインに渡した大剣の性能について説明する。
「それはな、今までレインが使っていただんびらと寸法は同じだが……構成素材が違う。俺の魔力を芯に周辺魔素を物質変換して作り出した、謂わば“魔剣”だ。折れず、曲がらず、錆びつかない。そういう術式も組み込んでいるから――」
「魔剣だって!? そんな、私なんかに……」
「違うぞ、レイン。俺達は“チーム”だ。背中を預けるに足る装備を持ってもらわなきゃ、俺達が困るんだ」
私の説明に真剣な眼差しで答えるレイン。そうだ、丁度いい機会だし、ちょっと小言を挟んでおくか。
「そういえばレイン、君が持っていただんびらだが、ありゃなんだ?」
「なに、って……?」
「あちこち欠けて錆も浮いてる。まるっきり鈍った刃はなんだ? あの連中といて手入れが出来なかったのか?」
「う……」
「装備の手入れも不完全ッ! いいかッ!! 手入れが悪けりゃ貴様が死ぬッ! 貴様が死ねば皆が死ぬんだッ!! だから手入れは怠るなッ!! 了解かッ!!」
「りょっ、了解ッ!!!」
……いかんな、この手の話題になると冷静さを欠いてしまう。そこまで言うつもりではなかったのだが、私の強い口調にレインが涙目になってしまった。ちらりとシルヴィアを見ると彼女もピンと背筋を伸ばしている。気を取り直してレインに大剣を抜くように指示すると、脚を肩幅程度に開いた彼女は背負った大剣の柄に右手を、右肩から掛けている負い紐に左手をそれぞれ伸ばした。
左手で負い紐を手前に引くと同時に、右手で大剣の柄を掴む。右肩を支点に回転する大剣を素早く抜き去ると、鞘を背中に戻して柄を両手で握る。まるで流れるような一瞬の動作に目を奪われ、私もシルヴィアもほぅ、と声を漏らす。
「そ、それで、ラーベ殿……。あの板を切ればいいの? 正直、自信が……」
「大丈夫だ。欠けたり折れたりすることはないから安心してくれ。それと、一定以上の衝撃は手元に響かない設計になっているから、思い切り振ってみてくれ」
そう言うとレインは軽く腰を落として横薙ぎに大剣を振るう。軽い金属音を響かせた標的板は、まるで熱したナイフで切られるバターのように、抵抗無く両断されその場に崩れ落ちた。予想以上の剣速に私もシルヴィアも驚いていたが、一番驚いていたのはレイン自身だった。
「な、なにこれ、こんな、こんなの……」
「だから言ったろう? 様々な術式を複合してるって」
「なっ! ラーベの武器は最強なのだ!!」
私達の説明に身体を震わせるレイン。この間、魔道具は高価だとか言っていたな……。仲間に持たせるものは出来るだけ良いものを。そうすることでお互いの生存性を高めることが出来るのだが、レインは何やらブツブツと呟いて小刻みに震えるばかりだ。
「その、レイン……。気に入らなかったか?」
「そんな訳ないじゃない! こんな、魔剣を私にだなんて……」
「確かにラーベの武器は最強だな! 市場で買えばいくらするのやら……」
「最強なんてもんじゃないよ! 出すとこに出せば、城を買ってもお釣りがくるよ!!」
からからと笑うシルヴィアに強い口調で答えるレイン。城を買っても釣りが出ると聞いて、私もシルヴィアも絶句する。うっとりと大剣を抱きしめるレインを見ながら、なるべく人前で振る機会が訪れないことを祈るばかりだった。
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