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06 鉄板の仕事を請けよう!

 七日市は盛況の内に幕を下ろし、私達はギルドに預けていた萬寿草の配当を受け取りにギルドにやってきた。標準買取額は萬寿草の葉一株分で金貨二十枚。根から穂先までの鉢植え二つの買取は実績がないとのことで値段が付かなかった。競売に掛ければそれよりも高値での取引が期待できるとのことだったので、ギルド預かりにしていたのだ。配当は落札額の八割。なかなか美味しい取引だ。私達は不気味に笑うギルト所長と対面して座り、彼から金貨の詰まった袋を受け取る。

 

 

「まず、これが金貨五十枚だ。確認してくれ」 

「おぉ! そんなに高値がついたのか! これだけあれば肉サンドがたらふく……!」

「いや嬢ちゃん、これは薬師が兄ちゃん達から騙し取った金だ」



 笑顔から一転、渋面を浮かべる所長は苦々しい声を出す。我々が薬品店から請けた依頼は萬寿草の採集だったが、品質が悪いと難癖を付けられ買い叩かれそうになったのだ。それを厭って薬品店から立ち去ろうとしたところ、依頼失敗の損失補填として金貨五十枚を請求された。“草刈り”の私には払えない額を吹っ掛けてきたつもりなのだろうが、ビリネルとの決闘の際に受け取った賭けの配当により支払うことができた。この件をギルド所長に報告したところ、薬師はこっ酷く絞られたようだ。七日市で姿を現すかと思っていたが、結局見かけることはなかった。私は袋から金貨を取り出すと十枚毎に並べていく。丁度五十枚、確かに受け取った。

 

 

「そういえば、薬師先生はどうなったんです?」

「あいつを先生なんて言うなよ! あの糞爺、叩けば叩く程埃が舞ってな……。ギルドとして正式に取引を打ち切ることになった」



 ランド所長は腕を組み瞑目する。薬師はギルドとの取引を停止され、この一件の顛末もギルド内に掲示されることになった。顛末が掲示されれば冒険者との個人的な契約も結ぶことが困難になり、この街で薬品店を維持することが出来なくなる見通しである。事実上の廃業だ。

 

 

「そうですか……。まぁ、自業自得ですね」

「あぁ……。だが、今までウチらが見抜けなかった責任もある。本当に済まなかった」



 テーブルに頭を付ける所長に私は気にしていない旨を伝えると、彼は頭を上げ頭を掻く。それよりも帽子の代金を忘れていたことを尋ねると、彼は赤面して謝罪した。どうやら本当に浮かれていて今日は色々とミスをしていたそうだ。……ヘレナをはじめとするギルド職員の苦労が偲ばれる。

 

 

「それで……競りの結果はどうだったんですか?」

「そうだラーベ! 競りはな、とんでもないことになったぞ!!」



 シルヴィアの言う“とんでもないこと”の意味をレインに尋ねる。シルヴィアの説明は感覚的すぎて、ふわっとしたことしかわからないのだ。私の問にレインが淡々と答える。

 

 

「確かに凄かったよ。特に王都の冒険者ギルドと、マチウス商会の一騎打ちは他の参加者を寄せ付けなかったよ」

「マチウス……?」

「あぁ、王国だけじゃなく、周辺諸国にも影響力のある最大手だ。東西南北、王国のあちこちから参加者が来ていたが……マチウス商会が出張ってきたんじゃ相手にならねぇからな」



 ほくほく顔で説明を続ける所長は、別の袋と羊皮紙を取り出しテーブルに置いた。今回我々が預けた萬寿草の配当金と、その詳細記録だ。私は記録を黙読し、溜息を吐いた。

 

 

「万寿草の葉・落札額金貨三十二枚、同じく四十八枚、萬寿草一鉢・落札額金貨七十九枚、同じく百四十三枚……。計金貨三百二枚、八割が二百四十一枚と、銀貨六枚。……暫く遊んで暮らせますねぇ」

「二百四十一枚!? 凄い……そんな大金、見たことないよ……」

「ラーベ、銅貨にするといくらなのだ? イマイチよく分からんから、肉サンドで教えてくれ!」



 シルヴィアの言葉に喉の奥で笑う所長。私はシルヴィアの頭をわしわしと撫でる。肉サンド換算は正直面倒だ。とにかく沢山だぞ! とシルヴィアに言うと、彼女は口元を緩めて笑う。レインは震える手で金貨を並べて枚数の確認を行っていた。全て数え終わった彼女から過不足なしと報告を受けると、袋に仕舞い直して詳細記録に受け取りの署名を記入する。

 

 

「いやぁ、なかなか熱い戦いだったぜ! 兄ちゃん達の御蔭で大分儲けられたしな! 葉を二回に分けて競りに出したんだが、なかなかいい判断だっただろ?」

「そうですね、お陰様で大分金銭に余裕ができましたよ。暫くは働かなくても七日市の売上だけで――」

「何を言ってるんだラーベよ! 我等は“超一流”になるんだろう!?」



 私の“働かない宣言”を遮るようにシルヴィアが大声を出す。彼女は代わり映えのない白狐の里の日常に嫌気が差して私と共に旅をしているのだ。シルヴィアは左手を腰に手を当て、右手に持った羊皮紙を私の眼前に突き付けると高らかに宣言する。

 

 

「もう次の仕事は決めているからな! レインとも相談して、誰かに取られる前に確保しておいたのだ!!」

「ラーベ殿、無茶な仕事でもなさそうだし、これならパーティーを組んだばかりの私達でもなんとかなると思う」



 ……依頼書が顔から近すぎて内容が読めない。私はシルヴィアから依頼書を受け取ると内容を確認する。色あせて端がボロボロになった依頼書には、掠れた文字でこう書いてあった。

 



 

 『西の塔の調査:報酬金貨ニ枚。調査結果は様式適宜で纏めた後、ギルド経由でテオドル辺境伯に提出すること』



 

 

「あぁ、それな……。随分前から掲示されていたんだが、請ける奴がいなくてなぁ。消化してもらえると助かるんだが」



 渋面でそういうギルド所長の声は暗い。話を聞くと、ランド所長がギルド職員になる前からずっと掲示されていたものの放置されたままだったらしい。確か彼は五年前の魔獣襲撃事案を期にギルドに勤めるようになったと言っていたから、少なくとも五年は放置されていた案件のようだ。“ワケあり案件”の登場に、私の顔も渋くなる。

 


「所長、何故そんなに放置されていたんですか? 結果を辺境伯に提出って、これの依頼主ってもしかして……」

「……そうだ、テオドル辺境伯様直々の調査依頼だ」

「辺境伯の依頼にしては、金額が少なくない? 金貨二枚って……。テオドル辺境伯って、お金持ちなんでしょ?」



 レインが依頼条件について尋ねると予想もしていなかった理由が説明される。辺境伯は古代遺跡や文明について並々ならぬ興味がおありだそうだが、奥方が堅実な方のようで“男のロマン”に大金を投じることについて一切許さないそうだ。恐妻の締め付けに眉を下げる辺境伯の姿を想像して、まだ見ぬ辺境伯に同情と笑いが溢れる。

 

 

「まぁ、金額も金額だし今まで請けてくれる奴だいなくてな……。軽く調べて帰ってきてくれりゃそれでいいさ」

「それで文句を言われたらどうするの? 私達、こんなことで首を落とされたくはないんだけれど……」

「なに、大丈夫だ! 辺境伯様はそんなことでお怒りになる方じゃねぇよ! 俺は一度会った事があるんだが、気のいい兄ちゃんだったぜ! ……まぁ、会ってから十年経つから、兄ちゃんよりちょっと年上なぐらいか? ま、もし文句を言われたら、ウチらが責任持って対処すっから安心してくれや!」



 所長がそこまで言うのなら、断る理由は無いな。金額がネックではあるが、薬師に支払った違約金も戻ってきたし、競りの配当もたんまり受け取った。懐が温かい内に依頼を請けた方がいいだろう。私がこの調査依頼を請けると所長に伝えると、所長は笑顔になり、シルヴィアはぴょんぴょんと飛び跳ねながら全身で喜びを表現したのだった。

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