03 お祝いごとは盛大に!
「――ラーベさん、本当に、貴方は凄い人だ」
「よせよ……。照れるじゃないか」
燦々と照りつける太陽の下、膝を抱えて並んで座る私とテディ。打ち寄せる波の音が静かに響き、風が賑やかな声を運んでくる。我々の視線の先にはシルヴィアとレイン、そしてテディのパーティーメンバーのアロラとシーラがいる。彼女達は波打ち際で水を掬い、お互いに掛け合いはしゃぎ回っている。
「スゲェ……バインバインだ。レインさんって、着痩せするんすね……」
「あぁ……しかし、アロラも中々だな」
彼女達は私が作成した水着を着用し、そのボディラインを浮かび上がらせている。段だら模様の水着を見たテディがポツリとダサっ……と呟いたのを聞き逃しはしなかったが、濡れた水着が張り付いて、段だら模様がボディラインを強調すると一転して私を絶賛した。彼も間違いなく“男”だった。
私とテディも同じ水着を着ている。上下が繋がった半袖半ズボンタイプの水着である。全員お揃いなのは、私の構築術式にこのタイプの作成図案しか無かったためである。急に思いついた浜遊びだったので、新たな図面を構築する時間が無かったのだ。
ちなみに、シルヴィアとシーラは将来に期待がかかるボディラインだった。
「うっし、俺達も混ざろうか!」
「や、ラーベさん、俺はもうちょいここにいますんで……」
立ち上がりテディに声を掛けると、彼は顔を逸らして伏し目がちにこういった。私はその様子に意地悪な笑みを浮かべる。呵々と笑いながらテディの両足首を掴むと、その場でグルグルと振り回す
「ちょっ! おああ!!!! ま、待って待ってぇぇぇぇええええ!!!」
「うはは! 行くぞっ! 発射用意……!」
二回転、三回転、四回転……! 徐々に回る速度を上げながらタイミングを見計らい……
「っ射ァーーーッ!!!!」
「おおおおあああああ!!!!!!」
トップスピードに到達したテディを海に放り投げる。綺麗な放物線を描きながら空を飛び、頭から勢い良く着水した彼をシルヴィア達は大声で笑いながら見ていた。テディを放り投げた私は、彼女達のもとに向かう。
「なぁなぁラーベ! 今のやつ、我にも! 我にもやってくれ!!」
「おっ! シルヴィアも空を飛びたいか!」
目を輝かせてはしゃぐ彼女の脚をしっかりと抱えテディと同じように投げ飛ばすと、大声で笑いながらシルヴィアは宙を舞う。その様子を見て手を叩きながらアロラが笑う。彼女も投げようと手を伸ばすと、私の側面から伸ばした手を掴む影があった。シーラだ。彼女はその小柄な体格を活かした速度で私の手を捻り上げ、背後に回り込むと私を海面に突き飛ばした。無駄の無い洗練された動きと合理的な体捌きに翻弄された私は、なされるがままに海中に突っ伏した。レインは感嘆の声を漏らしながら、倒された私に手を差し伸べる。
「ラーベ殿、大丈夫?」
「あぁー……鼻に海水が……」
手鼻をかみながらレインの手を握り、力を込めて彼女を引き倒す!
「きゃあっ!」
「油断したな、レイン! ……どうだ? 楽しいか?」
困った顔をしながら微笑むレインの顔に、濡れた髪が流れる。私はその髪を撫で、彼女の手を引きながら立ち上がると、ざぶざぶとこちらにテディが歩いてくる。
「……ラーベさん、酷いっすよ……」
「あはは……どうだ? 萎んだか?」
意地悪な問にテディは私の背中をバシバシと叩く。投げ飛ばしたシルヴィアも戻ってきたことだし、ぼちぼち網焼きの準備でもしよう。波打ち際から移動し設置した仮設指揮所に戻ると、私は空間術式を展開、コンロと食材を取り出す。火を起こして暫く待機。そうだ、飲み物の準備もしなきゃな。それとテーブルを出して……ふと波打ち際を見ると、テディがアロラとレインに頭と脚を抱えられ、海に投げ飛ばされているところだった。最初はぎこちなかったレインであったが、今では屈託のない笑顔を浮かべている。乗り気ではなかった彼女だったが、連れてきてよかった。
網も大分温まったな。そろそろ彼女達を呼び――視界の端に微かに動く影を捉えて警戒すると、いつの間にかシーラが食材の傍に移動していた。彼女の待ちきれない様子に苦笑すると、私は大声で彼女達に食事の準備が整ったことを伝える。声が届いた彼女達は私に向かって――いや、コンロに向かって走り出したのだった。
――――
「どうだ? 味付けは若草亭で買った調味料を使ったんだが――」
「メチャウマっすよ、ラーベさん!」
「ホントホント。メチャウマ」
焼き上がった肉を次々に口に運ぶ彼等に感想を尋ねたのだが、味付けに問題は無いようだ。若草亭で昨日食べたスジ煮込みは、店主が若かりし頃に修行した際に入手した調味料を使用したものだった。その調味料が私の故郷の味であったことに驚き、私は無理を言って調味料を譲ってもらったのだ。煮てよし、焼いてよし、掛けてよしの万能調味料は、この網焼きにも有効だった。彼等が競うように肉を食べるのを見ると嬉しさがこみ上げる。……私の料理の腕ではなく、調味料の力なのだが。
「ラーベよ、網焼きな、毎日食おうな!」
「いや、毎日は……ちょっとしんどいな。だから祝い事の時にやろうか」
シルヴィアは口元を肉の脂でギトギトにしながら笑う。彼女の口元を手拭いで綺麗にしてやるのはレインだ。……尊い。目を細めながら二人を眺めていると、腰の部分を小さく引かれた。シーラが遠慮がちに私の水着を引く。その顔は眉を下げ、申し訳ないような表情だった。嫌な予感がし、食材を置いているテーブルに目を移すと、テーブルの上には、もう、何も、無かった。
「ラーベさん、あの、料理が……」
「……嘘だろっ!?」
用意した食材は、食べ盛りで育ち盛りの若者と中年の私を合わせて六人が食べきれるかどうかといった量だったのだが……私はしょぼんとしたシーラの頭を撫でると、彼女を安心させるための行動に移した。
――――
低い風切り音を発しながら低速飛行する私は、魚影を探しながら海面上空を旋回する。海面に魚影が多ければ、それを狙った“大物”が現れるとは、夜烏の部下が言っていた言葉だ。彼は漁師の息子で、除隊したら網元である彼の父の跡を継ぐと言っていたが、元気にしているだろうか。――そんなことを考えていると、眼前に黒い塊が漂っているのが目に入った。小魚の群れだ。私は高度を上げると爆撃術式を展開、爆装が整ったところで身体を大きく捻り、急降下し群れの中心にそれを解き放った。
轟音。水柱。
旋回しながら攻撃効果の判定を行うと、爆撃の衝撃で気絶した魚が浮かび上がるのが視界に映った。その中でも一際大きい魚を拘束術式で固定し、シーラ達が待つ浜辺へ空輸する。私は魚の種類には詳しくないが、この鼻の長い魚なら、彼女の胃袋を満たすことが出来るだろう。ほくほくしながら彼女達の元に着陸すると、待っていたのは恐ろしいものを見る目をしたテディ達だった。
――――
「ラーベさん、い、今のは……?」
「分からない……属性が、どうやって飛んでたの……?」
「魚……大きい……」
テディ達は放心して私を見る。シーラだけは持ってきた魚を見ていたが。私は口元に伸ばした人差し指を当てると、彼等に向かってウインクする。私の仕草に慌てていた彼等は急に冷静になった。……茶目っ気が滑ると悲しい気分になるな。私は持ってきた魚に解体術式を展開すると、彼等に向かって告げる。
「色々言いたいことがありそうな顔をしているが……俺は君達の“命の恩人”だろ?」
「え、えぇ……それは勿論分かってるけど……?」
「だからな、恩を売っているようで悪いんだが……今日のことは何も聞かず、誰にも言わないで貰えると嬉しい」
「わかってるって! 男同士の約束だな!」
いい笑顔で親指を立てながらテディが約束する。アロラはなにか言いたそうな顔をしているが、私達の様子を見て口を噤んだ。よし、テディがレインを見て膨らましていた事は黙っておいてやろう。
新たに追加した魚を食べながら、私達は日が傾くまで大いに騒いだのだった。




