01 チンピラ舎弟ができました
「で、何なんだ、ありゃあ一体」
ギルドの裏手に行くなりランド所長は捲し立てる。先程『ふさふさ小物入れ』を受付嬢のヘレナに引き渡した際、彼が小物入れを“鑑定”し、私をギルド裏に呼びつけたのだ。彼の足元には地面に頭を擦り付けている薬師もいるが、見なかったことにする。シルヴィアとレインは掲示板に張り出されている仕事を吟味中だ。シルヴィア一人で選ばせるととんでもない仕事を請けそうなのでレインを付けている。
「兎の毛革で作りました。自信作です! ふさふさで、可愛かったでしょう?」
「……そうじゃねぇ。そういうことじゃねぇんだ」
小物入れの作成中、少々興が乗ってしまって防汚・防損術式と、その術式を継続して有効化させるための魔素供給術式を組み込んでしまった。彼の“鑑定”で、その術式を見破られたのだろう。帝国では一般的な術式ではあるが、帝国でも素人がちょこちょこっと頑張った程度では術式を組み込むことは出来ない。ましてや魔術関連技術が段違いに低いこの国のことだ。シラを切り通すのが賢明だろう。
「頑張って作った自信作です」
「……あのバカ娘にゃあ過ぎたもんだと思うが?」
「そうですかね?」
「なぁ、アンタ、一体何者だ……?」
「最近では、『草刈りのラーベ』と呼ばれてますが……」
薬草採集ぐらいしか出来る仕事がないから『草刈り』。嘲笑されているだけだが、目立たず生きていくにはこれぐらいが丁度いい。
「アンタのその腕、こんな片田舎で腐らせるつもりか?」
「……出来れば目立たずに、静かに暮らしたいんですがね」
ため息を吐きながらそう言うランド所長の目を見て私は呟く。『救国の英雄』やら過ぎた名で呼ばれて、いいように使い捨てられるのは懲り懲りだ。
「……アンタがそう言うならもう何も言わねぇけどよ。ただ、頼りにさせてもらってもいいか?」
「……頼り?」
「あぁ。この街にゃ金板冒険者がいねぇんだ。五年前の魔獣襲撃で、皆……。俺もそれを機に冒険者を引退したんだ」
遠い目をしてそう口にするランド所長の表情には、後悔の念が浮かんでいるようだった。五年前の魔獣襲撃。この街では大きな被害が出たとのことだが、ランド所長もその際に大怪我をして冒険者稼業を続けることが出来なくなり、この街に骨を埋めることになったそうだ。
「若ぇのの面倒見てくれてた奴なんだがな、そいつがくたばって……ビリネルも懐いてたんだが、それを機に」
「……ああなった、と」
渋面を頷かせるランド所長の期待を込めた目線が刺さる。正直、冒険者としてのノウハウも基礎的知識も欠けている私には荷が勝った役割だ。
「私は只の『草刈り』ですよ?」
「だが萬寿草を採集した。そうそう出来ることじゃねぇ」
「買い被り過ぎですよ……。まぁ、ゆるゆるやらせてもらいますよ」
熱い目線を送る所長に曖昧な笑みを浮かべながら、地面に頭を擦り続ける薬師を横目で見、私は掲示板で仕事を選ぶ二人の元へ戻ろうとした。
――――
「ザスっ! 兄貴、ご苦労さんです!!」
「ざ、ざす……?」
ギルドの入り口に回るとあまり会いたくない面々と鉢合わせてしまった。未だに顔の腫れが引ききっていないビリネルは、私を見つけるなり駆け寄って大きな声で何やら叫ぶ。
「おはようご『ザ』いま『ス』ッス! 兄貴、この前はスンマセンっした!!!」
「お、おぉ……? あ、兄貴……?」
決闘が終わってから一度も会っていなかったビリネルは、まるで親分に従うチンピラのような格好で私に挨拶する。彼のパーティーメンバーも彼に倣って私に挨拶した。
「兄貴、詫びに何かさせてください!!」
「いや、詫びと言われてもな……決闘でカタが着いたと思うんだが」
「それじゃあ俺の気が済まないんで! 何でもいいんで!」
頭を深々と下げる彼の頭頂部を見て、顎を撫でながら考える。詫びと言われてもな……。そうだ、丁度いい機会だ。彼のメンバーに一つ二つ確認させてもらうことにしよう。
「そうだビリネル。聞きたいことがあるんだが……ちょっと彼を借りてもいいか?」
「えっ……っ!? あ、あの! ガクはそんなに身体が強くなくてですね!」
「なに、取って食う訳じゃないさ。……ガク、ちょっとこっちに」
手を招いてガクと呼ばれる黒いローブ姿の彼を呼び寄せる。ガクは私を白狐の里がある樹海に転送し、決闘の際には私を何らかの魔術で拘束した魔術師だ。彼を呼び寄せる私の様子を額に汗を浮かべながらビリネルが見つめる。
ガクは狼狽えた様子で目線を泳がせた後にビリネルに目線を送るが、彼が静かに頷いたのを見て覚悟を決めたのか私に歩み寄る。彼の顔面は血の気が引いて、唇は細かく震えている。……私はそんなに怖い顔をしているつもりはないのだが。彼の牛歩のような進みに痺れを切らした私は彼に素早く近づいて、肩を組み耳元に口を寄せる。
「なぁガク君よ……俺を飛ばしたのは、どうやったんだ?」
「ど、どうって……そ、その……」
「……ハッキリ喋らんか」
静かに、しかし声に圧を込めて耳元で囁くとガクは身体を強張らせる。彼の肩を掴む左手に力を込めながら質問を続けると、彼はぽつりぽつりと語りだした。
「て、転送は、指定したものを、指定した所に、飛ばす事が出来るんです」
「何処にでも行けるのか?」
「いえ、僕が行ったことがある所だけです……。そ、それに、一日にニ、三回しか出来ません……」
「成程……今までもああやって誰かを殺したことが?」
私の言葉にまるでバネ仕掛けの人形のように身体を跳ねさせた彼は、私の眼を見ながら答える。
「こっこっ殺しなんて! 誰かを飛ばしたことはありますが、直ぐに迎えに行ってました……。ラーベさんを迎えに行ったら、飛ばしたはずの所にいなくて、どうしよう、ってずっと思ってて……」
「……そうか。まぁ、俺じゃなきゃ死んでたぞ。良かったな? 人殺しにならなくて」
“人殺し”の単語に涙目になる彼に更問する。
「決闘の時に俺を拘束したのはどうやった?」
「あ、あれは魔素を固める魔術です……。止まってるものになら、大抵のものは固められます。というか、ラーベさんは、どうやってあれを解いたんですか……?」
魔素を固める、か……。攻撃を受けている状態ではないので自動防御術式が展開しなかったのか。これはちょっと問題だな。私を見縊って力を込めていなかったからか、それとも彼の力量不足なのか……。幸運なことに即座に対処できたが、今後似たような魔術を使う者が現れるかもしれない。その時、同じように対処できるとは限らない。私はその場で彼に何度も拘束の魔術を私に掛けさせ、その発動の兆候や抵抗法を検討する。
「ら、ラーベさん、も、もう……限界です」
「ん、そうか……俺も大分分かったしな。ご苦労だった」
拘束魔術についての考察を書き込んだメモ帳を胸ポケットに仕舞うと、肩で息をする彼を労う。満足気に頷く私を見て、固唾を呑んで我々を見つめていたビリネルと、決闘の原因にもなりシルヴィアに肩を外された大鎧の男がガクに駆け寄る。大鎧の彼は、私の言い付け通りに三角巾で腕を吊っていた。
「そ、その、ラーベさん……これでよかったんスか?」
「あぁ、大満足だ!」
ほくほく顔で頷く私に、ビリネルは安堵の表情を浮かべる。ヨロイの彼の為に怒ったりガクを慮ったりする彼は、仲間思いの良い奴なのかもしれない。少々感情表現が子供のようだが。ガクの背を擦りながら私を見るビリネルは、笑顔を浮かべて大声で宣言した。
「よかった! じゃあこれで俺達も“ラーベ一家の”金色の風ッスね!」
「……はぁ?」
「俺達、今日からラーベさんの舎弟ですんで! ザス!!」
「……舎弟? ……ざす?」
「ありがとうご『ザ』いま『ス』ッス! 俺達三人、ラーベさんについて行きやすんで! ヨロシャス!!!」
いい笑顔を浮かべる彼と、彼の後ろで頭を垂れる二人に、『頼りにさせてもらうぞ』と熱い目線を送ったギルド所長の顔が脳裏に浮かんだ。
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