表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/65

閑話 夜烏の眼は、別れを告げる。

「アリアちゃん、今日は定時で上がって、何か食べに行こうか」



 係長は大きく背筋を伸ばしながら、欠伸混じりの間の抜けた声で私に問う。ユルゲン・ユンカース。今年の春に開発隊群に着任した、士官候補生過程を修業したばかりの若手少尉だ。私は係長の胸元を見ながら答える。

 

 

「係長、わたしの料理、お飽きになりましたか」

「いやいや、そういう訳じゃないんだが……毎日作ってもらってるだろう? なんだか悪いな、と思ってさ」

「……なるほど、わたしの料理が重たい、と」



 係長は困った顔をしながら口元をモゴモゴさせている。目線を上に下に、頭をかいたり顎を撫でたり落ち着きがない。……なんだろう、何か悪いことでもしてしまったのだろうか。わたしが悪いことをしたら、また地下室に戻される?それは嫌だな。係長はいい人だ。わたしに痛いことをしたり、酷いことをしたりしない。

 

 

「あー……その、な。アリアちゃんがウチに来て三ヶ月だろう? お誕生日のお祝いも兼ねて、外食しようと思うんだが……どうだ?」



 顎先を撫でながら係長は、私から顔を少し背けながらそう言う。誕生日のお祝い……?言葉の意味が分からずわたしは首を傾げる。その様子を、係長はまた困った顔をして見つめている。

 

 

「一年間の無事と健康、それと益々の成長と発展を祈って、お酒を飲んだりご馳走を食べたりするんだが……」

「ごちそう!」

「そうだ、お肉も沢山、ケーキだって付けちゃうぞ! という訳で、今夜は外食にします!」



 右手を大きく突き出した係長はおー!と掛け声を掛けている。その様子を呆気にとられて見ていると、係長は私の右手首を握り、天に掲げさせた。

 

 

「おー! ほら、アリアちゃんも、声出して!」

「……おー?」



 そうそう、と満足げに頷く係長の笑顔は温かくて安心する。地下室からわたしを引き上げてくれたこの人の傍に、出来ることならずっといたい。そんなことをぼんやりと想っていると、部屋の扉が勢い良く開かれた。息を切らしながら入ってきたのは隣の科の研究員だ。彼は額に汗を浮かべながら、液体の入ったビーカーを係長に手渡す。

 

 

「ゆ、ゆ、ユルゲン君! つつついに! か、完成したぞ!!!」

「……メンゲレ博士、これは?」



 係長はビーカーの液体を陽に透かしたり臭いを嗅いだりしている。その様子に研究員は笑みを浮かべて答える。

 

 

「こ、この間話しただろう! こ、この術式があれば、か、渇き知らずだ!」

「……兵站維持の件、でしたっけ?」



 二人は何やら話し込んでいる。難しい単語が多くてよくわからないけど、係長を取られたみたいでモヤモヤする。でもこの研究員も、わたしを引き上げることに協力してくれた、いい人だ。大人しく二人の話を聞くことにしたわたしは、係長の傍の椅子に腰掛ける。

 

 

「こここれが! じゅ、術式を展開した成果だ! さ、さぁ!グイッと、い、いってくれ!!」

「博士、その……味見は?」

「しとらん! い、一番最初に、き、君に試して欲しいんだ! ぜ、前線を知ってる君にこそ、い、一番手を!!」



 興奮する研究員は眼をギラギラと輝かせている。それとは対象的に、係長は口元をへの字に曲げてその液体を見つめていた。

 

 

「ハカセ、これは何ですか?」

「こ、これは、兵隊さんが、飲水に困ったときに、つ、使う術式で、作った水だ!」

「そうだ、アリアちゃん。水が無くなると戦えなくなるから、飲水の確保は重要なんだ。なんだが……流石、馬鹿と天才の境界線で反復横跳びしてるだけはあるな……」

「さ、さぁ! 一気に! グイッと!!!」

「係長、なんで泣きそうな顔してるんですか……?」



 私の疑問に、係長は難しい顔をして答えない。……なにか不味い事でも聞いてしまったのだろうか?なんと言葉を接げばいいのか悩んでいると、研究員は大声で叫ぶ。

 

 

「へ、変な物など入っとらんから! さ、さぁ! わ、私の小便をオゴォッ!?」

「ユルゲン様に何を飲ませるつもりだっ!!!」



 小便!?小便だって!?私の係長になんて物を飲ませるつもりなんだこのおじさんは!!!頭より先に体が動き、研究員の鳩尾に拳をめり込ませた私を、係長は羽交い締めにしながら優しく宥める。

 

 

 

 

 ――――

 

 

 

 

「お、起きたかね? ほ、ほら、一式、も、持ってきたぞ」

「ん……」



 博士を待つうちに眠っていたらしい。ソファで横になる私には白衣が掛けられていた。足元には台車に載せられた、大小様々な用具が置かれている。起き上がった私は用具の使用法を確認しながら、一つずつ空間術式でコンテナに仕舞っていく。

 

 

「感謝しますわ、ハカセ。これで東部に行く目途が立ちます」

「そ、それはなにより。そ、その……ユンカース軍曹とも、な、なんだかんだで、長い付き合いだから……さ、寂しくなるな」

 

 

 伏し目がちな博士の肩を軽く叩き、用意したスクロールを手渡す。

 

 

「こ、これは何だね……い、移動系の、術式のようだが……」

「長距離転移術式を。使い方は記載の通りですわ。発動すれば、このペンダントの半径十メートル以内に転移します」

「な、何故そんなものを……?」

 

 

 博士は困惑した表情をしながら私に問うた。……浮世離れしている研究員だけあって、世情には大分疎いようだ。私は溜息を吐きながら今日の新聞を手渡す。

 

 

「ん……? 『立ち上がれ、国民諸君! 夜明けの日は近い!!』……? な、何だね、これは?」

「ここ最近、帝都だけじゃなくあちこちでデモやテロが起こってるの、ご存知無いのですか?」

「てててテロだって!? ななななんでまた!?」



 ……呆れた。世情に疎いどころではない。私は簡潔に今の情勢を博士に説明すると、彼は薄くなり始めた頭をガリガリと掻きむしる。

 

 

「たた確かに、ふ、不可解な停戦だと、お、思っていたが……」

「……あの暗愚の首が落ちるのも時間の問題ですわ。そうすれば、君主制が維持されるのか共和制になるのか、分かりませんが……」

「そ、それで?」

「後ろでイリルが絵を描いているのは間違いありませんわ。まず間違いなく公職追放が行われるでしょうね。“夜烏”は全員除隊して田舎に帰りましたわ」

「ななななんだとっ!?」

「……私には肉親の記憶がありませんが、ハカセの事は、親代わりだと、想ってますの。だから、ハカセには長生きしてほしいな、と」

「そ、それでこれは……?」

「命の危機を感じたら、躊躇わずに使ってくださいな。退職金も受け取りましたので、ハカセ一人ぐらい食わせていくことぐらいはできますわ。それに、東部でもきっと研究できますわよ? 隊長もハカセに会いたいでしょうし」



 私がそう言うと、博士はスクロールを胸ポケットに仕舞った。暫く無言でお互いに見つめ合うと、博士は右手を差し出した。私はその手をしっかりと握る。

 

 

「あ、ありがたく、う、受け取らせてもらうよ。ユンカース軍曹、ど、どうか無事に、ユルゲン君の元に辿り着いてくれたまえ!」

「……えぇ、博士もどうか御息災で」



 研究所を後にすると空は明らみ始めていた。少し仮眠をとって、商店が開き始めたら物資の補充をしなきゃ。特に隊長が好きそうな物を中心に。それが終わったらようやく私は東部に旅立つ。




後少しです。後少しで、お傍に参りますので――

少しでも面白いと思っていただけましたら、下記のフォームからブックマーク、感想、評価をお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ