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03 静かな暮らしのための計画を立てよう!

 街が見えなくなってから飛行術式で山の裾に向かう。捜索術式を展開し、山中の先行偵察を実施。



 山腹から流れる小川の辺に開けた場所がある。その付近を重点的に捜索する。捜索術式に表示された光点の大きさから、注意を要する生物は熊ぐらいか。拠点設置に支障のある目標の探知は無い。



 そのまま小川の辺に着陸する。開けた場所には焚き火の跡や、何かを囲むように掘られた溝があった。どうやら、ここがタルモ村の出稼ぎ労働者の拠点に間違いないようだ。



 野営術式を展開し拠点を設置しながら、門番から得られた情報を整理、統合していく。




 ――――

 

 

 

 まず、この街は大陸南東部を支配するペイル王国の南端を、テオドル辺境伯が治めている。『領主さまの街』とタルモ村では呼んでおり、東部冒険記でも『領主の住まう街』と記載されている。



 実際にはテオドル辺境伯の代官がこの付近を治め、辺境伯は王都に居を構えているようだ。五年前に魔獣の大量発生で大きな被害を受けたそうだが今は復興し、ここ数年は農作物も豊作で街の治安は良好だという。



 しかし、辺境伯領の北に隣接するオーラフ侯爵領との関係は不安定なようだ。テオドル辺境伯とオーラフ侯爵の個人的な関係が険悪で、それに影響される形で街同士の関係も悪化し始めているらしい。



 領地の境界には東西に山脈が走っており、そこには凶悪な大型魔獣も存在している。山を越えての直接侵攻の発生は見積もられないものの、オーラフ侯爵領内の治安悪化に伴い流民が発生し、街の外で盗賊化しているそうだ。



 オーラフ侯爵領との交易馬車が盗賊に襲われる事件が発生したことを受け、交易馬車が減便され、交易馬車が運行される際には警護依頼が冒険者ギルドに発注されるそうだ。



 一旗揚げたいなら警護任務へ!そういう触れ込みらしいので、目立ちたくない私は極力近づかないようにする。



 登録証は、登録者の実績に合わせて更新されいくそうだ。……受付嬢も読上娘もそんなことは一言も言っていなかったが。登録証の裏面の丸の数で上級登録証に更新される。木板、鉄板、銅板、銀板、金板の順に上がる。銅板登録者になって、ようやく一端。銀板になると貴族と同様の扱いを受けることもあるそうだ。



 この国では十五歳で成人を迎える。成人後は職に就くか、冒険者ギルドの登録者となる者が多い。冒険者として登録した者の大半は三十歳から四十歳程度で引退するものらしい。



 大抵の者が引退を考え始める歳で登録者デビュー。……それでは誰も私に期待なんてしないだろう。



 この国では銅貨、銀貨、金貨の三貨幣制度を採用している。十進法で、



 銅貨十枚=銀貨一枚

 銀貨十枚=金貨一枚



 となっている。門の衛兵の日当は銀貨六枚だそうだ。……空を眺めたり居眠り漕いたりで薬草六袋分か。良いご身分だな。



 冒険者ギルドの付近には酒場兼宿屋が複数あり、門番のお勧めは「羽獅子亭」だそうだ。料理の味はそこそこだが、量が多くて給仕嬢が可愛いらしい。……門番にとってはそこが重要なポイントだそうだ。



 彼は宿泊したことは無いそうだが、夕食が銅貨八枚程度で、宿泊料金は銀貨二枚から五枚程度らしい。採集物の収入だけでは街住まいは厳しいな。



 魔術についてはタルモ村に降り立った当初から違和感があった。井戸からの水汲みや火起こし、荷物の運搬など、術式を展開すれば一瞬で済むことも全て人力で行っていたのだ。



 帝都には「自然派」と自称する宗派があった。魔力に頼らず己の肉体のみを信じるという教義であったが、帝都での信者はごく少数であった。ペイル王国ではこの考えが主流なのかと思って話を聞いてみるとそうではなく、『属性』によって使える魔術が変わるという。

 


 属性に恵まれなければ大した魔術も行使できず、それ故に高級魔術師は庶民のみならず、貴族からも羨望の眼差しで見られるという。



 ……『属性』?



 どうやらこの国の魔術に関する知識は、大陸西部に比べて数百年の開きがあるようだ。





 ――――





 有史以来、魔術は人と供に在った。世界に遍く存在する魔素を体内に取り込み、物理の理を捻じ曲げる。人々は暗闇を克服し、版図を広げ、この力を繁栄の原動力としていた。



 飢饉、災害、そして戦争――



 人々は困難に直面する度に、それを打ち破ろうと飛躍的に魔術を発展させてきた。その成果が現在私が使用している『術式』であり、工業、物流、情報、経済……と、人々の生活に深く、密接に関係している。



 魔力を『炎』に変換する。私が冒険者ギルドの受付で行った魔力操作がそれだ。『術式』を用いない単純な変換は自らの意思のみで行えるが、精密操作が難しく、変換効率も著しく低い。その欠点を克服したのが『術式』である。



 予め用意した術式に魔力を注入する。それだけで明かりは灯り、人は空を飛び、魔素を物質変換することすら可能となる。



 各企業から様々な魔道具が開発販売され、人々の生活は豊かになる。その結果、各国間の貿易摩擦が発生し、その度に経済戦争、冷戦、戦争へと繋がり更に術式は発展し、戦争は拡大の一途を辿り、より一層術式は洗練されていった。



 大陸東部では飢えも争いも殆ど無いようだ。東部冒険記にも戦争の記述はないし、せいぜい貴族の小競り合いが十数年に一度起こる程度らしい。しかし、ここ数年は魔獣の生態が激変し、五年前にはこの街も魔獣に襲撃されたそうだ。



 東部冒険記によれば、この国で『高級魔術師』と呼ばれている者は、帝国の幼年学校の児童と同じ魔術水準とされている。私はなるべく人前で術式を用いないよう気を引き締めると共に、身の振り方について思考を巡らす。



 ……山中で隠遁する大魔術師ってのも悪くないな。





 ――――





 “モギの葉、ミドの実 それぞれ一袋銀貨一枚、食肉用獣は取れ高による”


 それが当面の私の収入のあてである。モギの葉は磨り潰すと鼻が通る匂いがし、風邪の鼻づまりや傷口の消毒効果がある。ミドの葉は小指の先程度の大きさで、熟すと赤く色づく。やたらと酸っぱく口にしたいものではないが、この実を乾燥させて粉砕すると痛み止めになる。これらの知識はタルモ村の住人から教わっていた。



 両方とも日当たりの良い水辺に群生するそうで、これらと時々獲れる獣があれば、村に持って帰れるだけの金銭の蓄えができるそうだ。



 冒険者ギルドの倉庫から借りてきたズタ袋は全部で十枚。これらを一杯にすれば銀貨十枚になる。収納術式を大っぴらにする訳にはいかないため、持ち帰ることが出来る量は限られる。



 食用獣もそうだ。薬草類で一杯になった袋を同時に背負うとしたら三、四袋が限界か。背負い籠を作ればなんとか全部背負えるかもしれないが、現金化できるような獣を持って帰るとしたら荷車が要るな。



 門からこの山までの距離は大人の足で半日程度。門番に見つからない距離に転送拠点を設定しているので私自身の行き来には時間が掛からないものの、流石に連日倉庫に持ち込めば怪しく思われるだろう。とすると、二、三日に一度収穫物を売りに行けばいいな。三日間の収入が銀貨十枚+α。門番の稼ぎの半分程度だが、街で暮らす訳でも無いので問題はない。収入で食料品を買い溜めすれば、しばらく山に籠もれる。





 収納術式を起動し収納品を確認する。





 作戦資材用コンテナには、実験航空隊が三十日間後方支援を受けずに行動可能な資材が格納されている。食料だけで考えても、私一人が食い繋ぐ量は十分にある。問題は味への飽きだが、自給自足出来ない時だけ摂るようにすれば問題はないだろう。



 資材は私の行動支援装置に格納されている。国外への無許可持出、格納物件の私的流用で極刑は免れないだろう。既に“処刑”されている私には関係はないが。



 川沿いの日が差し込む場所を進むと、目的の群生地を見つけた。腰を屈めて採集を行う。全て採り尽くすと今後の飯のタネ、いや、葉か……がなくなってしまうので、上の方の若い葉は残しておく。群生地の四分の一程度を採取したところで、ズタ袋四袋分が集まった。成果は上々である。



 途中で捜索術式に小型目標の反応があったため確認に向かうと鹿を見つけた。今夜は鹿焼きだな。





 ――――





 日も傾いてきたため拠点に戻り食事の準備をする。鹿は解体術式で切り分けた後、収納術式で私物コンテナに収納した。皮はなめし術式で処理し、リュックサックに入れている。かつて部下からチョコレートチューブ二本で教わった術式は、今それ以上に役立っている。



 ぼんやりと焚き火を眺めつつ、今後について考える。



 今日の昼に街を出発し山に到着。常人なら今頃は山の裾野だろう。そこから丸一日採集活動をしたとして、翌朝に街へ出発。昼頃に街に到着し、売却を済ませると再度山へ……。



 このサイクルであれば、やはり二、三日に一度のペースで現金収入が得られる。物語の中では大物を獲得して新人とは思えない程の活躍を果たすところではあるが、下手に目立ちたくはない。



 焚き火で炙った鹿肉が、油を滴らせて煙を上げる。単純な鹿の塩焼きだが、野生の旨味、というのだろうか、非常に満足度の高い逸品であった。



 腹も満たされた私は、冒険者としての静かな暮らしに確かな手応えを感じながら床につくのであった。

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