15 新たな世界に踏み出そう!
「さっき振りですね、ラーベさん! シルヴィアちゃんも! えーっと……ラインさん、も!」
「……レインだよ」
「ご、ごめんなさい……!」
カウンター越しに挨拶をした受付嬢のヘレナは、レインの名前を呼び間違えてバツの悪い顔をした。私達は先程提出した熊革の報酬と、私が請け負った小物入れの提出にやってきている。ちなみに、レインは朝一でギルドを尋ねた際に新しく冒険者登録を済ませた。彼女も正式に『ラーベ一家』の一員となったのだ。
「ヘレナさん。こちらの処理と、小物入れの件ですが……」
「そうだラーベさん!どうです?進捗は?いつ頃出来上がりそうですか!?」
朝もまだ早いというのにテンションが非常に高い。それだけ、このふさふさ兎革の小物入れが待ち遠しいのだろう。
「はい、こちらが、依頼の物になります」
「……は?いやいや、ラーベさん、確かに優先度は最優先でとお願いしましたが、別の依頼を請けてたんですよね?」
「まぁ、移動の合間にちょこちょこと……」
そう言ってヘレナの前に小箱を差し出す。これは拠点の近くに生えていた松を伐採し、木材加工したものを組み継ぎで仕上げた一品だ。蓋はスライド式で、この小箱だけでも十分な商品価値があると自負する。
「えーっと早かろう、悪かろうということはないですよね?」
「……それについては、直接御覧頂いたほうが……」
ヘレナは何やら渋い顔をしている。……久しぶりのモノづくり、長雨の暇潰しも相まって興が乗ってかなり凝った仕上げだ。
使用した革は兎の物だ。腹側の白い部分をメインに、贅沢に一枚皮の総被せで。革の厚みを魔力操作で少しずつ削っていき、半分程度の厚さになったところで毛並みに沿って裁断する。
マチの部分も当然腹側の白い革を使う。裏張りも兎の物だ。裏張りは背中側の茶色の革を使い、アクセントを演出する。
革の厚みを整え、同じ大きさに裁断。なるべく縫製部分が目立たないように、使用する糸も極細の物を使用した。だが、目立たないようにと細い糸を使ってすぐに解れたり破けてしまうのは本末転倒だ。そこで、糸は魔素変換で作り出したワイヤーを使用。
裏革と表革の間に金属製のホックボタンを取り付ける。ボタンを目立たなくすることにより外見はスマートな印象を与え、しかししっかりと被せをホールドできる。
最後の仕上げだ。私になめし術式を教えてくれた部下は、革は使い込んでいくことによるエイジングがいい味を出す、革が馴染んでいくための術式“丹念なめし”……だったか?を村で編み出したと言っていたが、今回は毛革を使用している。表は白色なので、なるべく“味”が出ない方が良い。防汚術式と防損術式、そして魔素供給術式を革の内側に焼き付け、ワイヤーで縫い留める。コバは敢えて磨かず、毛で縫製部分を目立たなくする。自分用に片手間で作ったものでなく、細部まで拘りを持って作り上げた、職人も唸る納得のクォリティだ。
自信満々でこの小物入れを提出したところで一つ、最も重要なことを忘れていたことに気付く。ヘレナとは小物入れの細部の打ち合わせを、全く、していない。
「……その、一度確認していただいて、気に入らなければもう一度作り直しますんで」
私がそう言うと、ヘレナはまぁそういう事なら……と小箱を開ける。
ヘレナは目を見開いた。まるで精細な硝子細工を取り扱うかのような手付きで『ふさふさ小物入れ』を取り出す。二、三度表面をゆっくりと撫でた後におそるおそるといった手付きで小物入れの蓋を開ける。
小物入れの内部に指を入れ、感触を確かめる。
無言の検品が続く。朝もまだ早いギルドには仕事の確認に来る冒険者でごった返しており、そのざわめきが、嫌に耳につく。
――――
「隊長、聞いてくださいよ……」
部隊の詰所に置いた暖房術式で暖を取る私に、部下の一人が声を掛ける。
「どうした、ハンス。カードでチョコでもスったか?」
「そっちのが余程マシですよ。いえね、この間の戦功休暇に家に帰ったらですね……」
ハンスの顔色は暗い。戦功休暇とは、戦功を挙げた部隊や個人に付与される特別休暇だ。我々『実験航空隊』は南侵してきたイリル王国の機甲部隊の排除に著しい功績を認められ、隊長の私以下全員に三日間の戦功休暇が与えられたのだ。
「……どうした。家に帰ったら間男でもいたのか?」
「なんてことを言うんですか!? 違いますよ、もう! ……久しぶりの帰宅なんでね、息子に玩具を買っていったんですよ。帝都で流行ってる戯作の、兵隊人形なんですがね……そうしたらですね、『これじゃない!うまがいいの!!』って泣くんですよ……」
その場で話を聞いていた全員があちゃあ……と苦い顔をする。そりゃそうだ。遠征中に珍しく帰宅した父親としては暖かく出迎えてもらいたい。良かれと思って買っていったお土産が原因で子供に泣かれたのではたまったものではない。その場にいた子持ちの隊員がハンスを慰める。
「隊長、よければ、その……」
先任曹長が私の顔色を伺う。彼は下士官の規律維持や心情把握等、重要な役割を担っている。
「……この精神状態では役に立たん。ハンスに対して“士気回復薬”の使用を許可する」
士気回復薬とは、穀物類を発酵させ蒸留した後に樽で保管した独特の香気を放つ琥珀色の液体で、服用すると体温の上昇、精神高揚等の効果がある。行軍中の部隊では飲酒が禁止されている。飲酒による規律違反を防ぐためだが、要は規律違反を起こさず、“飲酒”をしなければいいのだ。
“士気回復薬”は酒ではない。薬である。断じて。
「お気遣い、感謝します……」
先任曹長から“士気回復薬”の入ったグラスを受け取るハンスの顔色は暗い。……これが気分転換になればいいのだが。
――――
いかん、現実逃避していた。意識をヘレナに戻して彼女の顔を見ると、彼女は涙を流していた。……『コレジャナイ』、か。ちょっと調子に乗りすぎたか。
「あの、今度は、もっと、打ち合わせをしてですね……作り直します」
「……ちがう、違うんです、ラーベさん、ごめんなさい。……ごめんなさい!」
そう涙を流す彼女は勢いよく立ち上がる。その声にギルドにいる冒険者達がこちらに注目する。
「あの、ヘレナさん、落ち着いて……」
「あ……。ご、ごめんなさい。その、少し取り乱しました。」
「今回の依頼は、失敗ということで――」
「だから違うんです!!!」
彼女はまだ落ち着いていないようだ。カウンターの奥の出入り口から、ランド所長がこちらに近付いてくる。今はガダル薬品店の老人薬師の“取り調べ”をしているのだが、ヘレナの大声を聞きつけてやって来たのだろう。
「どうしたヘレナ。……おい兄ちゃん、アンタなんかやったのか?真面目な奴だと思っていたが……」
「所長!違うんです!その、依頼品の素晴らしさと、えと……ラーベさんに、その、申し訳なくって、少し取り乱しました……」
その言葉にランド所長はふさふさ小物入れに手を伸ばして……ヘレナに遮られた。
「申し訳ないとは、どういうことですか?」
「……正直に言いますと、最初はラーベさんのことを変な格好した食い詰め者だと思ってたんです。仕事を首になって、その歳で冒険者になったんだと……」
……結構酷いこと言うな。しかし、変な食い詰め者か……。
「でも、仕事はちゃんとしてますし、腕っぷしも強くて、態度も、ええと……紳士的、ですし……それにこんなに良い物を、無理を言っているっていうのも承知してますが、こんなに早く作っていただけるなんて、と思ったら、罪悪感が……」
当初、私に対する態度が悪かったのも、問題があって冒険者になった人間だと思っていたからか。それが間違いであることに気付き、罪悪感で涙を流した、と。
ヘレナ、結構いい人なのかもな……。
「ヘレナ、その小物入れ、よく見せてくれないか?触らないから」
ランド所長がそう言うと、ヘレナは渋々小物入れを机の上に置き、ランド所長は小物入れに手を翳す。
……そういえば、薬草採集の初仕事の際、採集袋に手を翳して採集物の嵩増しをしていないかどうかを判定していたな。――“鑑定”持ちだったんだ!私が止める間もなく“鑑定”を終えた所長は私に言う。
「……おい兄ちゃん、後で裏に来い」
――――
「先程は大変失礼致しました。申し訳ありません。こちらの指名依頼は、問題なく完了致しました。登録証をお願いします」
丁寧な口調で告げるヘレナに我々の登録証を手渡す。ヘレナの態度からは慇懃無礼さは微塵も感じられず、本当に敬意を払っている様子が伺える。
「それでは、今回は緊急度、重要度共に最高で依頼をしておりましたので、成功印を……」
そう言いながら彼女は我々の登録証の裏面に丸を刻んでいく。二つ、三つ、四つ、五つ、六つ……
『ちょっ!? 待てよ!!』
「え!? ラーベさん今なんて!?」
……焦って母国語が出てしまった。
「ヘレナ、押し過ぎなのだ!」
「何を言ってるのシルヴィアちゃん!! 依頼を受注してから完了までの速度! 作成された物品の完成度! それに、この入れ物まで作る心配り! それに報いずに何をせよと言うのです! お金は、その、厳しい、ですが……」
そう言いながらどんどん丸を付けていくヘレナ。あぁ、指名依頼の成功実績で色を付けると言っていたな……。
「あっ! ラーベさんもシルヴィアちゃんも、成功印が二十個越えましたよ! これまでの実績も問題ありませんので、登録証の変更手続きをしてきますね!」
暫くすると、満面の笑みを湛えたヘレナが戻ってきた。
「おめでとうございます! こちらが新しい『鉄板登録証』です! これがあれば木板掲示板以外からも仕事を請けられますので、世界が広がりますよ! 二十個越えた分については繰り上げてこちらの登録証に付けておきました! レインさんのも丸を付けておきましたので、すぐに昇格ですね!」
「……私にも実績が付くの?」
「え? だってラーベさんが作成中に一緒に行動してたんですよね? ご飯とか警戒とか……そういうところも含めて評価いたしました」
もじもじとした動作で登録証を受け取るレイン。今まで“評価”なんて碌にされてこなかったのだろう、褒められ慣れていない顔の女の頬は薄く赤らんでいる。しかし、世界が広がる、か……。つい先程までは木板で細々と生きていければ、と思っていたのだが、登録証のせいで舐められるのもまたトラブルの元だ。確か銅板に至ってようやく一端だったか……。少なくともそれまでは速やかに昇格しておいた方が良いだろう。シルヴィアも昇格して新しい仕事を待ち望んでいた。彼女はそわそわと依頼の張り出してある掲示板に目線を向けている。私は二人の頭を撫で、“新しい世界”とやらに何があるのかを確認に向かった。
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