14 ギルド所長は怒り心頭
「しっかし……こりゃあ、酷ぇな」
冒険者ギルドのランド所長は私が提出した薬草採集に係る薬品店の依頼書を手に、その髭面の厳つい顔を顰めている。所長が問題視しているのは採集依頼の内容と、損失補償に関する追記に関してだ。
「こういう直接買取ってよくあるんですか?」
「あぁ、ガダル薬品店からの依頼はたまに仲介するが、こんなやり口だったとは……スマン、こちらの管理不行き届きだ」
収集物を確認するカウンターに手をついて深く頭を下げるランド所長にレインが問う。
「私達は奴隷に落とされかけたんだけど……今までこういうトラブルって無かったの?」
「奴隷落ちだって!? おい嬢ちゃん、そんなこと言われたんか!?」
「えぇ。違約金が払えないなら奴隷に落とすぞって。それが嫌なら収集物を全部置いていけ、って」
顔を上げたランド所長のこめかみには血管が浮き上がり両手は固く握られ、鎚のような拳がカウンターを震わせている。怒りだ。激しい怒りが伝わってくる。
「所長、落ち着いて……今までこういう問題は起こらなかったんですか?奴隷に落とされた冒険者とか……」
「いや、一件も報告されてない。おそらくだが、無茶吹っ掛けて失敗させてから違約金だの奴隷落ちだのをちらつかせて、採集物を巻き上げては口止めでもしてたんだろう。糞爺め……っ!」
「成程……採集物の直接指定については?」
「あの糞爺、仲介依頼の時はヘビイチゴの採集とか抜かしてやがった……っ!」
「あのじいさん、最初から冒険者をハメようとしておるではないか!」
「ラーベ殿、ああいう輩は同じことを繰り返すよ。泣いたり笑ったりできないようにしなくちゃ」
「そうだな、兄ちゃん。今まで被害に遭ってきた連中もいるはずだ。ギルドとしてもきっちり型に嵌めてやるぞ!」
薬品店の薬師については厳しい処遇が下りそうだ。しかし、レインは意外と物騒なことを言う子だな……。薬師に支払った金貨五十枚は痛いが、これでもう被害に遭う冒険者がいなくなる、と思うことにしてなんとか心に整理をつけた。
「それでランド所長、こちらなんですがね……」
「うん?なんだこの鉢は……?」
リュックサックから萬寿草の鉢植え二つと麻袋を取り出してカウンターに提出する。ランド所長は鉢植えに掛けていた日除けを外すと目を見開き言葉を失った。
「一応依頼は依頼だったんで採集はしてきたんですよ。でも、こちらの……葉を買い叩かれそうだったんで依頼失敗として持ち帰ってきたんです」
「嘘だろ……こんな状態、見たことねぇ……」
「ちなみに採集した葉の方は、最初金貨二枚と――」
「はあぁぁ!?」
カウンターから身を乗り出し大声を出す所長。顔が近い!所長は身を乗り出したまま麻袋から萬寿草の葉を取り出し、日にかざしたり鼻に近づけたりして品質を確かめている。
「葉がシナシナだとか虫に食われてるとか言われてな! 金貨一枚に値下げされたぞ!」
「有り得ねぇ! よく持って帰ってきてくれたな……」
「えぇ、でもその御蔭で素寒貧でして……色付けてもらえると助かるんですが……」
違約金はビリネルとの決闘で得た賭けの儲けで支払った。大穴で大勝ちだったが、今の私には銀貨が数枚しか残されていない。暫くは働かなくても食っていけると思っていたが……あぶく銭とはいえ、こんな形で失うとは思ってもいなかった。やはり急な出費に対応できるようある程度の蓄えは必要だな。この萬寿草の買取で大分儲けは出るのだが、少しでも多い方がいい。確かギルドでの買取額は――
「さっき話したとおり、殆ど出回らないもんだから過去の実績額で買い取らせてもらうが……葉の方は金貨二十枚。鉢植えの方は……どうしたもんか……」
顎髭を撫でながらランド所長は思案する。因みに、過去の実績というのは三年前に萬寿草を買い取った時の金額だそうだ。我々が薬品店に行く前に、市場調査として萬寿草の買取額を確認した。その時には鉢植えを仕舞っていたので買取額については葉の部分だけの確認だったのだ。
「所長さん、この街って競りは無いの?」
「競り、競りか……! それもいいな。いや! それがいいな!」
レインの言葉に所長が大きく頷く。競り?とレインに顔を向けると、オーラフ公爵領では市が開かれる時は併せて競りも開かれていたそうだ。
「兄ちゃん、この葉と鉢植え、ギルド預かりにしねぇか? 競りに掛ければとんでもねぇ額が付くぞ!」
「何故預けるのだ? 自分で売ったほうが手っ取り早いではないか!」
「嬢ちゃん、それも一つの手ではあるんだが……額がデカイ物の競り出しはオススメできねぇな……」
「……腐った輩に絡まれるから、でしょう?」
「その通りだ。大金を受け取った出品者が、闇討ちに遭う事件が起こるかもしれんからな」
それもそうか。我々が野盗如きに遅れを取ることは無いだろうが、変に顔が売れてタカられたり難癖を付けられるのは御免だ。私はランド所長の提案に乗ることにした。
「で、ギルド預かりの場合なんだが……ニパチでどうだ?」
「私達が二割、ギルドが八割……?」
「逆だ逆! そんなアコギな真似しねぇよ!」
横目でレインを見ると小さく頷いている。どうやら妥当な金額のようだ。
「でも所長さん、言っちゃ悪いけど、こんな辺鄙な街で……お客さんなんて来るの?」
「任せとけ、嬢ちゃん! 市まで二日あるからな、打文して各支部に知らせりゃ全土から人が集まるぞ!」
「……打文?」
「あぁ、ギルドの緊急連絡網だ。物が物だからな、今回は連絡網を使おう。本気の奴は、大枚叩いてでもこの街にやってくるさ!」
預かり証明を記入する所長は怒りも吹き飛んでウキウキとした表情を浮かべている。……お気軽な人だな。証明を受け取ると、私はリュックサックから熊の毛革を提出した。萬寿草がすぐに現金化できなかったので当面の活動資金が必要なのだ。独りで生きていくなら数枚の銀貨があれば十分だが、今の私にはシルヴィアとレインに対する責任がある。その辺の草と獣でも食っとけ!という訳にはいかないのだ。
熊革の査定が終わると倉庫の扉が勢い良く開かれた。息を切らしながら倉庫に転がり込んできたのは、ガダル薬品店の老人薬師だった。
「あぁ! クサカリさん! さっきのは間違いなんです、間違い!!」
「……何が間違いなんだ糞爺、テメェにゃ聞きてぇ事が山程あるんだ。ちょっとこっちに来い!!!」
弁解する機会すら与えられずカウンターを飛び越したランド所長に首根っこを鷲掴みにされた薬師は、何やら叫びながらランド所長に引きずられてギルド建屋に連行された。
「……俺達も、お金、受け取りに行こうか」
買取の証明書を片手に二人に声を掛けると、二人は静かに頷いた。
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