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12 雨上がりは、波乱の幕開け。

 リリス改めレインがパーティーメンバーに加わってから二日と半日、雨はずっと振り続けていた。この間、私はシルヴィアとリリスの装備品やギルド職員のヘレナから請け負った革細工の作成、そして七日市で売りに出す商品を、せっせせっせと作成していた。三日目の朝、雲の切れ目から顔を出した太陽を三人で並び見、揃って大きく背を伸ばす。その仕草に誰とはなしに笑い始める。



「じゃあシルヴィア、雨も上がったことだし、訓練を再開しようか」

「……訓練?」



 訓練という単語に首を傾げるレインに、私とシルヴィアが行っている“超一流への道”について説明すると、彼女は興味深そうに大きく頷いた。

 

 

「シルヴィア、訓練内容の一部変更を達する。萬寿草の捜索に加え、オサを見つけ次第この場所に連れてくること。いけそうか?」

「うむ! お安い御用だ! 萬寿草を見つけたら笛を吹けばいいのだろう? 途中でオサを見つけたら、ちゃあんとここに来るように伝えるからな!」

「オサって……この白狐のオサのことだよね? そんなにすぐに見つかるの?」

「久し振りの長雨だったからなぁ。多分、まだ崖の穴ぐらに籠もってると思うぞ!」



 レインの疑問に即答するシルヴィア。お安い御用でチョチョイのチョイだ!と駆け出していったシルヴィアを見送り、私とレインは朝食の準備を進める。萬寿草の採集とオサとレインを引き合わせたら、ギルドと薬品店に向かおう。それと食料の買い出しもしなきゃな。この三日間保存食ばかり食べ続けていたからか、新鮮な野菜を食べたいと私の身体が求めている。ちょっと前までは肉だけ食べてりゃそれで大満足だったんだが、最近は少々食傷気味だ。

 

 

 ――肉なんてな、いい肉を、二、三切れ食べたらな、後は余韻を楽しむんだよ。そう言ったのは誰だったか。軍務卿だったか、それとも東部戦線の前線指揮官だったか――何にせよ、その時は中年が何か言ってやがるなと鼻で笑っていたのだが、自らの身を以てその意味を実感するとは。年は取りたくないものだな。若い頃はあんなに大人に憧れていたのに。……今の俺は、あの頃憧れていた大人から大きく離れてしまっている。どうして、こうなったんだろうな。今の生活は苦ではないが、それでも私は、中年になった今でも、余裕を持った“大人”に憧れる。

 

 

「ラーベ殿! 鍋! 吹きこぼれてる!!」

「おぉっとぉ! ……ちょっと底が焦げちまったな。済まん、シルヴィアにはナイショで」

「それはいいけど……その、ラーベ殿って、意外と……」

「意外と? なんだ?」

「いや、なんでもない!」



 なんでもない訳ないだろ~!と、彼女の頭にワッシワッシと撫でくり回す。きゃあきゃあ言いながらも避けようとはせず、されるがままの彼女は笑顔を浮かべている。

 

 

「その、ラーベ殿って、いろんな魔法を使ったり、料理もしたり……なんでも出来ちゃう完璧な人だと最初は思ってたけど、意外と、その、抜けてるんだなぁ、って」

「そりゃそうだ! ……完璧な人間なんていないさ。俺は誰かが傍にいてくれないと駄目なんだ。元が駄目人間だからなぁ。独りだと、ズボラを拗らせてとっくに死んでたさ」

「そんなこと……」

「シルヴィアと出会わなければ、憂鬱な気分のまま、俺は死んでただろうな」



 私の言葉に神妙な顔つきになるレイン。妙な空気に割り込んできたのは、巨体を優雅に揺らしながらやってきた白狐のオサだった。

 

 

≪ムコ殿よ、我を呼び付けるとは……いいご身分だな?≫

≪おっ! オサか……急に後ろから現れたらびっくりするだろ!≫



 私達の背後から気配を殺して現れたオサに、レインは咄嗟に右手を肩に持ってきて、苦い顔をする。いつも大剣を背負っていたからだろうか、癖になっていた動作が大剣を降ろした今も出たらしい。

 

 

「ら、ラーベ殿、この大狐は……」

「そうだ、この白狐の里の、オサだ。図体はデカイが良い奴だぞ?」



 オサはその鼻先をレインの胸元にグリグリと押し付けている。私の足元に何かが擦り付けられる感覚に目線を下ろすと、子狐が私の足元をうろちょろしている。子狐を胸元に抱えると、私はオサに問う。

 

 

≪オサよ、この少女は、きっとオサの同族だ……と、思う≫

≪……なんだ、歯切れが悪いな。しかしそうだな、この目元、スヴェアの面影が……いや、カノウか?≫

「ラーベ殿、その……オサ、か? オサと見つめ合って、一体……?」

「あぁ、オサは念話が使えるんだ」

「念話っ!?ど、動物と!?」

≪……失礼な娘だな。誰に似たのだ?≫

≪……オサじゃないのか?≫



 鼻息荒く憤慨するオサに、レインにオサの記憶の転写をするようにお願いすると、オサは意外にもあっさりとそれを受け入れた。彼女に軽く説明し、後はオサにお任せだ。記憶の転写が終わるまで朝食の準備を進めるか。私は子狐を地面に降ろし、軽く焦げたスープの味を整え始めた。暫くすると辺りに呼笛の音が響く。どうやらシルヴィアが萬寿草を見つけたらしい。この森は彼女の庭だと豪語していたが、その言葉に間違いは無かったようだ。私はオサに頭を齧られているレインにシルヴィアのもとに向かうと告げ、その場を後にする。



 短距離転移でシルヴィアのもとに向かうと、その光景に驚いた。ここ数年、市場に上がることはなく、その価値は一株分の葉で金貨十枚という萬寿草が辺り一帯に生い茂っており、朝露に濡れるそれは陽の光を浴びてきらきらと輝いていた。大量に採集して市場価値を落としたりこの地を求めて採集者が大挙して押し寄せても困るので、今回の依頼に必要な分より少しだけ多く採集しシルヴィアと共に拠点に戻る。

 

 

 拠点に戻った我々が目にしたのは、驚きの光景だった。オサの首に抱きつき涙を流すレインと、彼女の背中に前足を回して鳴き声を上げるオサ。

 

 

≪……貴様には、辛い思いをさせてしまったな≫

≪オサのせいじゃない。オサも、辛く、長い旅を……≫



 どうやら彼女にはまともな記憶が転写されたようだ。そうでなければ、自分の男自身を“聖剣”と言い張るエロ爺と抱き合う訳なんて無いからな。暫くそっとしておこう。私は用意した朝食を三人分取り分け、オサと子狐と彼等の仲間の分として鹿肉を取り出す。長雨で碌に狩りもできなかっただろう。あまり野生の動物に餌を与えるのも良くないが、こんな時ぐらいはいいだろう。

 

 

 簡易椅子に腰掛け朝食を食べる三人と、鹿肉に食らいつく二匹。……全部食うなよ?と釘を刺すと、名残惜しそうに肉から口を離す。朝食を食べながら今後の方針を三人で話し合っていると、不意にシルヴィアが立ち上がり周囲を警戒し始めた。忙しなく周囲を窺う彼女の様子に、私とレインも警戒の度合いを高める。

 

 

 捜索術式を展開すると、オサと子狐がのたうち回る。そういえば、この術式は彼等にとって騒音だとシルヴィアが言っていたな……。仕方なく捜索を中止し、五感にて警戒することにした。術式も使えず、息を潜め、只自分の感覚のみを頼りに哨戒する。この背中がひりつく感覚、泥沼の東部戦線を思い起こさせる。

 

 

「……来るぞ!」

「……シルヴィアちゃん、何が――」



 レインが口にした瞬間、黒い暴風が我々に襲いかかる。素早く散開し臨戦態勢を取ると、黒い暴風はその身を大きく震わせて我々と対峙する。黒狐――その巨体はシルヴィアと同じか、やや大きいぐらいだ。

 

 

≪娶りに来たぞ……この我の物となれ、樹海の最強よ!≫

「断る!!!」



 山、樹海、森の端の狐の一族は、それぞれの“最強”が互いに争い、勝った者が敗北した一族の中から嫁ないし婿を取る――その慣わしに則り、シルヴィアに挑んだこの黒狐は山の一族の“最強”だ。

 

 

「我はこの者たちと生きていく! 邪魔をするな!」

≪……貴様、人間風情に尻尾を振るか!≫

「なんとでも言え。我が認めたこの男は、我よりも強い。強き者の旅路を助ける。それが盟約ではないか!」



 シルヴィアがそう言うと、黒狐はゆっくりと視線をこちらに向ける。レインは大剣を抜きはしないまでも、柄に手を掛けて何時でも戦える態勢を整えている。

 

 

「山の最強よ、一つ聞きたい」

≪人間風情が我に口をきくかっ!≫

「シルヴィア……姫を娶って、彼女を幸せにすると誓えるか?」



 私の言葉に黒狐は鼻で嗤う。侮り、蔑む目線を送って。

 

 

≪何を言うかと思えば世迷言を……強き者に拐われる。それが女の歓びだろう?≫

「んな訳あるかッ! お前なぞに、お前なぞにシルヴィアはやらんッ!!!」



 感情のままに大声を出したのは何時ぶりだろうか。冷静になりオサに目線を送ると、彼は静かに二、三度頷いた。どうやらオサも、シルヴィアを黒狐のもとに嫁がせることを良くは思っていないようだ。

 

 

 私は軽く腰を落とし、半身に開いて黒狐に向かう。

 

 

「……来い、山の“最強”! “人間”の力を、見せてやるッ!」

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