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11 半魔の勇者に新しい名を

「シルヴィア、この時期の雨は長引くのか?」

「う~ん……そうでもないぞ。ザッと降って、パッと上がるのだが……最近は雨、降らなかったからなぁ。今日は止まないかもしれん」



 弱まらない雨音を背景にテーブルに頬杖をつきながら、私は床でゴロゴロしているシルヴィアに尋ねる。この雨が上がらなければ外に行くこともままならない。萬寿草の提出期限までは余裕があるとはいえ、なるべく早目に自生地を見つけて採取してしまいたい。



「確かに……俺達が冒険者になってから雨なんて降らなかったもんなぁ。こういう時、普通ならどうするんだ?」

「……穴ぐらでじっとしていたね、私は」



 雨の日の過ごし方をリリスに尋ねたが、返ってきた言葉はあまり参考になるものではなかった。リリスは床に敷いた虎の毛革をサラサラと撫でている。……今日はもう外に出る気力が湧かないな。晴耕雨読。普段畑を耕している訳ではないが、こんな日は本でも読んで暇を潰そう。私は東部冒険記を取り出しパラパラと頁を捲る。暫くすると、シルヴィアはすやすやと寝息をたて始めた。……平和だ。本から顔を上げるとリリスと目が合う。そうだ、リリスには渡すものがあったんだったな。

 

 

「シルヴィアも寝ちまったし……ちょっと話がある」

「あ、あぁ……そ、その、な。私は初めてだから……出来れば、出来れば優しくして欲しいな……」



 もじもじと身体を左右に揺らすリリスの顔は、赤く染まっている。

 

 

「子供が寝てる横で求める訳ないでしょが……っ! というか俺は……いや、なんでもない。君には、これを」

「……これは……?」

「あて布だ。月のものがあるんだろう? 話ってのはな、シルヴィアのことなんだが……彼女は人の身体になったばっかりなんだ。正直、男の俺では分からんことが山ほどあるから、彼女の面倒を見て欲しいんだが……」



 そう言うとリリスは俯き、細かく震え始めた。バッサリと切った不揃いな髪が首筋に流れる。そうだ、いい機会だし彼女の髪を整えるとするか。

 

 

「髪の毛、切ろうか。適当に切ったから襟足がガタガタだ」

「……いいのか?」

「何がだ? 全体的に……こう、モサッとしてるから襟足を整えていい感じに梳こうと思うんだが、何か希望はあるか?」

「……私の髪に触る人間なんて、母親の他にいなかったから……嬉しい。ラーベ殿にお任せするよ」



 微笑みながら答える彼女を部屋の隅に移動させ、収納術式を展開して床屋さんセットを取り出す。その様子を目を丸めながら見ていた彼女を落ち着かせ、彼女の髪を整え始める。

 

 

「手慣れてるね、ラーベ殿」

「あぁ、部下の髪をよく切っていたからな」



 小気味のいい音を立てながらリリスの髪を切っているとシルヴィアがむくりと起き上がった。暫く黙ったまま私とリリスを見ていた彼女は、結いている紐を解き自分の頭をワシワシとかき混ぜた。

 

 

「あぁ~、ラーベぇ~! 髪がぐしゃぐしゃになってしまったのだぁ~! これはもう、自分ではどうしようも、ないのだ~!!」

「……後でな」



 リリスはそんなやり取りをくすりと笑い、幸せだなぁと呟いた。今まで彼女がどんな暮らしをしてきたか、想像するに難くない。……まだまだだ。禍福は糾える縄の如しと言うが、辛い思いを味わってきた分、もっともっとリリスを幸せにしてやろう。



「……よし、髪を飛ばすから目を瞑ってくれ」



 リリスの髪を切り終わり、細かい髪をブローで飛ばして清浄術式を展開する。サイドを長めにしたショートカットの出来は、我ながらいい仕事をしたと思う。よし!終わったな!と寄ってきたシルヴィアの髪を手櫛で整えてやると、嬉しそうに顔を緩める。私ももう一ヶ月以上髪を切ってない。いい機会だし切っておくか。バリカンを取り出しサイドと襟足を短く刈り込んでいく。自分の後頭部を観測球で確認しながら。

 

 

「ラーベ殿は一体何者なの……?魔力を形にしたり、何も無いところから物を取り出したり風を起こしたり……属性が全然分からないよ」

「……あぁ、俺の生まれた国では“術式”が普及しててな。魔力を持った人間なら、大抵のことは出来るぞ」

「……そんな国、聞いたことない」

「山脈の西だからなぁ。こっちとは人の行き来が殆どないんだ。知らないのも無理はないさ。……そうだ、スクロールは普及してるのか」



 私の問にリリスは顎に手を当てて考え込んでいる。

 

 

「……魔道具ほどじゃないけど、やっぱり高いから中々手は出なかったな」

「どんな種類があるんだ?」

「そうだね、結界を張るものなんかは何回か見たことあるよ。護衛任務の時も使ってる人がいたし……確か、金貨十枚くらいだったかな?」

「金貨十枚!?」



 驚いて左サイドをガリっとやってしまった……。クソッ!!なんとか手直しを……出来るか?右側もバランスを取ればなんとか……。

 

 

「でもラーベ、そんなもの無くても結界なんて張れるじゃないか!」

「あぁ、俺達が使うんじゃなくて、七日市で売ろうと思ってな。しかし、金貨十枚か……」

「……作る? スクロールを? ラーベ殿はそんなことも……」

「術式を紙に書いて魔力を充填しておけばいいんだろう? 物を作ったりするのは好きだし、この雨が上がるまでの暇潰しにもなるだろう」



 暇潰しでスクロールを作るという私を、信じられないものを見る目でリリスが見つめる。そんな熱い目線で見られると照れるなぁ!髪を切り終わった私は二人に感想を求める。なんとかリカバリーしたが……酷評されたらいっそ丸刈りにしよう。

 

 

「おっ! サッパリしたな! なんかな、少年みたいだぞ!」

「しょ、少年……?」

「え~っと、なんと言うか……爽やかな感じ? がするよ」

「……世辞はいらんから、正直に教えてくれ。変じゃないか?」



 心配する私を余所に、シルヴィアもリリスも太鼓判を押す。どうやら丸刈りにしなくても良さそうだな。しかし少年か……微妙な感想だな。次は驚かされないように一人の時に切るとするか。

 

 

「そういえば、ラーベ殿はいくつなの?」

「三十だ。冬で三十一になる」

「うっそ!? ちょっと年上だとは思ってたけど……」

「……貫禄不足なんだ。気にしてるから、あんまり触れないでくれ」



 リリスはこくこくと頷く。シルヴィアは不思議そうな顔をしながら私に尋ねる。

 

 

「なんだ? 若く見られるのがそんなに嫌か? 我はラーベがどんな見た目でも気にしないのに!」

「そうだな……さっきシルヴィアは子供みたいって言われてどう思った?」

「……確かに、いい気はしないな」

「それにな、交渉の場だと、若いってだけで舐められることもあるからな……」



 舐められるということに同意しているのだろうか、リリスは深く頷いた。

 

 

「私はこんな見た目だから……採集物を買い叩かれることもあったし、見た目はかなり重要だよ」

「そうだなぁ……俺、ヒゲでも伸ばそうかな……」



 ヒゲと聞いてシルヴィアは笑い出す。……私が髭を伸ばした姿でも想像したのだろう。彼女の様子を見ていたら伸ばす気も失せてしまった。

 

 

「そうだ! ギルドで何か面白い仕事でもあったか? 魔獣討伐とか!」

「いや、俺に指名依頼が入ったぐらいだな」

「指名依頼!? 木板なのに!?」

「あぁ、革細工の作成だ。……そうだな、雨も止みそうにないし、ちゃちゃっと作るか。……そういえばリリス、君は新しく冒険者登録するんだよな?」

「うん……ラーベ殿達についていくならその方がいいと思うし……他に出来ることもないから」



 自嘲気味にリリスは嗤う。自ら望んで冒険者になるものもいれば当然食い詰め者もいる。その姿から周囲に疎まれていた彼女は、冒険者になるしか無かったのだろう。行動を伴にする中で、彼女自身の人生の目的が見つかることを願おう。

 

 

「じゃあ、新しい名がいるな……勇者としてのリリスは死んだことになっているから……」

「そうだね、その、お願いがあるんだけど……ラーベ殿、貴方が、私の名前を付けてくれないかな?」

「おぉ! それがいいな! 我の名もな、ラーベに付けてもらったのだ!」



 勢いよく立ち上がったシルヴィアの頭を撫でながらリリスは微笑む。……尊い。しかし名前か……。『シルヴィア』はその髪の色を捩ったり捻ったりして、最終的に清楚な乙女を意味するこの名に辿り着いた。

 

 

 リリス。その名はあまりいい意味ではない。確か女の悪魔の名前だったか……。しかしその“悪魔”は私が“殺した”。目の前の彼女は生まれ変わったのだ。生まれ変わり……。

 

 

「……レイン。どうだろう? 半魔のリリスとしての君は死んだ。俺の国で『生まれ変わり』を意味する言葉を短くしたんだが……」



 レイン、レイン……彼女は小さく口の中で繰り返す。

 

 

「貴方が付けてくれてくれた名前だ。……大切にするよ」



 儚げに微笑む彼女にシルヴィアが抱きつく。これでラーベ一家の家族だな!とレインの胸に頭を押し付けるシルヴィアを、レインは優しく撫でた。まるで睦まじい姉妹のような二人を、私は満足気に見ながら、彼女たちの幸せを願うのだった。

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