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10 不遇な少女に幸せを!

 バラバラと屋根に落ちる雨の音を聞きながら、私達は黙々と弁当を食べる。いつもは食事中も賑やかなシルヴィアも、リリスの様子に声を上げることも無く、ただじっとリリスを見つめる。



「おいしい……おいしいよぉ……」

「そんな、泣くほど美味いか……?」



 リリスは泣きながら弁当を頬張っている。若草亭で頼んだ弁当は、黒パンに葉野菜と肉の薄焼きが挟まれているサンドイッチだ。不味いわけではないが、泣くほどの味では無い。だが、リリスにとっては格別のごちそうのようだ。

 

 

「……この一月、まともな、まともなものなんて……ただ、食べられるものがあるだけで……十分だったの……」

「リリスよ、苦労したのだな……」



 そう言いながらリリスの背を撫でるシルヴィア。睦まじい二人の姿は、まるで姉妹のようだ。尊い。

 

 

「そうだ、君達の荷物だが……一応持って帰ったが、どうする?」

「どうする、とは?」



 現場から回収した荷物はすべて私が預かっている。正直、低品質で碌な手入れもされていない道具など価値も付かないと思ったのだが、道具には想いがこもる。勝手に処分する訳にもいかないためリリスに道具の処遇をどうするか尋ねたのだが、小首を傾げる彼女から返ってきた言葉はあっさりとしたものだった。

 

 

「ラーベ殿の好きにしてほしい。物に恨みは無いけど……目に入ったら彼奴等の事を思い出しそうだし」

「そうか、では後で処分させてもらう。君の新しい衣類と道具類は、食事の後にでも作ろうか」

「……作る? どうやって?」



 私がそう言うとリリスは険しい顔をする。今の彼女は私の替えの下着とズボンを履いているだけだ。回収した道具の内、使えそうな物は特に無い。それほどまでに痛みが酷い有様で、もしも私があの装備で一ヶ月山の中を歩き回れと命じられたら、きっと意見具申して、それから命令者をぶん殴るだろう。

 

 

 最低でも、衣類一式と武器は必要だな。彼女の武器の大剣は、“半魔の勇者”の形見としてギルドに提出してしまった。それに代わる武器を作らねば。あとは食器類や寝具類等、旅をする上で必要なものか。まぁそれらは追々作成すればいいだろう。

 

 

「……ラーベ殿?」

「あ、すまん、考え事してた。君の装備品についてなんだが、何か希望はあるか? 特に無ければ俺達と同じ服装になるんだが」

「あ、ああ……用意してくれるだけで嬉しいけど……誰かから物を貰うなんて、今まで無かったし……」

「見ろリリス!この服もな、この爪もな、ラーベに作ってもらったのだ!」



 シルヴィアは鉤爪を装着してリリスに見せびらかす。支援装置に格納した状態からの無動作装着。シルヴィアは支援装置の操作に随分慣れてきたようだ。何も無い状態から急に現れた鉤爪を見て、リリスは眼を丸くする。

 

 

「し、シルヴィアちゃん、そ、それは……!?」

「どうだ? 格好いいだろう? こうな、魔力もスッと高まるし、この服もな、涼しいし最高なのだ!」

「いやそういうことじゃなくて! その爪!」

「ん~? 便利板に仕舞ってたのを取り出したのだ!」

「……ベンリータ?」



 訳の分からない単語を耳にして困惑するリリスに、私はシルヴィアの装備と行動支援装置について説明する。



「これが“行動支援装置”だ。旅をするのに便利だから、シルヴィアは“べんりいた”と呼んでいるが……この小屋も、俺達の装備も、支援装置の機能で作成したんだ」

「これが……便利板……」

「行動支援装置、な」



 渡した支援装置をしげしげと見つめるリリスの言葉に訂正を入れる。細かいことだが、開発者としてのこだわりがあるんだ!何事もはじめが肝心。変な呼び名が定着しない様に注意を払う。

 

 

「じゃあまずは服から作ろうか。適当にその辺に立ってくれ」

「ラーベよ、裸にならなくてもよいのか? 我の時は裸だったじゃないか!」

「……ラーベ殿、こんな子供に一体何を――」



 シルヴィアの言葉に非難がましい目線を送るリリス。違うんだ!俺がシルヴィアを裸にしたわけじゃなく、彼女は最初から裸だったんだ!誤解されるのも癪なので、しっかりとその時の状況を説明する。……言い訳がましくならないようにしながら。

 

 

「……狐のシルヴィアが人間に变化したんだ。服なんか着てる方がおかしいだろう? それと、シルヴィアと君は同い年だからな?」

「えぇ!? シルヴィアちゃん、嘘でしょ!?」

「何を言うか! 我は十八だぞ!」



 リリスの驚きに憤慨するシルヴィアを尻目に構築術式を展開する。こんなちんちくりんなのに……とリリスが嘆息しているので、私の考えを彼女に伝える。

 

 

「シルヴィアの姿は“魂の形”なんだそうだ。白狐は長命な種族で、白狐としちゃあまだまだお子様だから……十八でもこの姿なんだろう」

「そうなんだ……まぁ、成人しても十二、三にしか見えない人もいるし……変ではないのかな」

「お子様!? ラーベ、今のは聞き捨てならないぞ!」



 ぷりぷりと頬を膨らませるシルヴィアの顔を両手で挟みながら、設置した術式に眼をやり、リリスにズボンを脱いで術式の中央に立つように指示する。言われるがまま術式の中央に立つリリスの足元から術式が体型を走査する。走査が終わった部分から順次構築されていくと、彼女は小さな笑い声を上げる。擽られるような感覚に堪えきれなかったようだ。

 

 

「すごい……これが、構築術式……」

「どうだ?動きに違和感は無いか?」



 装着感を確かめるように、リリスは身体を伸ばしたりしゃがんだりしている。軽やかな動きを見るに、どうやら不具合は無さそうだ。

 

 

「あぁ……すごい。生きてる間に男の人から何かを貰えるなんて、思ってもいなかった……」

「そっちかい! ……まぁいい。変な所は無いか?動きにくいとか……この服装で大丈夫か?」

「あぁ! 大丈夫だ、問題無い!」



 満面の笑みを浮かべるリリスにシルヴィアが並び立ち、これで皆お揃いだな!と大声で笑う。その言葉にリリスは顔を赤らめる。照れ隠しなのか顔をそっぽに向けているが、その口元はニマニマと緩んでいた。



「構築術式で作成した下着とか作業服は、これだけで十分な防御力があるが……どうする? 防具は要るか?」

「は……? 防御力……?」

「そうだぞ! この服はな、我の魔爪でも引き裂けなかったのだ!」



 シルヴィアの言葉に再び険しい顔になるリリス。表情がころころと変わって、見ていて飽きないな。そんなリリスは私を見て、震えた声で尋ねる。

 

 

「こ、この服は……もしかして、魔術付与が……?」

「……魔術付与? 魔術付与とは……?」

「あぁ、死にかけた時に体力を全回復させたり、迷宮に囚われた時に街に戻ることが出来る、そういう魔術を、道具に込めることなんだけど……」



 成程、魔術付与……。死にかけの人間を助ける機能か。興味が沸くな。しかしこの作業服はそんな機能は付けていない。私はそれをリリスに伝えると、彼女は少しホッとしているようだ。

 

 

「なんだ、防御力がどうとか言うから、私はてっきり魔道具の一種なのかと……」

「魔道具……この辺りにもあるのか?」

「あぁ、あるにはあるけど……恐ろしく高いから。金板冒険者でも持ってる人は殆いないみたい」

「リリスは金板だったのに持ってなかったのか?」



 シルヴィアの疑問に、リリスは自嘲気味に口角を上げた。

 

 

「私はずっと銅板だったよ。……半魔だからね、銀板の昇格試験を受けられなかったの」

「「昇格試験?」」



 聞き慣れない単語に、私とシルヴィアの声が揃う。そんな私達を遠い目をしながらリリスが見つめる。

 

 

「銅板までは仕事の回数で昇格するけど、それ以上は、ギルドの試験があるの。それに受からないと銀板にはなれないんだけど……登録した時に説明されなかったの?」

「……あぁ、でも君は金板登録証を――」

「勇者に指名された時に昇格したの。侯爵が手を回したみたい。侯爵領から私を追い出す口実が欲しかったみたいね」

「……なんでそんな目に遭ったのだ?」

「この髪の色と目の色が、北のトロルと同じだからよ。私だって、こんな見た目に、生まれたくなかったのに……シルヴィアちゃんは平気? いじめられてない?」



 肩を落とすリリスは、白銀の髪と赤い目を持つシルヴィアの心配をする。自分が酷い目に遭っていたからだろうか、その眼には優しい光が満ちている。

 

 

「いじめられては……ないよな、ラーベ?」

「あぁ、若いのにちょっかいは出されたが……迫害されるようなことは、なかった」

「……そう、優しい人たちが多いのね」



 そう力なく微笑むリリスに、掛ける言葉は見当たらなかった。私は無理矢理明るい声を出して雰囲気を変えようとする。

 

 

「服も作ったし、次は武器だな! 注文が無ければあのだんびらと同じ寸法で作ろうと思うんだが、大丈夫か?」

「だんびら……?あぁ、大剣のことね。注文なんて付けられないよ。作ってもらえるだけでも嬉しいのに……」

「あっ! 大剣な! ラーベ、我にも――」

「シルヴィアには鉤爪があるでしょがっ!」



 どさくさに紛れて自分にも大剣を作らせようとするシルヴィアを一喝する。私は構築術式を作成しながらシルヴィアに語る。

 

 

「シルヴィア、俺は遠距離攻撃と捜索が得意だ。リリスは……近距離型か? で、シルヴィアは鉤爪と魔爪の中近距離型だな」



 パーティーの構成は、三人にとって重要な話題だ。神妙な顔をしながら私の言葉に耳を傾ける二人に、私は更に言葉を続ける。

 

 

「俺は狭い所……近接戦闘が苦手だ。リリスは大剣を大振り出来ないような、林や森では……その力を全力発揮出来ないだろう。そうしたらな、シルヴィア。お前さんが頼りなんだ」

「……でもラーベはビリネルをボコボコにしていたではないか!」

「あの程度なら大したことは無いが……森の中で野獣に囲まれたら、俺は大雑把な戦闘しか出来ないんだ」

「……大雑把? ラーベ殿はどんな戦い方をするの?」



 リリスが疑問を口にする。私は作業を続けながらリリスに答える。

 

 

「……俺は元々軍人でな。空を飛んで敵に魔砲……圧縮した魔力を打ち出して、倒す。そんな戦い方をしていた」

「はぁ!? 空を飛ぶぅ!? そんな属性、見たことも聞いたことも……」



 素っ頓狂な声を上げるリリスに苦笑いを浮かべる。ついでに私の置かれた境遇を彼女に話し始めた。

 

 

「あぁ、俺はこの辺りの生まれじゃない。西の山脈の、更に西から逃げてきたんだ。死刑囚だったんだ、俺は」

「……一体何をしたの?」



 彼女の眼を見ながら私は答える。

 

 

「戦争で、大勢、殺した」

「……女子供も?」

「いや、俺は降伏勧告をして……勧告すれば殺しても良いって訳では勿論ないんだが……戦場に立つ、軍人だけを……」

「そう……」



 言葉を失い眼を伏せるリリス。私をフォローしようとしているのか、シルヴィアは私のいいところを一生懸命に説明してくれている。……少々照れ臭いな。そんなシルヴィアの頭を撫でるリリスの眼は優しい。

 

 

「よし……準備出来た。今からリリスの大剣を構築するぞ」



 私の言葉に術式を見つめる二人。ゆっくりと魔力を込めると、込められた魔力が結合し、大剣の姿を取り始めた。徐々に浮かび上がる大剣の姿に、二人は声を漏らす。

 

 

 暫くの後、現出した大剣を目にした二人は言葉を失い、只々大剣を遠くから、近くから眺める。私の拘りの逸品だ。きっとリリスも満足するだろう。降り続ける雨を指揮所の出入り口から見ながら、早くリリスに試し切りをしてもらいたいと、私は年甲斐も無くソワソワするのだった。

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