08 勇者の死亡を偽装する
「――確かに受け取った。ギルド経由でオーラフ公爵領に通知するから、後の事は任せてくれ。……しかし、勇者様が野垂れ死にとはなぁ……」
現場を片付けた私は、彼等の遺品と冒険者登録証をギルドに提出しにやって来た。ランド所長は受け取った三人分の遺品を見つめて嘆息する。冒険者の遺体を見つけたら、その人の登録証と遺品となる物をギルドに提出するのが慣習であるとは、リリスの言である。リリスの言う通り、彼等は仕事中の死亡として処理されることとなった。
もう二度と侯爵領には戻りたくないというリリスの意向もあり、彼女も死亡したものとして扱うことにした。この街の冒険者ギルドで新しく登録して第二の人生を歩む。それが彼女の希望だ。
……確かに私が冒険者ギルドに登録した際も身元確認等は一切されなかったな。そもそもこの国には住民登録という概念があるのだろうか?税の徴収等はどうしてるのだろう。そんなことを考えながらぼんやりしていると、ランド所長が私に声を掛ける。
「……ほら、これをカウンターに持ってけ。謝礼金が出るから。まぁなんだ、同じ冒険者として思う所はあるだろうが……兄ちゃんは、死ぬなよ」
「……そうですね。死んだらそれで終いですもんね。安全第一でやらせてもらいますよ」
神妙な顔をして頷く私に、ランド所長は思い出した様に声を上げる。
「そうだ、兄ちゃんは全く悪くねぇんだが、いや、少し……まあいい。後でヘレナの馬鹿に言っておけ。『羊皮紙の無駄遣いはすんな』ってな」
……なんだろう、すごく、嫌な予感がする……。ランド所長が記入した羊皮紙を持って案内所に入ると、読上嬢のマリエと目が合った。
「貴方に指名依頼が入ってる。確認して」
淡々と言う彼女の背を追って掲示板を見ると、ランド所長の言っていたことの意味を理解した。昨日まで貼られていた薬草採取や鼠の駆除などの依頼書が隅に追いやられ、掲示板の四分の一を占めるほどの大きな“依頼書”が貼り付けてあったのだ。
『指名依頼。依頼者:案内所のヘレナ
指名者:草刈りのラーベ
緊急度:超緊急
重要度:超重要
内 容:革製の小物入れの作成
報 酬:金貨1枚
備 考:草刈ってないで最優先でお願いします!!!!!』
「えーっと……」
「質問はある?特に無いならこれを持ってカウンターに行って」
そう言いながら掲示板からヘレナの依頼書を外そうとマリエは背伸びをしている。足元がプルプルしている……。
「見てないで手伝ったら」
冷たい目をしながら私にそう言う。足を震わせながら。軽く謝り依頼書を手に取り、ヘレナがいるカウンターに目をやる。
今、カウンターには二人の従業員が座っている。ヘレナと中年の男性だ。それぞれ冒険者の対応中だが、ヘレナの方には対応中の者の他に二人の男が順番を待っている。私は彼らの後ろに並ぶと、ちらりと中年男性の方を見る。
目が合った彼は『お前も女の方がいいのか……』とでも言いたげな目をされた。別に私は下心があるわけではないのだが。ヘレナが対応している者の処理が終わったようだ。彼女は手を振り私を呼ぶ。
「すみません!指名依頼の指名者が来ましたので、順番の繰り上げを願います!」
私の前に並んでいた二人から睨まれる。悪目立ちするのも嫌なので、順番を守るようにヘレナに言うと、大声で超緊急で超重要なんですよ!?と大声で叫ばれた。この時間帯のギルドは比較的空いているが、それでも数名の冒険者がいるのだ。勘弁してくれ……。
「ラーベさんお待ちしておりました依頼書の受注手続きしますねすぐに!!登録証出してほら早く!!!」
よほど楽しみにしていたのだろう。一息にそう言い切ると、私の手から依頼書と登録証をひったくった。
「ひどいですよラーベさん、私はもう、今朝からずっと待ってたのに……」
これだけ聞くと甘い恋人の会話のように聞こえるが、そんな関係は一切無い。
「ははは……薬草採集の準備をしていたらこの時間に……」
「薬草採集だぁ!?おまっ、おまえぇ!……失礼、取り乱しました。そうですよね、ラーベさんは、冒険者になって、まだ日が浅いから、依頼の何たるかを、まだ、理解、されてないんですよね」
そう言う彼女の額には青筋が立っている。
「掲示板は朝一に確認する。それが冒険者の鉄則ですよ。割のいい仕事なんかは取り合いになりますから。これからは朝一で掲示板を確認することをお勧めします」
「……わかりました。気を付けますね」
とは言うものの、木板登録者の私に選べる仕事は無い。精々が薬草か鼠駆除かちょっとした食用獣の採集ぐらいなのだから。
「……りょ、了解しました。それで、ランド所長がですね……」
「なんでしょう?」
「えっと……『羊皮紙の無駄遣いするな、バカ娘』だそうです」
「……怒ってました?」
「どうでしょう……。後で謝ったほうがいいとは思いますけど……あと、こちらなんですが」
そう言うと彼女は青い顔をしていた。そりゃあ、筋骨隆々の髭面の強面に詰められることを考えたら気も滅入るな。そう言いつつ、先程ランド所長から受け取った羊皮紙をヘレナに手渡す。内容を確認した彼女は眼を大きく開けた後、天を仰いで溜息を一つ吐いた。
「そうですか……侯爵の勇者様が……この件、他に知っている人はいますか?」
「ええと……一番最初に彼等を見つけたのがシルヴィアで、私とシルヴィア以外にはランド所長だけですね」
「……分かりました。この情報が広まると、混乱の元になりますので……関係者以外には口外しないようお願いします。シルヴィアちゃん、今日は来てないんですか?」
「今ちょっと別行動を取ってまして……呼んできますか?」
「そうですね……ラーベさん、今シルヴィアちゃんの登録証って持ってます?」
彼女はそう言いながら渡した羊皮紙に何やら書き込んでいる。
「こういう場合、報告に対する謝礼金が支払われます。それと、成否欄にも実績として丸を付けることになってますので……」
……リリスがシルヴィアの登録証も持っていくといいと言っていたのはそういうことか。私は胸ポケットからシルヴィアの登録証をヘレナに手渡す。
「謝礼金、ですか……。これを目当てに、同士討ちや死亡の偽装とかって……?」
「……その点については、冒険者を信用するとしか。でも、そんなことをする人は、遅かれ早かれ私刑に掛けられますよ……。それでは、こちらが今回の謝礼金とお二人の登録証になります。あと二つで鉄板に昇格ですよ!」
憧れていた勇者の死が堪えているのだろう。空元気を出している彼女の姿が痛々しい。私は受け取った金貨五枚と登録証を、若干の後ろめたさと共に胸ポケットにしまいカウンターから離れる。
「……ラーベさん達は、死なないでくださいね」
ヘレナの言葉が背中に刺さる。……仲間を失うのは御免だ。行動派のシルヴィアにはフラストレーションが溜まるだろうが、パーティーメンバーとしてリリスも加える事になった今、これまで以上に慎重に行動するよう心に誓うと、私はギルドを後にした。
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