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07 傷だらけの君は美しい

 慌ただしいシルヴィアからの報告に焦りを感じながら彼女のもとに移動した私の目に入ったのは、鬱蒼とした森の中で息絶えた者達の姿だった。……ひどい有様だ。格好からして冒険者だろうか?倒れている男達の頭は爆ぜ、喉元には抉られたような傷がある。野獣に襲われたにしては不自然な死体の傷に気が付いた私は、観測術式を展開し周囲を警戒する。

 

 

 「ああ、ラーベ!こんな、人が、こんな……」

 「……落ち着け、シルヴィア。死体を見るのは初めてか?」

 

 

 シルヴィアは倒れ伏している者達の傍らにしゃがみ込み取り乱している。人の死を目の当たりにした彼女は動揺を顕にしている。私は震える彼女を抱きしめ、ゆっくりとした口調で語り掛けた。

 

 

 「シルヴィア……彼らの死を無駄にしてはいけない」

 「……どういう意味だ?こんな、こんなことって……」

 「いいか?旅をするってことは、死と隣合わせなんだ。俺達も、もしかしたら彼等のようになるかもしれない。だからな、彼等が何故こんな目に遭ったのか、それを確かめなきゃいけない。彼等の失敗を、俺達がしないように」

 

 

 私の言葉にシルヴィアは胸元で小さく頷く。細かく震える彼女の背中を優しく撫でていると、強張った身体から力が抜けていくのがわかった。

 

 

 「それで……この人達をどうするのだ?」

 「ん……まずは身元を確認しよう。彼らが何者で、何を目的にこの樹海に――」

 

 

 そこまで口にして、うつ伏せに倒れている者が僅かに動いたような気がした。

 

 

 「ど、どうしたのだ、ラーベ?」

 「……シルヴィア、ちょっと待ってろ。確かめたいことがある」

 

 

 シルヴィアから身を離そうとしたものの、彼女は私の服を掴んで離さない。涙目で見上げる彼女をなんとか慰めつつ、うつ伏せで倒れている者に近づいた。吐瀉物だろうか、酸っぱい臭いを堪えつつその身体を仰向けにすると、衣服が引き裂かれているのが目に入った。……髪を伸ばしているのは見えていたが、女性だったのか。彼女の胸元に耳を当て心音を確認すると、はっきりとした鼓動と呼吸音が聞こえた。

 

 

 「シルヴィア!生きてる!生きてるぞ!!」

 「そ、そうか!それでラーベ、わ、我はど、どうしたら……」

 

 

 尚も狼狽えるシルヴィアを伴い、倒れた女性を抱えると、私達は白狐の里に移動した。

 

 

 

 

 ――――

 

 

 

 

 「……それで、彼女は大丈夫なのか?」

 「あぁ、清浄術式と治癒術式を展開した。彼女の体力次第だろうが……直に目を覚ますだろう」

 「で、でも、あんなに血を流しておったし……本当に大丈夫なのか?」

 

 

 里に戻った我々は、怪我を負い倒れていた女性に処置を施した。彼女は今、我々の簡易テントの中で静かな寝息を立てている。左腕の切り傷は深かったが、重要な血管を傷つけてはいなかったようで私の治癒術式で対応が可能だった。

 

 

 処置のために彼女の衣服を脱がせたが、その身体中には傷跡があり、あどけなさの残る顔立ちとは裏腹にハードな環境で生きてたことが想像できた。そんな彼女を心配して眉を下げるシルヴィアの頭を撫でると、シルヴィアはちらりと簡易テントに目を向けた。

 

 

 「俺は今からあの場に戻って色々確認してくる。シルヴィア、彼女の傍に付いてやってくれないか?」

 「その……我に出来ることは……?」

 「そうだな……じゃあ、彼女の手を握ってやってくれないか?悪い夢を見ていたとしても、誰かが傍に居てくれたら、きっと楽になる」

 「……わかったのだ」

 「それじゃあちょっと行ってくる。彼女が目を覚ましたら……俺を呼んでくれ」

 

 

 シルヴィアは頷き、簡易テントに足を向ける。私はそれを見送ると、再度現場に戻るのだった。

 

 

 

 

 ――――

 

 

 

 

 観測術式に人間らしい反応は無い。死体の状況から、何者かに襲われた可能性は低いようだ。小さく争った形跡やうつ伏せに倒れていた彼女の衣服が乱暴に破かれていたことから、どうやらこの二人は彼女を強姦しようとしていたようだ。抵抗した彼女に返り討ちにされたらしい彼らには、残念ながら同情の余地は、無い。

 

 

 彼らの荷物を検めると、冒険者ギルドの登録証が出てきた。彼等が冒険者であるという私の見立ては当たっていたようだ。銅板で出来た冒険者登録証の記載内容から、彼らはこの山脈を北に越えたオーラフ侯爵領の出身だということが分かる。二人の登録証には共通して『勇者の従者』の文字がある。投げ出された荷物を確認すると、金色の板が目に入った。――金板登録証。その表には『“半魔の勇者”リリス』と書かれている。

 

 

 「そうか、彼女は本物の勇者なのか――」

 

 

 私は独りごちると、彼らの登録証を手に里に戻った。

 

 

 

 

 ――――

 

 

 

 

 「あっ!ラーベ、丁度良かった!彼女が目を覚ましたのだ!」

 

 

 私の姿を目にしたシルヴィアは、そう言いながら駆け寄ってくる。

 

 

 「……そうか。で、彼女の状態は?」

 「顔色は良くない。真っ白だ……でも、話は出来たぞ!」

 

 

 シルヴィアは私の手を引きながらテントに向かう。テントに入ると、身体を起こした女性と目が合った。彼女の衣服は引き裂かれてしまっていたので、今は私のシャツを着せてある。私と目を合わせた彼女は素早く右手を腰にやり、そして目を見開いた。

 

 

 「えーっと……とりあえず、気分は?」

 「……貴方は?私の剣は?」

 「剣……?腰に吊るしていたナイフか?それなら治療する時に外させてもらったが……」

 

 

 私がそう言うと、彼女は掛けられた毛布を捲り、自分の下半身を確認する。彼女のズボンも下着も乱暴に破かれていたため、今は取り敢えず私のパンツを履かせている。状況を確認した彼女は身体を強張らせ、語気を強めて私に問う。

 

 

 「……私を、汚したのか」

 「汚す?あぁ……いや、怪我の状況を確認するので身体を見させてはもらったが……」

 「そうだぞ!綺麗にしたが汚してなどおらん!」

 

 

 シルヴィア、ナイスフォロー。私は先程回収した登録証を手にし、彼女と向き合う。

 

 

 「俺はラーベ。で、こっちはシルヴィア。俺達はここから南に行った街の冒険者だ。それで君は……リリス、でいいのか?」

 

 

 私の言葉に彼女は軽く頷き、身体の力を抜く。しかしその眼は伏せられて、細かな表情を読むことは出来ない。そんな彼女を気遣ってか、シルヴィアはリリスの手を取り傍に寄り添う。

 

 

 「倒れている君を見つけたのはシルヴィアだ。シルヴィアが君を見つけるのが遅れていれば……どうなっていたか、分からん」

 

 

 私の言葉にリリスは薄く嗤う。

 

 

 「どうして助けた?見ての通り、私は半魔だぞ?気味が悪いと、思わなかったのか?」

 「半魔……?この登録証にも書いてあるが、どういう意味なんだ?」

 

 

 私がそう言うと、リリスは呆けた顔をする。まるで間抜けを見るような顔に、私は少しムッとした。

 

 

 「あっははははは!ははははは!は、は……。……そのままの意味さ。汚れた血、醜い髪、禍々しい瞳……。誰も私を人間とは、見てくれない。人の言葉を喋る、人にも魔物にも、なりきれない、半端者なのさ……」

 

 

 大声で笑いだしたかと思うと、彼女は虚ろな目で語り始めた。

 

 

 「なぁ、私の身体を、見たんだろう?汚い身体、だったよな?何故抱かなかった?抱く価値も、無かった?なぁ、なんで私を助けたんだ?なんで、なんで……」

 

 

 ……どうやら彼女はその身体に劣等感を抱いているようだ。私はそんな彼女を尻目に衣服を脱ぎ始める。その様子にシルヴィアは目を剥き、リリスも虚ろな目をこちらに向ける。

 

 

 「はぁ!?ちょ、ちょっとラーベ!貴様、一体何を――」

 「シルヴィアも俺の身体を見るのは初めてだったな。……ほら、この傷は十ニの頃、初陣で受けた傷だ。この時は治癒術式を使える奴がいなかったし、塹壕の泥が混じって化膿してなぁ……。こっちもそうだ。捕虜になった時に拷問に掛けられてなぁ……こっちは――」

 

 

 私の身体の傷を一つ一つ指差しながら、彼女たちに語る。

 

 

 「……まぁ、なんだ。傷はその人の、歴史だ。その傷の一つ一つに物語がある。それにほら、俺の髪も瞳も黒いだろう?こっちの地方じゃ、まだ俺以外に見たことがない。要するにだな、見た目なんてのは、些細なもんなんだと、俺は思う」

 「些細!?些細だと!?この髪、この瞳で!私がどんな思いをしてきたか!なんで助けた!あのまま、あのまま死なせてくれたら良かったのに!……殺して。ねぇ、私を助けた責任を取って、私を殺してよ」

 

 

 私の言葉にリリスは激高する。

 

 

 「……スマン、確かに軽率だったな。でもな、リリス。俺は君を、そんな傷を受けて生き抜いた君を、俺は立派だと思う。俺は君を、殺せない」

 「……旅の仲間を殺しておいて、私だけのうのうと戻れない。私を殺して、責任取ってよ……」

 

 

 俯くリリスの背を、シルヴィアが優しく撫でる。その顔は困惑して、何と言葉をかければいいのか逡巡しているようだった。

 

 

 「……分かった。俺は今から、リリスを殺す」

 「……ラーベ」

 

 

 シルヴィアは泣きそうな顔でこちらを見る。そんな彼女の顔を直視しないようリリスの傍に近づき、私は背中まで伸びるリリスの髪を後ろで纏める。リリスは深く頭を下げた。右手に剣鉈を持った私は、纏めた髪を一気に切り落とした。

 

 

 「……髪は女の命だと言うよな。リリス、君は、今、死んだ!新しい人生、俺達と共に生きよう!」

 「……いいのか?私は、半魔だぞ?」

 「君は俺を殺そうとするか?俺の傷だらけの身体を、黒い髪を、醜いと思うか?」

 

 

 彼女は頭を小さく左右に振る。シルヴィアは安心した表情を浮かべて肩の力を抜いた。

 

 

 「そうだな……今まで生きてきた中で、一番美味い食べ物はなんだった?」

 「……はぁ?いきなり何を……でも、そうだな……警護依頼で王都に行った時、野菜とか肉とか、黒いスープで煮込んだやつが、おいしかったな……」

 「我はな!若草亭で食べた奴が好きだな!肉がサクサクの!!」

 

 

 二人の言葉に私は口角を上げる。

 

 

 「俺とシルヴィアは、世界の果てを見るために旅をしている……まだ旅を始めたばかりだが……君も一緒に行こう。そして王都で美味い煮込み料理を食おう!!その時にまだ、死にたいようであれば……改めて責任を取る」

 

 

 私がそう言うと、彼女は薄く笑みを浮かべた。先程まで伏せられていた眼は、私の眼をしっかりと見つめている。食べ物で釣ったみたいだが、少しでも生きる希望を彼女に与えることが出来るよう、私は固く決意するのだった。

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