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06 侯爵の勇者は、幸せになりたかった。

 赤絨毯を真っ直ぐに進む私の姿を、ある者は怖れを含んだ眼差しで、またある者は汚物を見る目で眺める。視界の端に写る彼らの表情は、有無を言わさず呼び付けられて不愉快な私の心を逆撫でする。私は赤絨毯の先、壇上で私を見下す小男の下に辿り着くと、その場に膝を付き頭を垂れる。

 

 

 「……“半魔のリリス”よ!貴様を、オーラフ侯爵領の勇者に任命する!」

 

 

 小男は威厳のある姿を演出しようとしているようだが、上ずった声に集まった者達が苦笑いを漏らす。そんな中、私は顔を下げたまま侯爵の宣言に頷いた。私に許されているのは、肯定の意を示すだけだ。まばらな拍手が、虚しく響く。

 

 

 「精々励むといい。貴様の為に旅の仲間も用意した。功績を挙げれば、俺の側室に召し抱えてやるぞ?」

 

 

 好色そうな目で私を睨めつけながら小男が囀る。醜く肥え、能力も何もなく、ただ血統だけで先代の遺産を食い潰す小男の側室になるぐらいなら、舌を噛んで苦しみながら自害する方が余程マシだ。私は立ち上がると踵を返して謁見室から退出した。

 

 

 謁見室から出ると、召使いに先導され侯爵館の裏庭に連れてこられた。そこに居たのは革の胸当てを着けた大男と、ボロ着を纏った痩せぎすの男だ。二人共私の知る人物で、確か銅板冒険者だ。大男は先日娼館の女性に乱暴をはたらいて投獄され、痩せぎすの男は賭場で問題を起こして身を潜めていたはずだったが……?

 

 

 「いやぁ!よろしくな、勇者サマよ!アンタの御蔭で恩赦されたんだ、精々俺を使ってくれよ!」

 「……私も負け金を建て替えてもらったんでね、まぁ、使ってやってくださいな」

 

 

 無遠慮に頭の天辺から足の爪先までジロジロと、ニタニタ嗤いながら眺めるこいつらが旅の仲間か。あの金に汚く私腹を肥やすことに頭が一杯な領主らしい。私はこの二人を伴って、魔王討伐へと旅立つのだった。

 

 

 

 

 ――――

 

 

 

 

 「おいお前ら……渡した金はどうした」

 「勇者サマよぉ……あれっぽっちの端金、女を買ったらすっからかんだぜ?」

 「……元手が小さいと、賭場でもお遊びくらいにしかなりませんねぇ」

 

 

 旅に必要な物資の買い出しを終えた私と合流した二人は、悪びれる様子もなくヘラヘラと笑いながらそう口にした。南の山脈までの足となる馬を借りようと残金の確認をしようとした所に、これだ。先が思いやられる。

 

 

 「まぁ金が必要なら、勇者サマが稼げばいいんじゃねぇの?半魔でも買ってくれる奴はいるだろうよ!」

 

 

 その言葉に二人共大声で笑い合う。勇者サマが“売る”なら俺が最初に買うからと下品に笑うクズに、背中の大剣を抜きその首に突きつける。

 

 

 「笑えない冗談はそこまでにしておけ。次に巫山戯たことを言う時は、その首が胴から離れることを覚悟するんだな」

 「ちょ、ちょいちょい!たかが冗談にそんなムキになるなって!なぁ!?」

 「そ、そうですよ!まぁまぁ、ここは一つ落ち着いて、ね?仲間なんだから……」

 

 仲間、か……。旅の仲間というのは、こういう冗談を言い合ったりするのだろうか?今まで冒険者ギルドで様々な仕事を請け、その中には商隊の護衛もあった。何日も行動を共にしていたが、私に話し掛ける者は皆無だった。半魔は冗談が通じねぇな……と呟く大男の首から大剣を離し、鼻を鳴らしながら背負い直す。

 

 

 「……馬が借りられないのは仕方がない。南の山脈まで徒歩で移動するぞ」

 

 

 私はそう言うと、クズ共を引き連れて街を出るのだった。

 

 

 

 

 ――――

 

 

 

 

 「おかあさん、なんでわたしは、みんなとあそんじゃいけないの?」

 「五月蝿いリリスっ!剣を構えなさい!」

 

 

 母は激しい剣幕で幼い私に剣を突き付ける。周りの子供達は皆遊んでいるのに、何故私は剣の訓練なんかしなければならないんだろう。毎日毎日母に倒され、転がされ、土埃に塗れて、時には止まらない出血に涙を流して。

 

 

 …



 ……



 …………

 

 

 「お母さん……私のお父さんって、どういう人だったの?」

 「あの男はクズよ。……生まれてきたリリスを見て、逃げ出したの」

 「……私が生まれたから、お父さんはいなくなったの?」

 「いい、リリス?強くなりなさい。誰にも馬鹿にされず、誰からも利用されない……そんな強さを身に付けなさい」

 

 

 少し老いた母に父について尋ねて返ってきた言葉は、まだ幼さの残る私にとって衝撃の大きな物だった。私のこの醜くくすんだ灰色の髪が、禍々しく誰からも合わされないこの紫色の瞳が、父を遠ざけたという。私の高祖父は銀色の髪に赤い目をしていたそうが、母の茶色の髪からは想像も出来ない。私は所謂“先祖返り”だそうだ。高祖父は勇者と共に魔王を封じ、この世界に平和を齎したという。それなのに何故私達はこんな扱いを受けなければならない?街の外れの森の中で、誰とも関わることなく、疎んじられてその日を暮らしていかなければならない?全ては私の容姿が原因なのかと、幼い私の心に暗い影を落とした。

 

 

 …



 ……



 …………

 

 

 「お母さん!お母さん!!」

 「あぁ、リリス……いつか、いつかきっと、貴女が愛して、貴女を愛する人が現れるはずよ。それまで、それまで元気で、どうか健やかに……」

 

 

 母の最期はあっけないものだった。獣に受けた傷でも流行病でもなんでもなく、只の風邪。私達に少しでも蓄えがあれば、少しでも街の者と交流があったのなら、薬を買うことさえ出来たのなら――

 

 

 母を見送ったのは私だけだった。物心ついてから住んでいたあばら家の近くに簡素な墓を建てた私は、冒険者ギルドへと足を運んだ。一人で生きていく為に。……しかし、今までまともな人付き合いをしてこなかった私を愛してくれる人などいないだろう。せめて人並みの生活が送れるよう、母から叩き込まれた剣術を武器に生きていくしかない。

 

 

 

 

 ――――

 

 

 

 

 身体の周期に合わせて旧い記憶が夢に浮かぶことがある。今日はどうやらその日だったらしい。目を覚ました私は周囲を覗と、東の空が薄い青色を湛えているのが目に写った。間も無く夜明けだ。……寝ず番のはずの痩せぎすの男は倒木に背を預けて船を漕いでいる。私は身支度を整えると、二人を叩き起こして旅路を急ぐ。南の山脈に伝説の魔獣が住んでいる――過去の勇者の冒険譚をなぞらえるように、我々も伝説の魔獣を仲間にする。それが当面の目標だ。街を出て一ヶ月、我々は何一つ成果を出せないまま、樹海を彷徨っている。

 

 

 「なぁ勇者サマよぉ……いい加減、もう街に戻ろうぜ?こんだけ探して手掛かり無しって……なぁ?」

 「……そうですねぇ、こんな娯楽も何もない森じゃあ、気も滅入りますよ」

 

 

 朝食を摂りながら、そうだな!俺も女を抱きてぇ!と大男が叫ぶ。……下品な連中だ。この一ヶ月行動を伴にしてきたが、野獣と戦っていたのは私だけだ。二人は只、私の後をついてくるだけ。何の役にも立たないどころか、用意する食事の量が増える現状は迷惑以外の何者でもない。

 

 

 「……嫌ならここで解散してもいい。好きにしろ」

 「……へぇ、好きにしていいってか?」

 

 

 大男はニヤニヤと笑いながら近づいてくる。不穏な空気を感じ傍らに置いていた大剣に手を伸ばそうとした瞬間、後ろから羽交い締めにされた。

 

 

 「ジャン!しっかり押さえてろよっ!」

 「わかってます旦那っ!」

 

 

 飛び掛かってきた大男に組み敷かれた私は、抵抗する瞬間を窺う。乱暴に衣服を破かれ、顕になった私の身体を見て大男が嗤う。

 

 

 「汚ぇ身体だなぁ!抱いてやるだけ感謝しろよっ!」

 

 

 冒険者となって三年、数え切れない程死にかけた私の身体は傷だらけだ。それを嗤う大男は私のズボンに手を掛ける。

 

 

 「下も同じ色……ってかオメェ“あの日”か!まぁいい、濡らす手間が――」

 

 

 ろくな抵抗もしなかった私に油断したのだろう。羽交い締めにしている力が緩んだ刹那、手元の岩を掴み、殴る。瓜を地面に叩きつけたような湿った音を立てて、大男が崩れ落ちる。力を失った大男を払い除け立ち上がった瞬間、左腕に鋭い痛みが走った。肩越しに振り向くと、私の左腕にナイフを突き立っていた。痩せぎすの男が放ったナイフだ。私は手に握った岩を奴の頭に投げつけ、ナイフを抜く。細かく痙攣する大男の喉を突き、痩せぎすの男にも同じ様にとどめを刺す。

 

 

 受けた傷の手当をしようと屈むと強烈な吐き気が私を襲った。……どうやらこのナイフには毒が塗り込められていたらしい。吐き気を堪えることが出来ず、先程食べた朝食が地面にぶちまけられる。吐き気と倦怠感に耐えきれずその場に倒れ込んだ。

 

 

 自分の吐瀉物に塗れながら、ぼんやりとした頭で、自分の最期を悟った。

 



 

 私が愛して、私を愛する人なんて、結局現れなかったよ。



 

 

 私はただ、普通に暮らせれば、幸せだったのにな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お母さん。

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