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02 新人中年冒険者の、期待されない船出。

 「えー……ラーベさん、ですね。文字の読み書きはできますか?」

 「もじは、まだ、わからない、です。でも、べんきょう、したい、おもう、です」

 「……ラーベさん、お年はいくつで?」

 「いま、さんじゅっさい、なった、です」


 ここは冒険者ギルドのカウンター。目の前に座っている女性はギルドの職員で、私と面談しながら登録書類を作成している。



 冒険者ギルドに入った瞬間、併設された酒場から好奇の目線が注がれる。キョロキョロと辺りを伺う私に、厭らしい笑みを浮かべた若者が近寄ってくる……というお決まりは発動しなかった。この建物には酒場も無いし、私の他には面談中の女性職員と、掲示板の横に設置された椅子に座っている少女しかこの場にいない。



 昼過ぎから酒場で管を巻く冒険者もいないし、昨日の敵は今日の友になりそうな冒険者もいない。安心半分、落胆半分といったところだ。……トラブルがないことはいいことなのだが。



 「ラーベさんは、今まで何をされていたんですか?」

 


 女性職員の目はやや冷たい。中年になってから冒険者ギルドに登録する者は少ないのかもしれない。『帝国陸軍の実験航空隊で、部下を率いて橋頭堡を確保してました』とは、口が裂けても言えないし、言ったところで妄言と思われてお終いだ。



 「タルモむら……このまちの、みなみ、ある、むらで、かりを、してました」

 「なるほど……狩猟ができるということですね。その他に特技はありますか?」

 『えーっと……』



 “東部冒険記”を開いて単語を探す。



 「まじゅつ、つかえます」



 私がそう言うと、職員の目が大きく開かれた。



 「何が使えますか?もしよければ、ここで使って見せてください!」



 ようやく私のターンだ。口元を斜めに引き上げ、掌を上に向け意識を集中する。



 ――大樽の水を卓上のグラスに移すように、深く、静かに集中して――

 数瞬の後、私の掌から上がった蝋燭に灯るような火を見て、職員はこう言った。



 「……焚き付けには使えそうですね」





 ――――





 職員から手渡されたのは、一枚の木の板だった。


 「これがラーベさんの登録証になります。初回発行は無料ですが、失くされると再発行に手数料がかかりますのでご注意を」



 手のひら程度の大きさの木板表面には楔形文字で何やら書かれ、裏面には六列五段の四角の枠が書かれている。



 「表は『らーべ』と書いてあります。年齢もですね。裏面のマスは、仕事の成否を記入します。三十個中二十個丸印が付けば登録証の更新となります。丸が付けば、の話ですが。あ、数字は分かります?」



 態度には出していないが、言葉の端々に馬鹿にした空気を出している。



 「わかります。だいじょうぶ、です」

 「それから、バツが付く、仕事に失敗したときですね。これが三回連続するか、十個以上バツが付くと登録抹消になるのでご注意ください。わかりましたか?」

 「……わかりました。がんばります」



 私は静かに平凡に暮らしていくのだ。頭は低く生きていこう。ここでこの女に食って掛かっても、いいことなんてないのだから。



 「後ろの掲示板に仕事案内が張り出してますので、出来そうなものがあったらそれを持ってカウンターまで持ってきてください。受注の手続きをしますので」



 そう言われて後ろを振り向くと椅子に座った少女と目が合った。



 「文字が読めなくても、あの娘が代わりに読んであげますからご安心を。マリエ!この人の案内をお願い!」



 マリエと呼ばれた少女は小さく頷くと椅子から立ち上がった。



 「ではラーベさん、細かい仕事はあの娘から説明を受けてください」



 そう笑顔で言う女の目は、冷めきっていた。





 ――――





 「あなたが受けられる仕事はこの掲示板のものだけ」



 先程マリエと呼ばれた少女は小さな声でそう言った。小柄な体格で、肩口まで伸びた髪は金色に輝き、首に付けたチョーカーがいい味を出してる。先程の女の態度に気分を崩しかけていたが、可愛らしい少女を見ていると心が和む。



 「話を聞いてる?一度しか言わないからちゃんと聞いて。それとわたしに手を出したら痛い目に遭う。わたしはギルドの人間。あなたに話しているのは仕事だから。勘違いしないで」



 ……前言撤回。どうやらこの街は、おっさんが静かに生きていくには難しいようだ。



 「この、けいじばん、しごとは、どんなこと、ある、ですか」

 「基本的に素材や食料の採集。これは『恒常依頼』、モギの葉を一袋採集したら銀貨一枚。これは食肉用の狩猟。これは……」



 木板用掲示板は基本的に恒常依頼のみだという。需要はあるが誰もやりたがらない仕事がメインのようだった。


 

 「採集用の袋は隣の倉庫で貸し出してるから後で借りに行って。採集が終わったら倉庫で仕事の完了確認を。その後にこっちで報酬金の受け渡しをするから、間違っても獲物を持ったままこっちに来ないで。臭いし汚い」



 無表情のまま彼女はそう言う。ここまで無愛想な態度を取られると、いっそ清々しいな。



 「しつもん、しても、いい、ですか?」

 「……なに」

 「ほかの、けいじばん、どんな、しごと、ある、ですか?」



 冷たい目線で私を見ながら彼女は言う。



 「話を聞いてなかった?あなたはこの掲示板からしか仕事を受けられないと、わたしは言ったはず。同じことを言わせないで」

 「はなし、きいた、です。でも、さいしゅう、とちゅうで、ぐうぜん、あるかも、です。まじゅう、たおすとか」



 彼女は鼻で笑うと、それきり何も言わなかった。





 ――――





 「なんだ兄ちゃん、小娘になんか言われたか!」



 掲示板のある建物の横、ギルド倉庫の中で髭面でずんぐりむっくりの職員は私にそう言って大声で笑った。……表情に出てたか。



 「すこし、おはなし、うまく、いかない、でした」

 「うん?……兄ちゃん、この国の人間じゃねぇな?」

 「はい、いろいろ、ところ、ぼうけん、してます」

 「そうかそうか!いいなぁ、俺にゃ女房も子供いるからフラフラできねぇんだわ!」



 そう言う彼に、私は苦笑いで答えることしか出来ない。私も一所懸命のつもりだったんだがな。そのうちに家庭をもって――



 「……おい、おい兄ちゃん!まぁマリエの態度はキッツいけどな、ありゃあ洗礼みたいなもんよ、洗礼!ここいらの登録者は最初にやられっから!気にすんなって!!」



 呆けていた私に髭面がそう言う。別にあの娘の態度に傷ついて上の空になっていた訳ではない。決して。



 「ははは……とうろく、した、ばかり、です、さいしゅう、します。ふくろ、かして、ください」

 「ああ、ちょっと待ってな……」



 彼は倉庫の奥の棚に向かっていった。隣の建物と比べると、こちらの倉庫はかなりの広さである。獲物の解体用のクレーンも設置されており、棚の横には大仰な扉がある。微かに魔力の流れを感じることから、あの扉の向こうは保存や保冷の術式が施されているのかもしれない。



 「ほいよっと……!この袋がギリギリ閉まるくらいにモギの葉を入れてくれれば銀貨一枚。小さい方にはミドの実を入れてくれな!とりあえず、五袋ずつ渡すから、一杯になったら持ってきてくれ!」



 そう言って渡されたの茶色のズタ袋だ。



 「一回につき成功印一つな!あぁ、新人は無理しがちだが、死んだら元も子もねぇかんな!なんかわかんねぇことあったら、いつでも来いよ!」



 ……この街にもいい人はいるんだな。いや、今まで会った二人がちょっと“アレ”なだけか。



 「もし、おおきな、えもの、とれたとき、どうすれば、いいですか?」

 「……討伐対象のことか?やめとけやめとけ!兄ちゃん武器もねぇじゃねぇか!」

 「ぐうぜん、やっつける、あるかも」



 彼は少し唸って考えた後、先程の棚の横の扉から別の袋を持ってきた。……魔力の流れがあるな。



 「これは『運搬袋』だ。これなら熊くらいはすっぽり入るが、保証金は金貨十枚だ」



 ……こんな雑な術式で金貨十枚もとるのか。持ち逃げ防止にしちゃあ吹っ掛け過ぎなような気もするが、東部諸国の術式水準からしたら妥当か。



 「うんぱんぶくろ、かりる、できるまで、がんばりますね」

 「……そうだな、目標はでっかくってな!まぁ、死なない程度に気張ってくれや!」



 そう言う彼に手を振り、倉庫を後にして街の西門から山場に向かう。西門の衛兵に登録証を見せると金銭の要求はされなかった。どうやらこの登録証があれば街への出入りは自由らしい。



 それから彼らとしばらく世間話をした後、徒歩にて出発。



 私が世話になったタルモ村の出稼ぎ労働者は、西の山に拠点を構えて採集に勤しんでいたという。まずは拠点を設置して、身の振り方を考えるか。

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