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05 薬師と出会った中年は、ある悩みを相談する。

 「ですから、ここからあの山脈まで往復するのに十日。それに採集の時間も含めると……」

 「しかしクサカリさん、この条件を了解して引き受けていただいたんでしょう?でしたら期間の短縮は、ちょっと……」

 

 

 祝勝会の翌朝、私とシルヴィアは受託した薬草採集の打ち合わせのため街の中央通りにあるガダル薬品店にやって来た。五日後までに北部山脈に自生する薬草類を採集して帰還する。……自ら引き受けた仕事とはいえ、かなり厳しい条件だ。私はこの条件の緩和を調整している最中である。

 

 

 「なぁラーベよ!行きも帰りも、いつも通りパパっと転そングッ!?」

 「ちょっとシルヴィア!あっちの棚に面白いものがありそうだぞ~!見てきてごらん!」

 

 

 我々の移動について開きかけたシルヴィアの口を後ろから押さえて、興味を惹きそうな物が並んでいる棚を指差す。そんな我々の様子を目を細めて老齢の薬師が見ている。

 

 

 「……期間については分かりました。薬師先生の言う通りですね。で、報酬についてなんですが……」

 「そうですね……短期間ということ、そしてこれは希少性が高いので……金貨十枚でいかがですか?勿論、道中で採集された他の薬草なんかも買取いたしますよ?」

 

 

 薬師は分厚い図本の中から今回の採集物に関する頁を指さしながら言う。――萬寿草。霊薬の生成に必要な材料の一種だそうだ。棚に見飽きたのか、こちらに近づいてきたシルヴィアが図本を覗き込む。

 

 

 「おっ!これは里の近くに沢山生ってるぞ!」

 「はっはっは……お嬢さん、萬寿草はここ数年市場に上がってないんですよ?そんな嘘言っちゃいけませんよ」

 

 

 薬師が伸ばした手をサッと避けるシルヴィアは、嘘じゃないのだ!と薬師を睨む。

 

 

 「……採集に必要な人員は二人。道中の危険性と採集物の希少性を考えると、十五は欲しいですね」

 「十五、ですか……採集量によって増額するという形ではいかがですか?一茎分の葉があれば、私としても先方に色を付けていただけるので……」

 「では、一茎分で最低十枚は保証していただける、と」

 

 

 私の言葉に薬師は薄い笑みを浮かべる。私は薬師との調整結果を依頼書に追記する。

 

 

 「では、萬寿草を主とした薬草類の採集。必須採集物の萬寿草については一茎分の葉で金貨十枚。採集量によって増額。期限は五日後の七日市開始まで。薬師先生、これで間違いありませんね?」

 

 

 私の書き込みに薬師は二、三度頷いた。

 

 

 「それでは、クサカリさん達の無事と成功をお祈りしておりますね」

 

 

 慇懃な態度を崩さず薬師は一礼する。薬師を背にして我々は店を出る。

 

 

 「シルヴィア、薬師の態度をどう見る?」

 「どう……?う~ん……あのじいさん、ニコニコしていたな!あっ!我の頭に触れようとしたのは許せんのだ!」

 「……そうか。じゃあシルヴィア、彼のこと、信用できそうか?」

 「よくわからん!力が強そうな訳でも無いしな……」

 「……超一流になる前に、人を見極めることが出来なければ、途中で騙されて素寒貧だぞ」



 私がそう言うとシルヴィアは二つに括った自分の髪を掴みながら難しい顔をしている。商売人の笑顔は真に受けるなよと忠告すると、彼女は更に渋い顔になった。





 ――――

 

 

 

 

 「ラーベ、何だこれは?筒か?」



 街を抜け、転送術式を展開した我々は白狐の里に帰ってきた。里に設置した拠点でシルヴィアに人差し指程度の長さの笛を渡す。彼女はその笛を弄り、吹き込み口を覗いたりしている。

 

 

 「これは呼笛だ。萬寿草を見つけたら、長音三連送で教えてくれ」

 「笛?ん~……わかった!こうか?」

 「ちょ、ちょっと待――」



 私の眼前で勢い良く呼笛を鳴らす。甲高い笛の音が辺りに響き渡り、私の膝で寝ていた子狐が驚いて飛び跳ねる。

 

 

 「くぁっ!な、う、うるさいな、これは!なはははは!!!」

 「……この音量なら離れていてもすぐに分かる。そうしたら俺がシルヴィアの所に行くから」



 私は耳を擦りながらシルヴィアに告げる。

 

 

 「それで、シルヴィア。萬寿草はどの辺に生えているんだ?」

 「ん?すぐそこだぞ?半刻もあれば着くな!というかだな、何故笛なんか渡した?我と共に採集に行くのではないのか?」



 彼女はそう言いながら森の奥を指差す。疑問を呈して頭を傾げる彼女の頭を撫でると、ニマニマと口元を緩めた。



 「これも訓練の一つだ。指定された物品の捜索。ルートの選定、適時適切な報告と危険予知能力の向上……それに俺がついて行ったら訓練にならんだろう?」

 「そ、そうか……!超一流になるために!我は一人でもやるぞ!!!」



 勢い良く立ち上がり、シルヴィアは右手を高く掲げる。……彼女を膝に乗せてなくてよかった。

 

 

 「それじゃあシルヴィア、ここはお前さんの庭みたいなもんだが……くれぐれも気を付けろよ?怪我とかしないようにな?」

 「ラーベは心配性だなぁ!我を脅かす者など、この森にいないと知っておるだろう?」

 

 

 そうだ……薬草採集ばかりですっかり忘れていたが、シルヴィアは元々、ちょっとそこまで!の感覚で虎を仕留めたりする、この森の最強だったのだ。じゃあちょっと行ってくるぞ!と森の奥に駆け出したシルヴィアを見送る。

 

 

 シルヴィアの姿が見えなくなってから暫くの後、私は白狐のオサに話し掛ける。

 

 

 ≪……オサよ、起きているか?≫

 ≪どうしたムコ殿。相談事か?≫



 オサは片目だけを開けて私をちらりと見やる。

 

 

 ≪あぁ、ちょっと困りごとがあってな……≫

 ≪ほう……?珍しいな。どうした?我らが姫のことか?≫

 ≪いや、まぁ……全く無関係では無いのだが……≫

 ≪まぁ話してみよ。そのために姫を遠ざけたのだろう?≫

 

 

 流石はオサ。伊達に長生きしていないようで、私の意図を的確に見抜く。私はオサの眼前に腰を下ろし、私に寄ってきた子狐を膝元に抱えるとオサに語り掛ける。



 ≪その……オサが旅をしていた時のことなんだがな……大分絶倫だったようだな?≫

 ≪はっはっは!!!応とも!我の聖剣をご褒美に、三人共よく頑張ってくれておったわ!≫

 ≪オサの聖剣……?≫

 

 

 私がそう尋ねると、オサは立ち上がりその腰を激しくグラインドさせる。

 

 

 ≪三人共、我の聖剣の虜だったわ!≫



 ……そう、オサから記憶を転写された際に私が手に入れたのは、この地方の言語能力と、オサが三人の女性と淫らに交わる光景だった。腰をグィングィンと揺らすオサに、私はこめかみを押さえる。

 

 

 ≪で?それがどうしたムコ殿よ?まさかもう姫の他に嫁を見つけたのか?≫

 ≪いや、そうじゃない。……というかだな、オサとして俺が姫以外の女を侍らすのを何とも思わないのか?≫

 ≪何を言っておる?強い雄は大勢の雌を侍らす!我が一族もそうやって繁栄してきたのだ!……で?どうなのだ?今何人目の嫁だ?ん?四人か?五人か?≫

 

 

 私はため息を吐きながら話を逸らす。

 

 

 ≪……オサの嫁達はどうしたんだ?≫

 ≪う、うむ……三人共な、一族に見守られながら、天寿を全うしたわ……我は、三人を見送った後に、この森に帰ってきたのだ……我が子達の子達も成人したしな≫

 ≪そうか……ん?“我が子”?≫

 ≪そうだが……なにがおかしい?≫

 ≪ああ、いや……人との間に子が成せるとは思っていなかった≫

 

 

 私はそう言うと、オサは鼻息一つ吐いて言う。

 

 

 ≪当たり前だろう……あの身体は人間そのものだからな。で、ムコ殿の相談というのはこんなことなのか?≫

 ≪いや、実はな……勃たないんだ≫

 ≪…………は?≫

 ≪だからな、その、なんというかな、男の男自身がな……≫

 

 

 俯きながらそう言う私に大爆笑するオサ。ちくしょう!勇気を出して相談しているというのに!!!憤慨する私を尻目に、オサは前足で涙を拭きながら私に答える。

 

 

 ≪す、スマンスマン!しっかしムコ殿よ!男の価値はな、その……なんと言うかだな……えーっと…………≫

 ≪……無理して慰めなくていい……余計惨めになるから……≫

 ≪す、スマン……≫

 ≪……今日薬師の所に行って精力剤ってのを目にしてな……適当な物を買うよりも、各地を旅してきたオサに、いい知恵を授けてもらえれば、と思ったんだが……≫



 オサは瞑目し、なにやら考え込んでいる。

 

 

 ≪……そうだな。北の極地に至る直前に、エルフの里がある。その里の外れに、万病に効く温浴池があるのだが≫

 ≪そこで癒せる、と?≫

 ≪……スマン、その時の我々は病を患っていた訳ではないから分からんな……でもな、ムコ殿、その温浴池でな≫

 

 

 オサは私の眼前にその顔を寄せて言う。

 

 

 ≪……二泊だけするつもりだったのだが“収まり”がつかなくてな!結局一週間留まる事になったわ!≫

 


 そう言って笑うオサを見るに、その温浴池の効果は確かに高そうだ。私は、私自身の“誇り”を取り戻すためにも、その場所に向かうことを心に決める。

 

 

 その時、調子外れな笛の音が耳に入った。予想外に素早い呼笛に驚きつつも、私はシルヴィアとの戦術通信を設定する。

 

 

 ≪……こちらラーベ、シルヴィア、聞こえるか?≫

 ≪お…おお?念話、か……?よく聞こえるぞ、ラーベ!≫

 ≪いや、支援装置の戦術通信だ。それでシルヴィア、意外と早く見つけたな?≫

 ≪……そうだ!ラーベ、大変だ!あのな、倒れてるのだ!!!≫

 ≪……どうした?萬寿草が枯れ倒れてるのか?≫

 ≪違うのだ!……とにかく、とにかくこっちに来てほしいのだ!我はどうしたら!?ああもう!≫

 ≪落ち着けシルヴィア!直ぐに向かう!!≫

 

 

 一体シルヴィアに何があったというのか。嫌な予感に背中に汗が浮かぶ。私は直ぐ様彼女の位置情報を確認し、転送術式を展開するのだった。

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