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02 少女は、降りかかる火の粉を大げさに払う。

 「いやぁ、やっぱ真面目ってのはいいねぇ、兄ちゃん!」

 「何事も信用が大事ですからね。お陰様で、この短い期間で『草刈り』の二つ名が貰えましたよ」

 「いや、その二つ名は、皮肉なんじゃねぇかな……」

 

 

 今日も採集物をギルド倉庫に持ち込む。横着な冒険者は薬草採集の際に薬効の無い茎や根を袋に入れて嵩増しすることが多いのだが、私は使える部分だけを採集して提出している。当たり前のことだと思うのだが、私の仕事をこの髭面のギルド所長は評価してくれているのだ。彼の選別の手間が省ける分、買い取り料金に色を付けてもらっている。



 二つ名というのは主に銀板冒険者以上の者に付けられる尊称のようなものだ。駆け出し冒険者は格好いい二つ名を付けられることを目標にしている。私が出会った少年冒険団の『デビルバスターズ』の面々も格好いい二つ名を欲しているようだった。薬草や雑草を刈ることしか能がないから、『草刈り』――これが私に付けられている二つ名だ。悪口そのものだが、言いたい奴には言わせておけばいい。寧ろこの二つ名の御蔭で指名依頼を請けることもあったのだから。……老人が住む屋敷の除草作業であったが。



 「そうだ、ランド所長。ちょっと相談があるのですが……」

 「ん?どうした?またビリネルの馬鹿にちょっかいでも出されてんのか?」

 

 

 ビリネルとは銀板冒険者で、『破壊のビリネル』と呼ばれている優男だ。女癖が悪く、駆け出し冒険者にちょっかいを出してはその自信や希望を破壊する。私も冒険者ギルドに登録した直後に彼に絡まれ、登録祝いと称して北部山脈まで“転送”されたのだ。転送されたのが私でなければ、きっと街に戻る途中で野垂れ死んでいただろう。

 

 

 「いえ、ビリネル君は関係なくてですね。そもそも一度しか会ってませんし……確か所長、お子さんがいるって言ってましたよね?」

 「あぁ……十四歳の娘と十一歳の息子がいるぞ。それがどうした?」

 「実はね、シルヴィアのことなんですが……」

 

 

 私はシルヴィアへの接し方について所長に相談することにした。年頃の娘への接し方について、人生の先輩とも言えるランド所長なら、何か良いアドバイスをしてくれるのではないか、と。

 

 

 「シルヴィア……あの嬢ちゃんがどうした?なんだ!彼氏でも出来たってか!別嬪さんだしな!!」

 

 

 大声で笑うランド所長の声に私は眉を八の字に下げる。



 「あのじゃじゃ……じゃじゃ馬?を手懐ける男がいたら見てみたいもんですね……まぁ今回はそういうことではなくて、あの子の無鉄砲さというか……」

 「あぁ……勇者に憧れてるもんな、あの子は!」

 「そうなんですよねぇ……。憧れるのはいいんですが、それでちょっと気持ちだけ先走っちゃてて……」

 

 

 私がそう言うと、ランド所長は髭を撫でながら考え込んでいる。二人の子を持つ親として、助言を貰えればいいんだが……。暫くするとランド所長が口を開く。

 

 

 「まぁ仕方ねぇよ!そういう年頃だしな!兄ちゃんはちゃあんと手綱を握ってるみてぇだし、危ねぇことと悪ぃことさえしなきゃ放っといても大丈夫よ!!」

 

 

 兄ちゃんがついてりゃきっちり仕事も覚えそうだしな、と笑いながら所長が言う。……つまり現状維持か。有り難いような、そうでないような言葉に私は曖昧な笑みを浮かべる。

 

 

 「で、その嬢ちゃんはどうしてるんだ?」

 「薬草採集ばっかりで気が落ちているので、次はシルヴィアに仕事を選ばせようと。今はギルドの方で掲示板を見て――」

 

 

 「クサカリさん!ちょ、ちょっと……!」

 

 

 背後の声に振り向くと、受付嬢のヘレナが血相を変えて倉庫に駆け込んできた。勢い良く私に近づくと、私の手を取ってギルドの方へ連れて行こうとしている。

 

 

 「ど、どうしたんですか、ヘレナさん?何か問題でも――」

 「だ、大問題ですよ!ちょっと来てください!」

 

 

 ヘレナに手を取られギルドに向かうと、昼食時を過ぎたということもあり入り口には冒険者が壁を作っていた。

 

 

 「はいはいちょっと!ちょっと通りますよ!!」

 

 

 ヘレナに引っ張られるままに人垣を抜けると、そこには腰に手を当てて直立不動の姿勢を取るシルヴィアと、その向かいにビリネル一味が立っているのが目に入った。ビリネルは腰の剣に手を掛けている。一瞬即発の雰囲気に、誰も声を上げる事ができない。シルヴィアは私を見つけると、私に駆け寄ってきた。

 

 

 「おい、シルヴィア……一体何があった」

 「お前の知り合いかよおっさん!そいつ、頭おかしいんじゃねぇのか!?」

 

 

 声を荒げるのは私を睨みつけているビリネルだ。その額には青筋が走り、今にも剣を抜きそうだ。彼の足元には大鎧を着た戦士風の男が蹲っており、黒いローブを着た男はビリネルの後ろで狼狽えている。

 

 

 「ラーベよ!彼奴等がな、我に触れてきたのだ!」

 「……もうちょっと詳しく話せるか?」

 「勝手に話を進めてんじゃねぇ!ぶっ殺すぞ!!!」

 

 

 いきり立ったビリネルに、ため息を吐きながら私は答える。

 

 

 「じゃあそっちの話から聞かせてくれ。できるだけ詳しくな」

 「詳しくも何もねぇよ!そのガキが!俺の仲間怪我させたんだ!この落とし前どう付けてくれんだ!?あぁっ!?」

 

 

 ビリネルの言葉に足元の男に目を向けると、大鎧を着た彼と目が合った。

 

 

 「……兄ちゃん、俺の相棒に何かしたのか?」

 「あ、相棒!いいな!相棒……ふふっ!」

 

 

 “相棒”の響きにニマニマと笑うシルヴィアの頭を撫でる。私はしゃがみ込み、大鎧の彼に目線を合わせる。大鎧の彼は右肩を押さえてうめき声を上げているが、意識ははっきりしているようだ。

 

 

 「なにも、なにもしてないぞ……」

 

 

 目線を泳がせながら彼は答える。

 

 

 「何もしてない?俺の相棒は、何もしてない相手を痛めつけるような奴じゃないぞ」

 「うるせぇよおっさん!オメェはすっこんでろよ!!」

 「黙れビリネル。俺は彼と話をしてんるんだ。……で、どうなんだ?」

 

 

 彼はちらとビリネルを見た後に目を伏せて何も答えない。仕方がないのでシルヴィアに話を聞く。

 

 

 「シルヴィア、彼に何かされたのか?」

 「うむ!掲示板の仕事を見ていたらな、そこのヨロイ男がぶつかってきたのだ!それでな、『肩が外れた』だの、『慰謝料代わりに付き合え』だのと喚くからな……」

 「それで痛めつけた、と」

 

 

 シルヴィアは左右に大きく頭を振る。

 

 

 「違うのだ!ラーベ以外に触れられたことにはイラッとしたが……我慢したんだぞ!ちゃんとラーベの言う通りに警告もしたんだぞ!」



 “ヨロイ男”に目を向けると、サッと目を逸らされた。

 

 

 「肩が外れたって嘘を吐いたのも、我に触れてきたのも謝れば許してやると言ったのに、ヨロイ男もそこのヘラヘラした奴も全然言うことを聞かぬ上に……外れたと抜かす腕で我の頭を触ってきたのだ!」

 「それは本当か?」

 「うるせぇ!だとしてもやり過ぎだろうがよ!」



 ビリネルに反省の色は無い。それどころか、悪いのはこちらだと一歩的にがなり立てる。

 

 

 「なぁ君、正直に答えたら治療してやる」

 「……なんだ」

 

 

 話の通じないビリネルではなく、ヨロイ男に声を掛ける。彼は脂汗をかきながらも受け答えははっきりしている。

 

 

 「彼女の言ったことは本当か?」

 「……あぁ、間違いない」

 「なら先に吹っ掛けてきたのはそっちの方だよな、ビリネル?」

 「……それがどうしたって言うんだよ?俺の仲間を痛めつけておいて、只で済むと思うなよおっさん!」

 

 

 私はため息を吐き、ヨロイ男をゆっくりと背負った。すると、ヨロイ男が軽く声を上げる。

 

 

 「どうだ?今のでハマったと思うんだが……ゆっくり回してみろ」

 「うぅ……お、お……?肩が、肩が上がる……!」

 「そいつはよかった。三角巾での吊り方は分かるか?」

 

 

 私は彼の肩口に治療術式を施し、最低でも一週間は大きく動かさないよう助言する。

 

 

 「で、何か言うことがあるんじゃないのか?」

 「……嬢ちゃん、悪かったな」

 

 

 ヨロイ男は立ち上がりシルヴィアに謝罪する。シルヴィアは眉間に皺を寄せていたが、二度とこんな事するなよ!と許したのだった。やり過ぎた感もあったが、シルヴィアは着実に人間の常識を身に付けている。シルヴィアの成長を目にすることができ、これにて一件落着――

 

 

 「おいおっさん……俺達の面に泥ォ塗りやがって……決闘だ!決闘しろコラァッ!!!」

 

 

 ――とはいかないようだった。

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