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閑話 夜烏の眼は、手掛かりを掴む。

 「アナタはいい人ね。だから、殺さないであげる」



 一体どれ程の時間が流れたのか。眼にしたコーヒーカップから湯気が上がっているところをみると、ほんの数瞬の出来事だったのだろう。シャツは汗でじっとりと濡れている。一体私は何をされたんだ?ニコニコと笑う彼女の左目には、眼帯が着けられている。 



 「君は、一体……」



 私の問いかけに、彼女は只微笑む。その微笑みが不気味に感じられて、目線をテーブルに移す。



 “ヴィッツ近衛卿暗殺さる!連続大臣殺しの同一犯か――”



 折り畳まれた新聞の一面、一際大きく書かれた記事が目につく。



 「近衛卿も、正直者だったら、苦しめずに済んだのにね」



 明るく彼女は口にする。『苦しめず』?『苦しまず』ではなく?その赤黒く汚れた指先で、彼女は一体何をしたというのか。



 「隊長が恩義を感じていたみたいだから、アナタには何もしないでおいてあげる」



 隊長……?誰のことだ?地下牢に収監されて、今も宮殿前で揺られている彼のことか?



 「……可愛らしい娘さんね。最近はお父さんとして、なにかしてあげた?」



 彼女の声に顔を上げる。何故娘のことを知っている?何故今、娘の話題を挙げる?



 「そうね、チーズスフレなんていいんじゃないかしら?私も好きだし。持って帰れば奥さんも娘さんも喜ぶわよ?まぁ、食べることができれば、だけど」

 「か、か、家族に何をするつもりだ!?お、俺が、俺が何をしたと言うんだ……」



 椅子から立ち上がり、彼女の眼前で吠える。彼女は、只微笑むだけ。



 「ご家族には何もしないわよ。今はまだ、何もね」

 「……俺に、どうしろと、言うんだ」



 ……明らかな脅迫だ。近衛騎士の一員とはいえ、私に出来ることは限られている。いや、家族を質に取られているんだ。私は何でもする。大悪鬼になろうとも。



 震える私に、彼女は軽い口調で答える。



 「何もしないで。アナタは今朝、何時も通り喫茶店に来て、何時も通りモーニングを楽しみ、何時も通り出勤する。そう、何も無かったの。誰にも会わず、只何時も通り……」

 「……この出来事を、忘れろと?」



 彼女は微笑みながら私の頭を、まるで子供をあやすように撫でる。



 「誰に聞かれても、何を聞かれても、こう答えるのよ?『誰にも会わなかった』と」



 どういうことだ……?意味が分からない。身代金を要求されるでもなく、何か行動を起こせというのでもなく、何もするな、と?



 「アナタに保護術式を施したわ。これはね、隊長が生み出した最高級の傑作よ。どんな悪意からも、アナタを護るの。アナタは死ねないわ。術式が護るもの」



 家族を質にとり、私を保護する?駄目だ、頭がこんがらがって上手くまとまらない。……“死ねない”?



 「……意味が、分からない……」

 「何がわからないの?アナタは只、今朝のことを忘れればいいのよ?」

 「……この術式は?」

 「これはね、アナタがどんな責め苦に遭ってもアナタを護る様にできているのよ。そう、自分自身の悪意にもね。よかったわね?これで寿命で死ねるわよ?」



 彼女の表情は変わらない。



 「家族には、何も、しないでくれ……」

 「えぇ、アナタが今日のことを忘れればね」

 「忘れる!忘れるから!!頼むよ、この通り、頼む、お願い、お願いします……」



 テーブルに頭を擦り付ける私に、彼女は、何も言わない。





 「……どうしたんですか!?気分でも悪いんですか!?」



 皿を下げに来たウェイトレスに揺すり起こされる。目の前には、誰もいなかった。



 「いや、大丈夫……。さっきここに……」



 言いかけて、言葉を噤む。誰もいないはずなのに、視線を感じたからだ。



 「さっき?なんです?お客さんは近衛さんだけですけど……」

 「あぁ、勘違いだ。……すまない、ちょっと気分が悪いから、残してもいいかな?」

 「……お口に合いませんでしたか?」


 

 済まなそうな顔をするウェイトレスに、体調が悪いだけだと告げ、喫茶店を後にする。絡みつくような視線を感じ、辺りを覗う。誰も私を見ていないはずなのに、気分が悪い。私はタイを緩めると、今日は仕事を休んでチーズスフレを買って帰ろうと思うのだった。





 ――――





 『東部冒険記』だけが返却できなかった?何故?それは多分隊長が懐に仕舞ったからでしょうね――アリアはそう考える。



 大陸西部全域を覆う哨戒網にも、隊長の魔力反応は感知できなかった。哨戒網を構築したのも、今吊るされているこの男が隊長ではないと気付いてからだった。



 処刑執行の瞬間は見ていない。取り乱してしまって処刑場からつまみ出されてしまったから。



 どんな状況下に於いても、冷静であれ――隊長の言葉を忘れてしまうとは、懐刀失格だわ。しかし、この“すり替え”に気付くまでの三日間のロスは大きい。隊長なら、三日間あれば何処にだって逃げ出せたはずだわ。



 執行から一週間が経った今、様々な情報の断片から、隊長が確かに生きていることはわかった。でも、何処で何をしているのかは検討がつかない。そんな状況にあって、近衛卿から得られた情報は大きかったわね。看守にも接触出来たし、収監中の隊長の様子が判明したのは大きな前進だったわ。



 隊長は、執行当日にその資産をすべて貴金属類に換金している。それも帝国全域で、額を変え、品を変え、足取りを散らして……。



 何のために?それはきっと、帝国の外で生活するためでしょうね。では何処に行くの?その足取りが、全く掴めなかった。それがようやく、前進しそう。



 『東部冒険記』を手に入れれば、隊長の居場所がわかるかもしれない。隊長を苦しめた奴らには相応の報いを受けさせたわ。



 待っててください、隊長。もうすぐ、もうすぐお側に参りますので――

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