表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/65

閑話 夜烏の眼は、足取りを追う。

 「おはようございます!ご無沙汰ですねぇ~!」

 「おはよう。いやぁ、ちょっと“出張”でねぇ……」



 出勤前に寄った喫茶店で顔を合わせたウェイトレスは、ニコニコと私に挨拶をした。出勤前に新聞を読みながらモーニングを楽しむ。近衛騎士なんて息の詰まる職業なんだ。このぐらいの余裕は必要だろう。



 「お疲れ様です~!あ、モーニングでいいですか?」

 「あぁ。今日のジャムは何かな?」



 この店の良い所は数多くある。そのうちの一つが、モーニングに付属するジャムやバターを選ばせてもらえる所だ。この店自家製のジャムは専門店に並べられている物に引けを取らない。昨日良いイチゴが手に入ったんです、とニコニコして言うウェイトレスの言葉に、口に広がるイチゴの香りと甘みを想像して涎が止まらない。



 ウェイトレスにモーニングの代金を手渡す。「500万エルだなんて、今日び八百屋のおじさんでも言いませんよ!」なんて言いながらパシパシと私の肩を叩くウェイトレスは、「でも元気そうで良かった」と微笑んだ。私の娘も、このぐらいの気安さがあれば良いのだが……。



 最近では、近衛騎士の一人娘ですから!だなんて肩肘張っている。こんなんじゃあボーイフレンドを家に連れてくるのも当分先か。……娘がボーイフレンドを連れてきて、『娘さんを僕に僕にください!』なんて言われたらどうしようか……取り敢えずブン殴ろう。



 私はイチゴジャムを楽しみにしつつ、いつもの席に座る。この店は帝都大通りに面する一等地にあり、休日になると多くの観光客で賑わう。私の座ったテラスの一番奥は、皇帝陛下の住まう宮殿を真正面に臨む一等地の中の一等地だ。



 私はそんな席にあって、敢えて宮殿を背にして座った。



 「はい、今日の新聞です!セットは出来上がったらすぐ持ってきますね~!」



 そう言うウェイトレスから手渡された新聞を見て、私は違和感を抱いた。



 「……あれ?今日は新聞違うね」

 「あそこ、御用新聞だからって……戦争が終わってあんな手のひら返ししたら兵隊さんが可哀想ですよ。だからモルゲンゾンネを取るの止めたんですよ」



 ウェイトレスは鼻に皺を寄せてそう言う。彼女が言う“兵隊さん”は、宮殿の前で今も揺れている彼のことだろう。救国の英雄、北部解放の導き手と持て囃され、停戦合意後は万人殺しの大悪鬼や大逆人等と呼び名を変え散々に扱き下ろされた彼は、先日の死刑執行からその首が腐り落ちるまで、宮殿前で晒し者にされる予定だ。久々のモーニングを楽しむのに、死体が目に入っては気も滅入る。だから私は宮殿を背にして席に着いたのだ。





 私が宮殿地下牢に“出張”している際に収監されていたのは、救国の英雄その人だった。



 宮殿地下牢は、叛意を持つ貴族や皇室関係者を収監する特別牢だ。通常の牢獄に収監するには影響の大きい人間を秘密裏に収監し、処刑する。



 極秘裏に“処理”するため、看守もトップダウンで指名された者が務める事になっている。三交代制で私以外にもう二人看守がいるはずだが、交代時も顔を合わせないようにされているため、私以外の看守が誰なのか、顔も名前も知らない。



 過去何度か看守を務めたが、彼程冷静だった人間はいなかった。収監された大抵の人間は狼狽え、嘆き悲しみ、暴れ、看守に暴言と汚物を投げつける者さえいたというのに。





 ――――





 「……看守さん、それ、小説ですか?」



 私は彼の言葉に、手にしていた本を背中に隠す。中年が可愛らしい女の子が書かれた表紙の本を読んでいるなんて知られたら、馬鹿にされる。



 「『馬車に撥ねられたら異世界だった件について』ですよね?あれ、最新刊で完結って聞いてたんですけど……」

 「えっ?これ、もうすぐ完結するのか?」



 囚人と会話をするのは規定違反なのだが、読んでいた本を馬鹿にするでもなく、続きが気になるという彼と言葉を交わすようになり、意気投合して感想を言い合う仲になった。



 「看守さん、お願いがあるんですが……」

 「……なんだ、大したことは出来ないぞ」



 人懐っこい笑顔を浮かべる彼を見て、こいつは自分の未来を知らないのかと不安になった。この牢に投獄されたものは、全員処刑されるというのに……。



 「いえね、どうせ私は処刑されるでしょう?今日か、明日か、明後日か……わかりませんけどね」



 自分の近い未来を把握していた彼は、しかし取り乱すこともなく、淡々と話す。



 「ほら、『ウマハネ』は死んだと思ったら異世界に飛ばされる話でしょう?もしかしたら私が処刑される瞬間、異世界に飛ばされるかも」

 「……ありえない話だ。お伽話を本気にすると、笑われるぞ?」



 そう言うと彼はくつくつと笑いだした。『ウマハネ』とは私が今読んでいる娯楽小説の略語で、若者に大人気だ。



 「そりゃそうですよ。でもね、看守さん。私は縋る物が欲しいんですよ」

 「……縋る物?」

 「えぇ、処刑までの間、気休めでもいい。処刑されたら異世界だったらなぁ、なんて妄想でもして、現実逃避したいんですよ」



 彼の眼は狂っていない。光を失っていないその眼を見て問う。



 「……で、お願いってのは?」

 「今更悔い改めた所で救われるとも思えないのでね、処刑されるまでの間、暇を潰したい。いくつか小説を見繕って持ってきてもらえませんかね?」

 「……神は慈悲深い。深く懺悔すればきっと神も……」

 「何百人も殺した。神は私を赦すと思うか?」

 「……赦さんだろう」



 何百人も殺した?この青年が?人は見かけによらぬものとはよく言ったものだが、俄には信じられない……。



 「“万人殺しの大悪鬼”でもね、夢を見ることぐらいは……許されてもいいでしょう?」


 

 自嘲気味に嗤う彼に、掛けられる言葉は、無かった。

 


 私は完結している異世界物の小説をリストアップして、彼に渡した。そのリストから彼が気になったものを挙げてもらい、図書館で借りてきては彼に又貸しする。



 そんな生活が一ヶ月程続いたが、やはり終わりは唐突だった。出勤した私を出迎えたのは、無人になった宮殿地下牢だった。地下牢の片付けが最後に当直に当たった者の仕事になるのだが、一ヶ月も人が住んでいたとは思えない程、地下牢は片付けられていた。



 綺麗に掃き清められた床に、整えられたベッド。机には私が貸していた本と、帝政25周年記念金貨が短い手紙と共に置かれていた。



 『貴方の御蔭で救われた。最大限の敬意と感謝を貴方に。ユルゲン・フォン・ユンカース

 追伸:一冊鼠に齧られて使い物にならなくなってしまった。記念金貨を置いていくので、これで補填されたい』



 ……これから死んでいくというのに律儀な男だ。彼の手紙で救国の英雄だったことを知った私は目尻を拭うと、本と手紙を手に、地下牢を後にするのだった。





 ――――





 「お待たせしました~!……久し振りなんで、ジャム多めにしときましたよ!」



 ウェイトレスの言葉に現実に引き戻される。机に置かれたモーニングを見て、口内が涎で満たされる。私は軽く焦げ目のついたパンにイチゴジャムをたっぷりと塗り、頬張る。爽やかな甘酸っぱさがサクサクのパンによく合う。急いで食べ尽くしたい欲求を抑え、一口一口大事に咀嚼する。



 二枚あるパンのうち一枚を食べ終えた所で新聞を手に取ると、驚きの記事が目に入った。



 “ヴィッツ近衛卿暗殺さる!連続大臣殺しの同一犯か――”



 近衛卿は私が所属する近衛騎士団のトップである。記事を読むと、ここ数日で発生している大臣殺人事件との関連性を挙げていた。その手口は凄惨を極め、殺された大臣は甚振られた末に死に至ったという。



 ……イチゴジャムじゃなく、バターにしてもらえばよかったな。そう思い新聞を顔の前から下ろすと、私の対面に少女が座っていた。



 いつの間に?私が新聞を読んでいる数瞬の間に席に着いたというのか?いくらリラックスしている状況でも、流石にこんな至近距離に人が来れば気付くはずなのに……そもそもなんでこの少女は、態々私のテーブルに?周囲には空いている席があるといのに――



 「ねぇアナタ、ちょっと聞きたいんだけど」



 私が逡巡していると、少女は口を開いた。



 少女の年の頃は14、5歳だろうか?私の娘とそうかわらないだろう。金髪碧眼で、垂れ目がちの顔立ちだが、目鼻立ちの整った美人になるタイプだ。あと4、5年もすれば貴族のボンボン共が放っておかないだろう。



 左目を病んでいるようで眼帯を着けているが、それが庇護欲や嗜虐心をソソるって奴も多いだろう。……貴族サマは変態が多いからな。



 「……何かな、お嬢さん」



 私は努めて冷静に言う。背中に流れる冷や汗を感づかれる訳にはいかない。





 「ねぇ、地下牢には、誰が、いたの?」





 ――息が止まった。額から汗が流れる。何故この少女はそんなことを聞く?私が宮殿地下牢で看守を務めていたことを知っているのは、騎士団長と、その上の近衛卿だけのはず……。



 彼女の顔から目を逸らすと、テーブルの上で組まれた彼女の手が目に入った。白い肌、しかしその両手の先は赤黒く汚れている。そのコントラストが、嫌に目につく。





 「私を見ろ」



 そんなことを考えていると、少女は低くそう呟いた。決して大声では無いが、その言葉からは抗い難い圧を感じる。彼女を見ると、眼帯を外したその左目と視線が交わる。





 左目は、猫の瞳のような金色の瞳が、妖しく光って……いや、左目にはなにがある?何もない?まるで樹海の巨木の虚のように暗闇が、まて、彼女はどんな顔をしていた?これ以上見てはいけない。視線が外せない。顔には何がある?顔がない?ぼやける彼女の輪郭の内側は暗闇だ。これ以上見てはいけない。視線が外せない。目の前の人間は何者だ?何故私に声を掛けた?何故私が宮殿地下牢の看守を務めていたと知っている?これ以上見てはいけない。視線が外せない。知っているのは騎士団長と近衛卿だけのはずこれ以上見てはいけない視線が外せないやめろ近衛卿はどうなった拷問に掛けられた何故拷問になんのためこれ以上見てはいけない視線が外せない目の前のものはなんだなぜわたしなんだわたしがなにをしたこれ以上見てはいけない視線が外せないわたしになにをするつもりだいやだこれ以上見てはいけない視線が外せないわたしになにをいれるつもりだふゆかいだやめてくれやめろこれ以上見てはいけない視線が外せないやめろこわいこわいなにをするつもりだやめてくれこれ以上見てはいけない視線が外せないめのまえにはなにがあったおれはただしごとまえにあさめしをこれ以上見てはいけない視線が外せないやめろこわいこわいこわいこわいやめてやめろやめろやめろやめろおれにはいてくるなくるなくるなくるなやめろころさないでころさないでおねがいゆるしてくださいおねがいですころさないでくださいやめてくださいやめてくださいゆるしてくださいやめてくださいゆるしてくださいなにもかんがえられないこわいこわいこわいこわいこわいこわいやめろこわいゆるしてくださいゆるしてくださいゆるしてくださいゆるしてくださいおねがいですおねがいですおねがいですおねがいですおねがいですおねがいですおねがいですあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ、




























あ。

少しでも面白いと思っていただけましたら、下記のフォームからブックマーク、感想、評価をお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ