11 狐の少女に武器を作ろう!
「これは……爪、か?」
シルヴィアは手にした鉤爪を、口をへの字に曲げて弄っている。明らかに不満そうだ。渡した武器は鉤爪だ。四本の爪が緩く湾曲しており、黒い金属光沢を放つそれは長さ二十cmの刃引きの爪だ。持ち運びにも取扱にも注意を要する大剣に比べて気軽に振り回せ、今までの戦闘スタイルに近いタイプの武器なのでシルヴィアも馴染みやすいだろう。そう思って作成した鉤爪だが、その第一印象はあまり良くないようだ。
「これならまだ鉈の方がマシなのだ……」
しょんぼりしている彼女は、まだ鉤爪の真価に気付いていない。私が拘りをもって作成した逸品を、只の鉤爪と思わないでもらいたい!
「シルヴィア、鉤爪を着けて、もう一度魔爪を放ってみな」
私が鉤爪を作成している間、彼女は横になって休息を取っていた。魔力も大分回復しているようなので、試し打ちをさせてみる。私は先程作業服を掛けた棒切れと同じ位置に標的板を構成する。
この標的板は帝国陸軍開発隊で設計開発された攻撃術式の試験に使用されるもので、黄色の板の中心に黒色の十字が表示されている、一辺が二mの正方形魔力板だ。術式の標的中心に対する散布率や、貫通力、破壊力等の威力判定が可能である。単純な防御力だけを見ると、今着用している作業服や私の戦闘服を遥かに超える。
先程と同じ距離から標的板に正対し、胡乱な目をしながらも腰を低く屈め、魔力を集中させると、彼女はその価値に気付き始めたようだ。
「お…おぉ…?何だこれは……?スッと高まるな……!」
感覚的な感想だが、間違ってはいない。この鉤爪はシルヴィアの魔爪の発動に最適化させた、謂わば“補助具”だ。先程見せてもらった魔爪は、腕に魔力を集中させて放出する技であった。おそらく、白狐の姿で発動していた魔爪を、人型の身で再現したのだろう。
例えるなら、魔力の暴風。四条の魔刃が、常人には捉えられない速度で襲いかかる。並の獣なら何をされたのかも分からぬまま絶命するだろう。しかし、野生の魔術故に集中した魔力の収束が甘く、距離による魔力の拡散と威力の減衰が大きかった。私はこの魔力の拡散と減衰を極限まで低下させた術式を爪芯に組み込んだ。抉るよりも、切り裂く。鋭い刃が遠距離まで到達するイメージを具現化させる“補助具”が、この鉤爪なのだ。
シルヴィアがその右腕を、勢い良く振り抜く。音を超える魔爪が標的板を穿つと、鋭い金属音を響かせながら、標的板が崩れ落ちた。
「おおぉ~~~!!!これは凄いな!いやぁ、ショボい見掛けによらぬものだな、なはは!!!」
打って変わって彼女は満面の笑みで飛び跳ねる。全身で歓びを表現しているようだ。私も、自らが生み出した道具がその性能を遺憾なく発揮できているようで嬉しさが込み上げる。
「どうだ?気に入ったか?」
「うむ!これなら最強に磨きがかかるわ!」
「そりゃよかった。もう一つ、シルヴィアに作ったものがあるんだが……」
そう言って、私はシルヴィアに掌程度の大きさの“板”を手渡す。黒色の平滑な装飾のない只の“板”だが、これこそが私が本領を発揮するための装備なのだ。
『行動支援装置 試作型』
開発隊にいた私が設計開発した各種術式の中でも、自信を持って最高傑作と呼ぶことが出来るそれは、高密度術式回路積層体で構成された文字通りの“秘密兵器”だ。それまで目視に頼っていた索敵を広範囲かつ高精度で行い、使用者の攻撃術式に連携して補足目標を追尾、効果的な攻撃を加える事が出来る。目視に頼らない目標類識別により、視界外戦闘能力を飛躍的に向上させることに成功した。また、空間術式や通信術式等を同時展開することにより進出・攻撃・帰投・野営等の各種活動に必要な支援が可能である。更に拡張性も確保しており、新たな術式の追加も可能である。
本来であれば大陸戦争中に試験運用しその結果によって制式採用の可否が判断される予定であったのだが、私の投獄により有耶無耶のままになっていたものを回収し、逃亡したのだ。
「……これはなんだ?篭手にしては小さいな……」
「右手に持って、魔力を通してみろ。……軽くだぞ!一気に通すなよ!?」
この野性味溢れる少女は、力の加減を知らない。ポカポカと私の胸を叩いているつもりなのだろうが、私の反応装甲術式が自動展開することが多々あった。生身で受けたら複雑骨折間違いなしである。その都度力加減を教えていたのだが、どうにもまだ調節は難しいようだ。
そんな彼女が得体の知れない物に『魔力を通せ』と言われたら、多分全力で魔力を込めるだろう。支援装置には冗長性をもたせているが、きっと彼女の全力には耐えきれない。設計図を私が現用している原作機に組み込んでいるので装置の複製や修復自体はそう時間がかからないのだが、構築に多大な魔力を消費する。出来る限り壊さないで運用したい。
シルヴィアは眉間に皺を寄せながら少しだけ魔力を収束させる。今までこういった魔力操作をしてこなかったようで、薄っすらと額に汗を浮かべる姿は、真剣そのものだ。
「……っ!な、なんだこれは……!?おいラーベ!貴様、我に何をしたっ!?」
素っ頓狂な声を上げながら、忙しなく頭を動かす彼女の見た目には何一つ変化はない。変化があったのは、彼女の視野の内だけだ。この行動支援装置は、視界内に各種情報を直接表示させる。今まで経験したことがない視界の変化に彼女は慌てふためいているようだ。
「落ち着け、シルヴィア!深呼吸して……今何が見える?何が表示されている?」
「……よく分からん。線……?緑色の線が、たくさん見えるのだ……」
支援装置の初期起動画面は水平度、高度、速度が表示される飛行術式画面だ。この状態で捜索術式を展開すると、円形表示で捜索状況が表示される。対地・対空両用であり、補足した目標の方位距離が一目で判別可能だ。観測術式を遠隔操作していたのも、この支援装置の機能の一つである。
「よし、起動成功だ……。これはな、シルヴィア、目標を探したり、転移術式を展開したり、清浄術式を使ったり……色々使える便利な道具だ。試しに清浄術式を展開してみようか」
「……なんだそれは。綺麗にするやつは、ラーベが掛けてくれればいいではないか……」
何故か口を尖らせて不満そうに言う彼女だが、取り敢えず装置の起動には成功したようだ。
「旅をするには滅茶苦茶便利なんだ。今まで狩ってきた獲物も、さっきの虎も、この道具に収納してるんだぞ?」
「でもな、我の身体を綺麗にするのは……ラーベにやってほしいのだ!」
顔を下に向け、その頭を私の胸にぐりぐりと押し付けながらシルヴィアが言う。……可愛らしい反応だな。反応装甲が展開していなければ言うことは無いのだが。あと尻を撫でるな!
「ほら、旅の途中で俺が疲れ切ってることがあるかもしれないだろ?そん時はシルヴィア頼みになるんだがなぁ……。そっかぁ……シルヴィアには頼めないかぁ……」
そう言うや否や、シルヴィアは顔を上げて目を輝かせる。
「そうだな!うん、そうだ!しっかたがないなぁ~!この我に何でも頼るがよいぞ!!」
薄い胸を張りながら得意気に言う彼女に、清浄術式の展開方法を指導する。自らの意識と連接しているこの装置は、所謂“無詠唱展開”が可能だが、不慣れな者が使用すると、術式を思い浮かべただけで展開させてしまう可能性がある。その不時発動を防止するための安全装置として、身体の動きと発声による発動機構を採用している。戦闘中や高速機動中には一瞬の隙が命運を分けることになるので、安全装置を解除することも可能だ。
「シルヴィア、手をこう……手首から先を振りながら、『清浄術式展開』と唱えるんだ。簡単だろう?」
「……それだけでいいのか?こう……グワッ!と集めたりしなくてもいいのか?」
「ああ、この道具が展開に必要な分だけの魔力を使うから、シルヴィアは魔力操作しなくても大丈夫だ」
身振り手振りを交えながら発動方法を指導する。彼女は何やら考え込んでいるようであったが、暫くすると手を胸元に持ってきた。
「……『清浄術式、展開ィッ』!!!」
大声で叫びながら、胸元の右手を大きく外方に振り抜いた。すると彼女の足元に清浄術式が展開され、術式が彼女の身体を清めていく。
「おおお……!本当だ!こんなに簡単に使えるとは……!」
「……小声で、手首だけ動かせば使えるんだぞ?そんな大げさな……」
「いや、なんかな、こういうのは……そう!雰囲気だ!雰囲気は大事なのだ!!」
その方が格好いいだろう?と口角を上げる彼女に苦笑いを浮かべる。一先ず、支援装置の基本的な使用法を教え込むことにする。帝国公用語が読めれば直感的に使用出来るのだが、使用言語の異なる彼女には機能の一つ一つを教えねばなるまい。
この支援装置と鉤爪を連携させれば、快適で安全な旅を楽しむことが出来る。出来るのだが……自分で作っておいて今更だが、こんな高威力の物など何に使えというのか。只の旅には明らかに過剰性能だ。一つに凝りだすと、適度な“止め時”が分からなくなる。結果として、コストや効率を度外視した、必要な性能を遥かに上回る物を作成してしまう。これは数年に渡って在籍していた開発隊時代から続く私の悪い癖だ。
――私は草を狩りながら静かに、平凡に暮らすのではなかったのか?これで魔王誅滅も捗るな!と大声で笑う彼女の声に、私はこめかみを押さえるのだった。
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