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10 狐の少女の実力は?

 「お前さんは、本当に血の気が多いなぁ……」

 「シ・ル・ヴィ・ア!だと!!言っておろうが!!!」



 そう言う彼女は、虎の首根っこを片手に引き摺りながら私に近づいてくる。いい獲物がいたぞ!と街道から飛び出した彼女は、ものの数分で虎を片手に戻ってきたのだ。虎の返り血に塗れながら。



 血塗れの少女が腸をはみ出させた虎を片手に歩いてくる姿は、ちょっとしたホラーだ。いや、耐性が無い者が見たらその場で失神してもおかしくない。野兎でも捕まえてくるのかと思っていた所にこの虎だ。流石の私も度肝を抜かれた。



 「ラーベ!あれ!あれやってくれ!」



 驚く私に構うこと無く両手を広げて抱きつこうとするシルヴィアをワンステップで避け、清浄術式を展開する。シルヴィアは頬を膨らませたが、流石の私も血に塗れる趣味はない。シルヴィアに展開した清浄術式は、瞬く間に彼女の汚れを分解していく。



 「あ~、さっぱりした!しかし此奴、チョロチョロと鬱陶しいことなかったぞ!御蔭で汚れてしまった!」

 「そもそもだな、普通の人間はこの大きさの虎を一人で狩ろうとなんてしないからな……」



 私は森の最強だからな!と笑うシルヴィアに釘を刺す。



 「何度も言ってるが、俺は逃亡者なんだぞ?変に目立って捕まるのも、面倒事を押し付けられるのも御免だ」

 「むぅ……その力、隠しておくには勿体無いぞ……?」

 「いいんだよ。俺は静かに、平凡に暮らせれば、それで……」



 眉を顰めるシルヴィアは、そんなの詰まらないだの、宝の持ち腐れだのとぶつぶつ言っているが、全て無視だ。



 「そうだ!ラーベ、我も武器が欲しい!」



 シルヴィアが狩ってきた虎は、腹部が大きく抉られている。飛び掛かってきた虎の腹部目掛けて魔爪を放ったのだという。得物を使えば血塗れにならずに済むしな!と笑う彼女の右腰には、私が持っている剣鉈と角鉈と同じものがぶら下がっている。



 「武器なら渡したじゃないか。それじゃ駄目なのか?」

 「こんな小さな鉈で何が狩れるというのだ!我はな、オサが使っていたような奴がいいのだ!こんなやつな!」



 こ~んなの!と胸の前で大きく手を広げるシルヴィアだが、人型になって日の浅い彼女が大剣なんかを振り回したら、自らを傷つけてしまいかねない。最低限の自衛と生活のために鉈を渡したのだが、彼女の御眼鏡には適わなかったようだ。そもそも、渡した鉈だって子供が使うには大振りだというのに……私はため息を一つ吐き、彼女に答える。



 「……素人が大剣なんかを振り回したら怪我するぞ?シルヴィアには虎を狩る力があるじゃないか。それで満足できないか?」

 「出来ぬな!オサは身の丈ほどの剣を使っていたぞ!今の我はオサより強いのだぞ!だから大丈夫だ!」

 「そういえば、その『マソウ』ってのはどうやって使うんだ?属性魔法か?術式の展開か?」



 言うことを聞きそうにない時は、話を逸らすに限る。シルヴィアと出会ってから身に付けたテクニックだ。



 「ん?魔爪はな、こう……グワァー!って溜めて、バシッ!と叩きつけるのだ!」



 感覚的過ぎる説明を身振り手振りで披露するシルヴィア。笑顔で腕をブンブンと振り回す姿はとても可愛らしい。二つに縛った銀色の髪が腕の動きに合わせて左右に揺れている。今日は青空が広がり、夏の前の爽やかな空気に心も清々しい。まるでピクニックのようだなと彼女を見ていると、彼女は怪訝な顔をしてこちらを振り向く。



 「ラーベ、ちゃんと聞いてたか?」

 「……あぁ、聞いていたぞ。グワッ!と溜めて、バシッ!だろ?」

 「わかってるじゃないか!でな、この魔爪にはいくつもの技があってだな――」



 得意気な顔をしてくるくると回る彼女を尻目に、私は虎の解体を進める。進めると言っても解体術式となめし術式を展開するだけなのだが。



 「おい!?ちゃんと聞いてるか!?」

 「あぁ、聞いてる聞いてる。グワッとバシッとだろ?」

 「そうだけど~~~!!!こっちをちゃんと見るのだ!!!」



 地団駄を踏みながら憤慨している彼女の頭を撫でると、ある疑問が浮かんできた。その『魔爪』は、果たしてどれ程の威力があるのだろうか、と。

 


 初めて彼女に会った際に、暴れようとする彼女に対して拘束術式を展開したが、拘束の破断力が限界ギリギリだった。私の使用する拘束術式は、大陸戦争中に王国軍の機甲部隊を足止めするために開発したものだ。野生動物と自走火砲では、文字通り馬力が違う。それにも関わらず、彼女は拘束を解く寸前の力を発揮していたのだ。その膂力にも驚かされたが、その魔力は果たして如何程であろうか。

 

 

 私は作業服の上着を脱ぎ、手近に転がっていた枝を地面に突き立てると、その上端に上着を掛けた。



 「シルヴィア、ちょっとこの服に『魔爪』を放ってみてくれないか?」

 「おっ!腕試しだな!臨むところよ!!」



 彼女は腰を低く屈めると右手に魔力を集中させる。彼女と作業服の距離はおよそ十m。魔力感知を働かせなくても分かる程の圧力にまでその魔力を高めると、右手を大きく振り抜こうとし――



 「なぁラーベ!我の魔爪が勝ったなら、武器を作ってくれよな!」

 「いや待てそれは――」



 私の答えを聞く前に、彼女はニヤリと笑って右手を振り抜いた。収束された魔力は風切り音を発する四条の刃となり、常人には避けられない速度で作業服に襲いかかると、薄い鉄板を金槌で叩いたような甲高い音が響く。作業服の反応装甲が自動展開されたのだ。

 

 

 私達が身に付けている被服は、私が開発した魔素を物質変換する構築術式で構成されている。一見すると只の布地だが、その実、魔素と物理の複合装甲であり、大陸戦争中にはこの性能を大いに発揮した。作業服の装甲は戦闘服に比べて簡易型だが、それでも野戦火砲の直撃にも耐え得る。構築コストがあまりにも高額になってしまったため、私が所属していた“夜烏”隊員にしか配布出来なかったが。



 作業服に目をやると、周囲の魔素を取り込んでいる最中だった。防御に消費した魔力を周囲の魔素を取り込むことで補充する。この補充速度を上回る攻撃を加えない限り、装甲が破られることはない。彼女は展開された装甲に目を見開いたかと思うと、口角を更に釣り上げて魔力を高める。



 二撃、三撃、四撃……。連続して魔爪を振るう彼女は、終いには仰向けに倒れ込んだ。魔力を使い果たしたのだろう。肩で息をする彼女は顔だけを私に向け恨めしそうな声で言う。



 「なんなのだ~~~……。我の魔爪は、岩をも砕くのだぞ~~~……」

 「俺達の作業服は、岩よりも硬いってことだ」



 我の武器が……と悲しそうな声を聞くと、どうしても同情的になってしまう。私も甘くなったな。大剣とはいかないが、彼女に合う武器を作ってやろう。着替えやら荷物やらを入れるリュックサックも作ってやらないとな。



 「わかったわかった。今からシルヴィアに武器を作ってやるから、暫く待ってろ」

 「なにっ!?大剣かっ!?」



 シルヴィアはその場から勢いよく立ち上がると、立ち眩みを起こしたようで再び倒れ込む。



 「……大剣は作りません」



 私がそう言うと、彼女はため息を付き、恨めしそうな目でこちらを見やる。大剣なんて作っても危ないだけだし、第一私も扱い方が分からない。剣を使った近接戦闘など、部隊配属される前の共通教育期間中に少し齧っただけだ。シルヴィアにまともな剣術を教えることなど出来やしない。



 山育ちということもあり、彼女の戦闘スタイルは野性味溢れるものだった。魔力を勢いに任せて放出するだけのものであったが、魔爪を連撃出来る魔力総量と、その膂力は目を見張るものがる。魔爪に使用される魔力の収束が更に高まれば、反応装甲を抜くことも出来るだろう。



 この地方で信じられている属性魔法も彼女は知らず、勿論魔法術式など言わずもがな。謂わば“素直”な状態だ。ここは一つ、“帝国式魔術”を教え込んでやるか。

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