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第7章 闇と光

 私たちは、公演が行われたアイビスメッセのステージ前に立っていた。私、理真(りま)丸柴(まるしば)刑事の他に、五人の人物にも立ち会ってもらっている。残されたジーリオンのメンバー、ギターのジョージ、ベースのリキ、ドラムのリョウタ、キーボードのノブに加え、マネージャーの河合智之(かわいともゆき)の五人だ。


「何があったんですか、刑事さん、こんな夜中に我々を集めて」


 河合が腕時計に目を落としてから言った。もうすぐ日付が変わろうとしている。丸柴刑事が答える代わりに理真が口を開く。五人をここに呼び出したのは確かに丸柴刑事だが、発案したのは当然理真であるためだ。


「事件の謎が解けました」


 探偵のその言葉を聞くと、眠たそうな目をしていたメンバーたちは目を見開いた。続いて、探るように互いの顔を横目で窺い始める。バンドマンだけではない。マネージャーも例外ではなかった。


「この事件最大の謎は」何か訊かれることを制するように、すぐに理真は言葉を続け、「マサキさんがどこから撃たれたかでした。会場の大音響、照明、花火の特殊効果、被害者の歌唱スタイル、口パクと、犯行時の条件があまりに揃っていたために、銃撃はあらゆる方向から可能だったと言えました。前、左右、後ろ、そして、ステージのせり上がりの隙間を利用して、真下からもそれは可能でした。ですが、事件最大の謎は、逆に言えば最大の急所にもなり得ます。つまり、銃撃位置さえ分かれば犯人候補は絞られてくるということです」


 ごくり、と、誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。その間にも、理真の声は続き、


「銃撃位置はどこなのか、それは……」


 理真はゆっくりと指をさす。その指先を追って全員の視線が動き、一点で止まった。理真の指は真上を向いていた。その先にあるものは。


「キャットウォーク……」


 マネージャーの河合が呟いた。一見、天井を組む鉄骨と同化して分かりにくいが、それら鉄骨の間に、天井の点検などに用いられる、キャットウォークと呼ばれる狭い通路が渡してある。それは天井の中心を後方から前方まで縦断に貫いているため、ステージの真上も通過している。


「犯人はあそこの手すりから身を乗り出して、真下にいるマサキさんを撃ったのです。マサキさんは背中を撃たれていましたが、彼の歌い方であればそうなっても何もおかしくありません。〈クレイジーダンシングシャウト〉の最中、うずくまるように顔を大きく下に向け、背中を天井に向けた瞬間に弾丸を受けたためです。直立しているよりは、背中を天井に向ける分だけ的が大きくなって命中させやすいため、恐らく犯人もマサキさんがその体勢になるのを狙っていたのでしょうね。犯人はマサキさんを撃ったのち拳銃を捨て、それはステージと客席の間に落ちました」


 理真が指を下げると、一同も視線を水平に戻した。


「と……と言うことは」ギターのジョージが他の四人を見回して、「この中に犯人はいないってことになるな。マサキが撃たれた瞬間、俺たちは全員ステージ上にいたんだからな。河合さんも裏方で忙しかったし」

「え、ええ……しかし」と次にその河合が、「いったい犯人は何者だったというのです。あのキャットウォークには関係者しか行けないはずですが……」

「まだ正式に令状が取れていないもので、名前はご容赦願いますが、観客のひとりです」

「観客が、どうしてあそこに行けたというのですか。関係者が立ち入る場所には、必ずバイトが見張りをしていました。そこへ行くまでの間にも、大勢のスタッフの目に触れたはずです。不審な人物がいたら声を掛けないはずがない」

蝙蝠(こうもり)になったのです。犯人は、バイトに支給されるスタッフジャンパーを入手していたんです」

「コウモリ……?」

「そうです。公演の休憩時間に会場を抜け出した犯人は、スタッフジャンパーを着てキャットウォークに向かいました。途中、スタッフに会いそうになるとジャンパーを着てバイトに成りすまします。裏方のバイトであれば関係者も怪しみはしないでしょうし、そもそも、公演のスタッフは、バイトのことなど見えていないも同然だそうですからね。そのバイトが番をしている出入り口では、逆にジャンパーを隠して平然と関係者の振りをして通り抜けたのです」

「スタッフパスがない人間は通さないはずですが……」

「彼らバイトの実体をご存じないようですね。あなた方スタッフとの軋轢を生じさせないよう、パスを持たない人間でも、『関係者です』とひと言言われたら、何のチェックもなしに彼らは通しているそうですよ」

「だから蝙蝠か、イソップ物語の」


 ベースのリキが呟いた。彼の言ったとおり、イソップ物語に『卑怯な蝙蝠』と呼ばれる話がある。獣と鳥が戦争を始めたとき、蝙蝠は獣に会うと「自分は牙があるから獣だ」と言い、鳥に会うと「自分は羽があるから鳥だ」と身体的特徴を使い分けて争いを回避していったという内容だ。


「何か証拠はあるんですか? その人が犯人だという証拠は?」


 ギターのジョージが訊いた。


「あるはずです」と理真は答えて、「皆さんご存じかもしれませんが、拳銃というものは発射されると火薬が周囲に飛び散るのです。その火薬の成分があのキャットウォークから、しかもステージ直上の位置から検出されれば、動かぬ証拠となります。あんな高い場所にまでステージ演出の火薬が飛び散るはずはありませんから」

「なるほど……」


 ジョージは頭上に走るキャットウォークを見上げ、他の四人もその動きに追従した。


「でも、探偵さん」と顔を下ろしたキーボードのノブが、「今、『あるはず』とおっしゃいましたよね? 断定しなかったのは、どういうことですか?」

「申し訳ありません」理真は小さく頭を下げてから、「実はまだ鑑識を入れて詳しい調査をしていないのです。私がこの推理結果に到達したのが、ついさっきのことで、なにぶんこんな深夜ですから。ですが、明日の朝一番に鑑識に入ってもらう手筈は整えました。一刻も早く皆さんに報告して安心してもらおうと思い、この場に集まってもらったのです」

「そ、そういうことだったんですか……」


 ドラムのリョウタが口を開いた。次いで河合が、


「それじゃあ、私は今から、明日の朝一番に全員で東京に戻る段取りを付けます。ありがとうございました」


 理真に頭を下げ、幾分か元気な表情になった。



 照明が完全に落とされ、非常口ランプだけが光るアイビスメッセのホールに、乾いた音が規則的にこだましていた。やがてその音は止み、代わりにごそごそと懐を探るような音が聞こえ始める。

 突然、光線が走った。ホールの天井に延びるキャットウォークに、ひとりの男性が立っている様子が、スポットライトの丸い光に切り取られた。場所はステージの直上だった。


「うっ――」


 男性は、突如浴びせられた光から目を逸らし、同時に小さな呻き声を漏らした。静寂に支配された広いホールは、その隅々にまで男性の声を響き渡らせる。

 地上からその人物を照らすスポットライトの横には、丸柴刑事と私、そして理真が立っている。男の位置からでは強い逆光になるため、私たちの姿は視認できないだろうが、自分にライトを浴びせたのが何者であったのか、そして、自分が罠に嵌められたことを、理真が掛けた次の言葉から知ったに違いない。


「申し訳ありません、こんな真似をして。しかし、こうでもしなければ証拠を押さえることは困難だと思ったもので。あなたが今持っているそれが、いつ、こっそりと処分されてしまってもおかしくなかったものですから」


 スポットライトを浴びた男は、手袋をした両手に小さな金属製の物体を持っていた。ここからではさすがに視認することは不可能だが、それは銃の弾丸。正確には銃弾部分を取り除いた薬莢に違いない。男は薬莢の中に詰まっている火薬を、まさにキャットウォークの周辺にばらまこうとしていたのだ。

 手にしているものだけではなく、男の顔もこの距離では判別できない。が、理真は、


「降りてきてもらえますか。板倉伸輝(いたくらのぶてる)さん」


 キャットウォークに立っている男の名を呼んだ。その瞬間、男が小さく体を震わせたのは分かった。男、ジーリオンのキーボード担当ノブは、緊張と恐怖、そして若干の後悔をない交ぜにしたような顔をしているように思えたが、やはり、表情はここからでは判別できなかった。

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