⑫石手川駅「動揺?」
⑫石手川駅 筒石信乃
「ああ~,お腹空いた~!」
「もう7時過ぎとるがね.お母さんもお腹空いた~.食べよ食べよ.」
ん?また残り物?
お兄ちゃんが名古屋に行ってからご飯がぱっとしないような…
お母さん手ぇ抜いてる?
「ねえ,これ昨日も食べたよぉ~.」
「文句言うなら自分で作りよ…二人だとおかずが余るんやけん仕方ないやろ.」
そりゃそうやけど~.
お姉ちゃんもお兄ちゃんもいないとお母さんと2人きりでなんだか寂しい.
料理好きなお母さんでもさすがに気合い入らんのかね.
普段は一人っ子がよかったって思うけど,いなくなると寂しいもんやねぇ~
うちが広いから余計にそう感じるのか.
「いただきま~す.」
「で,信乃. 今日はどうやった?」
「もうね~,深咲が来たけんびっくりよ.みんな浮き足だってしもうたというか.でも練習もちゃんとしたよ.屋上で吹いたり,部活の後は石手川で吹いとったんよ.綾羽先輩が私らを尾行しとってね.3人で吹いたんよ.」
「おぉ~ なんかええね. そういえば,深咲くんの楽器も古そうやったろ?」
「え? そうなん? 楽器まで見んかった~.」
「じゃあ今度見てみて. うちとおんなじで,深咲くんも直樹の使っとるけん.」
「へぇ~. あれ? 美波さんのじゃなく直樹さんの?」
「美波はね高校卒業して売り飛ばしたんやって.」
「そうなん?せっかく直樹さんと結婚したのに楽器がないなんて」
「美波と直樹も最初から付き合ってたわけやないしね 大学生の頃,電車の中でたまたま再会したらしいよ」
「伊予鉄?」
「いや媛鉄やったと思うよ」
…よくあんな広い路線で偶然会えたね.
運命的な二人.ええなええな~.
私も深咲と一緒に媛西電車に乗ってみたい~.
深咲と2人でどこか行ってみたい~
小学生のころからずっと深咲のことは好きやったけど
今日1日で深咲への想いが大きくなった気がする.
背も伸びて,制服姿が大人っぽく見えて,でも変わってなくて.
深咲のことばかり考えていたらいきなり母さんが叫んだ.
「信乃っ! こぼしとるよ!」
「え. うそ!」
信じられん,味噌汁こぼしとる…
今になって太ももに味噌汁の熱さを感じる.
空想ってある種の麻酔薬だ…
「ちょっと,固まっとらんで はよ拭かんかね!」
またぼーっとしてた. 布巾をもらってとりあえず床や椅子を拭く.
スカート,洗濯せないかんやろうか…
「信乃?味噌汁臭うけん洗っときなさいよ!もう,帰ったらすぐ着替えないけんよ.」
はいはい.お母さん,洗ってくれんのかぁ…
着替えて,スカート一枚洗濯機に入れて回し始め,食卓にもどってご飯の続きを食べる.
先に食べ終わったお母さんは食器を洗っていた.
このままやとお皿も自分で洗わんといけんかも.とほほ~.
そういえば兄ちゃんの試合,本番はいつやろう?
合宿も兼ねるけん今回は長く行くって言うとった.
んー名古屋ええな~. きしめん食べたい.味噌カツもええな~.
兄ちゃんはJRで行ったんかな?
でもJRやと岡山からは新幹線使えて速いけど
四国出るまで長いよね~ それなら媛西電車使って…
深咲が乗って帰っていった媛鉄.
直樹さんと美波さんの運命の媛西電車.
桃色の媛西電車.
深咲,明日来てくれるかな~.
「ちょっと!片付かんけん,はよ食べて!」
お母さんの声で我に返ったらまた足が冷たくなっていた.
今度はお茶をこぼしていた…




