⑩石手川駅「よろしくね!」
⑩石手川駅 桜川深咲
誰かが椅子をひとつ足して,輪になって座らされた.
「3年の西宮彩羽です. よろしくね~」
「2年の相川志乃です. よろしくお願いします.」
「1年の池田美子です. よろしくお願いします.」
いきなり自己紹介が始まり,俺もつられて
「2年の桜川深咲です. よろしくお願いします」
と言ってしまった.
「ねぇ. なんて呼べばええ? っていうか学校でなんて呼ばれとるん?」
先輩が尋ねる.
「”深咲くん”って呼ばれてます」
「OK. ほんなら私もコレから深咲くんって呼ぶけんね.」
…おお.まじの愛媛人.
「…じゃあ私は深咲先輩でええですか?」
「あ,はい.」
うちのパートと同じで,ココも全員下の名前で呼び合っているらしい.
2年はシナノとシノ.一文字違い.なんかまぎらわしいな~.
「ところで深咲先輩ってどこの中学ですか?」
「東日野中学校. あ,西宮の…」
「彩羽先輩?」
「いや,西宮先輩ではなく.兵庫県西宮市の東日野中学校ってところです.」
「兵庫県!」
信乃以外の3人が驚いていっせいに声を上げた
「まさかの遠距離!?」
「いつ,どうやって知り合ったん?」
「私たち双子だから.」
「え゛ぇ――――っ? 本当に!?」
「なにそれ!生き別れ?どういうことーっ?」
「話しややこしいんですけど.戸籍上は他人だけど双子みたいに育ったというか…」
「あ~びっくりした.でも兵庫と愛媛で双子みたいって,どういうこと?」
「実は私. 生まれたのは西宮市なんです.」
3人から一斉に驚きの声があがる.
「え!?でもでも. 育ちはずっと愛媛県って前言っとったやろ?」
「母が,深咲のお父さん,お母さんに会いに行ったときにちょうど生まれたらしいので」
「そうか,もともとお母さん同士が友達だったから2人も友達なんやね」
「そうですね. まぁ誕生日も生まれた病院も同じですから」
また信乃以外の3人が驚きの声をいっせいに上げた.
「え! すごく運命的やね信乃! そんなことあるんや」
「まぁそれもあって私は年に1回西宮に遊びに行ってました!中学上がってからは会ってなかった,かな?」
たしかに,信乃に最後に会ったのは中学に上がる前の春休みかな?
「深咲と愛媛で会えるって思わんかったけん私もびっくりしてます.」
「そうなんや~.そりゃびっくりやね~.」
この学校最高だ. 変な恋バナに発展させない素直な人たちばかり!
「そういえば深咲くんはペット吹きにきたんよね? お近づきの印しにみんなでふこか!」
「石手川もええけど,ここの屋上もなかなかええんよ!」
彩羽先輩を先頭にぞろぞろと屋上へ.
やっぱりここの学校は最高.
屋上にも上れるし景色がすごくいい. そばを走る電車も色は松山に似合わないけどのんびりと進む3両か2両で個人的に好き.
うちの学校からみえる電車は超高速で長いからな~ 色は上品だけど.
17時を回っているけど日はまだ沈まない.
夏の夕日に向かってトランペットを吹く.青春って感じ~!!
俺にしては珍しく,やる気に満ち溢れている気がする.
完全下校ぎりぎりまで,お互いが吹いたことのある曲を合わせた.
ここの中学とうちの中学はけっっこう同じ曲を吹いている.
偶然も偶然ですごいな~
「そういえば深咲先輩の中学コンクールは何賞だったんですか?」
「銅賞. 去年も銅賞万年銅賞」
みんな驚いた顔をしたけど声はあげなかった.
「ちなみにそっちは?」
「今年銀賞. 去年は金賞.金賞の方が多いかな. あれ?まえ深咲に言わんかったっけ?」
聞いたっけ?
吹いてる曲は同じでもレベルが全然違うんだな…
「そろそろ帰らんといけんね.深咲くん,今日はありがとう!楽しかったわ.」
「いえ,こちらこそ突然お邪魔したのにありがとうございました.」
完全下校を知らせるチャイムが鳴り,校門を出た俺と深咲はみんなと別れて歩き始めた.
初めてじゃないかな2人きりで歩くの.
「そういえばいつ帰らんといけんの?」
「んー 松山にいるのが1週間だからあと6日かな」
「じゃあ,帰る日以外の5日間毎日こっちの学校に来て一緒に吹こうや!」
「俺もそうしたいけど母さんが何て言うかな?」
「そっか~. ほんなら今から河川敷でちょっとだけ吹かん?」
「いいよ. 日が暮れてしまわないうちに」
俺たちは青春よろしく生温かい風をきって川に向かって走った.




