とあるメイドロボットの電話応対
「ついに出来た! ついに出来たぞ夢のメイドロボット!」
若き開発者、石山博士は叫んだ。
彼の長年の夢であった万能型メイドロボットの試作機が完成したのだ。
石山博士は恐妻家だった。国からの僅かな補助金を頼りに生活していた石山家の生活はすこぶる貧しく、家に帰れば妻から稼ぎの無さを咎められる有様だった。
そんな彼は稼ぐためというよりも現実逃避のために「メイドロボット」の開発に没頭した。妻から虐げられれば虐げられるほど彼のメイドロボットモチベーションは高まり、開発は早まった。
目を閉じ座るメイドロボット「リカ」を前に石山博士は興奮を抑えきれない。
リカは黒髪ショートのお姫様カットでエプロンドレスにミニスカートを履いている。
これは石山博士の趣味である。
「さあリカ。目を開けるんだ」
リカはゆっくりと目を開け、博士を見つけるやニッコリと微笑んだ。
「おはようございます。あなたは誰ですか?」
「私は君を作った石山博士だ」
石山博士はリカを我が娘のように愛おしい表情で眺める。
その暖かい眼差しとは裏腹に彼の内側は下心が溢れかえっていた。
そもそも彼がメイドロボットを作った理由は完全に下心から来るものであった。
自分のことを「ご主人様」と呼び、従順で優しく、逆らうことなく、ご主人様の自分を褒め称えてくれる。そんなどこまでも都合の良い存在を求めた結果出来上がったのがメイドロボット「リカ」だった。
「博士。こんにちは」
立ち上がったリカは石山博士に対してお辞儀をした。
彼女は簡単な受け答えしかできない。
石山博士があまりにも外見を重視し、資金を注ぎ込みすぎた結果、言語機能は単純なものにせざるを得なかったのだ。
リカが話せる言葉は
「・おはようございます。・こんにちは。・いらっしゃいませ。」などの挨拶と
「ありがとうございます・申し訳ありません」といったお礼、謝りの言葉や
「カレー、スパゲッティ、目玉焼き」といったいずれ実装する予定である料理機能のための単語。
「・私はリカです。・あなたは誰ですか?」という自分の名前を言うことと相手の名前を聞くこと。
「・かしこまりました。・そうです・分かりません。」などの返事と
「ありがとうございます。こちら石山研究所でございます。or今お呼びいたします。or石山はただいま席を外しております」という電話応対用の返事。それから
「あははははは!」という笑い声。(主につまらないギャグにも笑ってもらうため)
「・すごいです! ・天才ですね! ・流石です! ・かっこいいですね! ・ドンマイ!」という石山博士を励まし褒め称える言葉。そして
「・ダメです……。・ダメ! ・らめえ!・ んもう! ・んっ。・イヤ(ハート)。・恥ずかしいです……。・博士のバカ……。・あん! ・そこは……! ・博士のエッチ! くっころ! ボンバイエ!」などのお触りした時の反応のために作られた言葉だけは多彩なるバリエーションを見せた。
ちなみにこの開発者はリカの声にもこだわりを見せ、某アイドル声優を雇ってこれらの言葉を喋ってもらっていた。血税で。
リカはこれらの言葉を組み合わせることも出来、多少の学習機能も備えていた。
「こんにちはリカ。さあ。君を作った私を褒めてくれ!」
「博士! すごいです!」
若い女性に褒められることなど皆無だった石山博士は一気に上機嫌になる。
「もっとだ!」
「天才ですね!」
「もっと!」
「流石です!」
「もっともっと!」
「ボンバイエ!」
「!?」
どうやら会話の精度が低く、たまに的外れな言葉を喋ってしまうようだ。
まだまだこのメイドロボットとお喋りをしていたかった石山博士だったが、学会に出席せねばならないため研究所を離れることになった。
***
石山博士が離れてしばらく経って研究所に電話が掛かってきた。
直立不動で待機していたリカはインプットされたプログラム通り受話器を取った。そして「石山はただいま席を外しております」と対応する、予定だった。
「ありがとうございます。こちら石山研究所でございます」
《 女の声……?あなた誰よ》
電話の主は石山博士の奥さんであった。
「私はリカです。あなたは誰ですか?」
《 あなた主人とどういう関係なの?》
「こんにちは。『あなた主人とどういう関係なの?』様」
《 違うわよ! それが名前じゃなくて、あなたは主人とどういう関係なのかって聞いてるの!》
どうやら電話の向こうの相手はとても怒っているようだ。自分は相手の名前を間違えてしまったらしい。リカは少ない感情読み取り能力でそう考えた。
「失礼いたしました『違うわよ! それが名前じゃなくて、あなたは主人とどういう関係なのかって聞いてるの!』様」
《 そうじゃなくて!》
「『違うわよ! それが名前じゃなくて、あなたは主人とどういう関係なのかって聞いてるの!』様。ただいま石山は席を外しております。」
《 ああもう! 私の名前は「アイコ」よ!》
「失礼いたしましたアイコ様。ただいま石山は席を外しております」
《それで、あなたは主人とどういう関係なの?》
その質問はリカが答えられる範囲を超えていた。
「申し訳ありません。分かりません」
《 分かりません? じゃあどうして研究所にいるの? あの人に人を雇うお金なんて無いわよ》
もちろんその言葉をリカは理解できない。
「申し訳ありません。分かりません」
《 分かりませんじゃないわよ! とぼけるつもりなの!?》
「申し訳ありません。分かりません」
《 分かりませんで済んだら警察はいらないのよ!》
度重なる許容量を超えた質問に、リカのAIはエラーを起こし始める。
「ダメです」
《 何がダメなの? もう私が直接そっちに行って確かめるわ》
ちなみにリカの「ダメです」はネットリと男に媚びるような声である。
「ありがとうございます」
《 え!? な、何よ!本当に行くわよ!》
「私は誰ですか? リカです」
《 何で自問自答したの!? バカにしてるの!?》
「そうです」
《 そうです!? もう本当に行くからね!》
「いらっしゃいませ」
《 この女……! もういいわ! ちゃんと待ってなさいよ!》
「いやっ(ハート)」
ちなみにリカの「いやっ(ハート)」はもはや行為に及んでいるかのような甘ったるい声である。何せプロ声優のプロ根性の詰まった声である。その声が奥さんの勘違いを加速させた。
《 も、もしかして主人が近くにいるんじゃないの?》
「んっんっんっ」
《 ちょっと! 主人に変わりなさい! 今そこで何してるの!?》
「博士のボンバイエすごいですね!!!」
《 やっぱりそこに居るんでしょ! 早く変わりなさいよ!!》
「トイレです」
《 トイレで何やってるのよ!?》
「私はトイレです」
《 !?》
「博士もトイレです」
《 ちょっとあなた! 聞こえてるんでしょう!! 知らない女と何やってるの!!!》
「ユリコはバカ! です」
《 今私のこと馬鹿って言ったわね!?》
「かしこまりました。カレーですね」
《 人の話聞きなさいよ!》
「あははははは!!」
《 ええ?!》
「あははははは!! あははははは!! あははははは!!」
《 け、警察呼ばなきゃ……!》
「いらっしゃいませ」
《 もういいわ!!》
***
その後、駆けつけた警察によって学会から呼び戻された博士は、奥さんからこっ酷く叱られた。
主になんでこんなロボットを作ったのかという事について重点的に怒られた。
そうして博士が「ごめんなさい」と言うたびにメイドロボットのリカが「ドンマイ!」と合の手を入れるのだった。
おわり
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