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1話
むつは、ヒールのかかとを使ってくるっと回ると両手をあげて見せた。
「ま、いっか。何でもいいけど仕事が来そうな気がするしね」
颯介と祐斗は、顔を見合わせて困ったような笑みを浮かべただけで、何も言わなかった。
そんな二人をみて、むつは唇の端にタバコをくわえ、キッチンの方に向かっていった。
「ぜーったいに、そのうち宮前さんが来るよ。ほら、足音が聞こえてきた」
キッチンに居るからか、むつの声は少し変な反響を帯びていて、それが二人には気味の悪い物に聞こえて仕方なかった。それに、むつの言った通りに、足音もだんだんと近付いてくるように聞こえてきた。
「むっちゃんは地獄耳かな?」
颯介がボソッと言うと、キッチンの方からくっくっく、と笑い声が聞こえてきた。およそ、女の子の声とは、思えないような低い声だった。
そして、廊下の足音は、よろず屋の方に真っ直ぐに向かってきていた。