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1話
コーヒーの香りが漂ってきた。
むつは、ゆっくりと立ちあがると、携帯と小さなポーチを持ってキッチンの方に向かっていった。
「喫煙タイムですか?」
一度、足を止めてから祐斗の方を向き、むつは肩をすくめる仕草をして奥に消えていった。
すぐに、むつと入れ替わりに颯介が祐斗の分のコーヒーを持ってきて席に座った。この会社の中で喫煙するのは、むつ一人だけ。ちなみに女性もむつ一人だけである。
「ありがとうございます」
ミルクと砂糖のたっぷり入ったコーヒーを颯介から受け取った祐斗は、パソコンの画面からようやく顔をあげ、首を回した。
「レポートすすまないみたいだね」
「そうなんですよ。あんまりこの教科は得意じゃなくて」
長めの前髪を、さらさらと揺らしながら笑うと、いつの間にかデスクに細く茶色っぽいものがあるのに気付いた。
颯介の管狐だ。