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1話
長い黒髪を三つ編みにし、黒渕眼鏡をかけた見るからに地味な雰囲気の女、玉奥むつは、軋む背もたれをこれでもかというくらい反らせ、本日何度目になるか分からないため息をついた。
「暇だねぇ。ついに潰れるのかぁ」
「縁起でもない事、言わないでくださいよ」
むつの向かい側のデスクで、パソコンのキーボードを一生懸命に打っていた、幼顔の大学生、谷代祐斗が呟くように抗議をした。
「だって、暇じゃん?ずぅぅっとね、社長はどうせ今日もスロットでしょ?」
祐斗の隣に座っていた、肩幅の広い大柄な男、湯野颯介が、くすくすと笑いながら席を立った。
「コーヒー飲む人?」
「んーっ‼」
「あ、僕やりますよ」
最初から立つ気のない、むつは手を挙げているのみ。
颯介は、祐斗に片手で座っているようにと、合図をすると奥の小さなキッチンに向かった。