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4話
本能的な恐怖だった。
蜘蛛の毒で満足に動けないはずのむつが、近付いてくる。体格的にも体力的にも劣るはずがないと、思っていても底知れない恐怖があった。
「ひいぃっ」
能面のような無表情の顔。何の感情の欠片すらも浮かんでいない、その暗い瞳は巨大蜘蛛だけをうつしている。
むつが近寄るたびに蜘蛛が後ずさる。
歩幅は蜘蛛の方が大きいので、だんだんとむつとの距離はあいていく。
焦りも迷いもないのか、むつの足取りは何も変わらない。祐斗を蹴り上げ、痙攣させる程のダメージを与えた事に関しても何も思う事が無いようだ。
その余裕のような、無が恐ろしい。
颯介は、倒れたまま動かなくなっている祐斗を抱き起こしつつ、むつのその静かな動きを見守っている。
「に、人間なんかにやられるもんですかっ‼たかが餌に何が出来るって言うの」
黙って後退していればいいものが、むつを挑発するように蜘蛛の、女の怒鳴り声が響いている。
だが、そんな挑発に乗る事もなく静かに歩みをすすめていく。颯介には、気付いた。むつが怒っているのに。